17 POP GOLD
俺とアキヒサは酒場『POP GOLD』の隅のちっちゃな木製の丸テーブル席に腰かけていた。
「外は閑散としてたのに、すごい賑やかだな」
分かってはいるが街から人が消えたわけではないことにわずかに安堵した。
広い店内は4人掛けの丸テーブルが15卓にカウンター席が13席。そのほとんどが埋まっていた。店内はほんのり明るすぎないランタンで照らされて、とてもいい雰囲気だと思う。カウンターの横では昼間見たアコーディオン弾きのおじさんが仲間を連れて陽気で洒落た曲を演奏している。このおじさんは一日中何かを演奏しているのかと、感心してしまった。そして客層なのだけど
「男ばっかりだな」
と言葉を漏らした。それを聞き洩らさなかったオーダーを取りに来た店員が、きさくに説明してくれた。
「むさくるしいよな! 夜道を歩く勇気があるか、アル中のアホゥしか来ねぇから自然こうなっちまうんだよ」
それを聞き取った隣のテーブルのよっぱらいが「アハハ、俺以外アホゥだぜ!」「馬鹿野郎! アホゥはテメーだけだ!」などと騒ぐ。村では酒場に行かなかったからこういうのは新鮮だ。……悪くない!
「最近は殺人鬼が出るなんて話もありましてねぇ。お客さんも気をつけてくださいよ。で、ご注文は何にします?」
「あ、俺はランプで頼む。それとチーズとソーセージな。ロブは?」
メニュー表を眺めることもなく、アキヒサが即答した。常連の風格……!
俺はお初なのでメニューを眺めた。今までお酒は父さんとしか飲まなかったからまるで詳しくないが、とりあえずいつも飲んでいた銘柄を見つけたのでそれを頼むことにした。
「俺はジャックーロンで」
すると店員は楽しそうに「ほっほー、若そうなのにやりますね! すぐにお持ちします!」と言っていなくなった。
アキヒサもなにやら驚いている。
「お前、あんな強いの飲めるのか!? おいおいおい、変な意地張ってないよな?」
俺にはアキヒサが何を言ってるのかよくわからなかった。だって父さんはこれより強いお酒を水のごとく飲んでいたのだ。思い出してちょっと懐かしくなる。まだ村を離れて一週間経ってないというのに。
「大丈夫だって。たかだか度数58で騒ぎすぎだよ……」
と、アキヒサが目を丸くしてる理由がなんとなくわかった。
さっきのランプってお酒は度数12だった。
「お前レベルにアルコール耐性あるやつ、そうはいないって覚えといたほうがいいぞ」
「わ、わかったよ」
父さんはもしかしたら世界一の酒豪だったのかもしれない。そういえば、俺らが酒を飲むとき母さんはいつも呆れた顔で早めに就寝していたような気がしなくもない。
頼んだものはすぐに届いた。いい香りのするチーズとソーセージ、ジョッキに湛えられたジャックーロンとランプが食欲をそそる。
「ほんじゃま、ロブの入団を祝って乾杯!」
ジョッキを突き合わせる。カランと氷の音が心地よく響いた。入団祝いとは言うが会計は俺持ちなんだろうな、なんてことは思わないようにした。
グイっとジャックーロンを飲むとこれがいつも飲むそれよりも一段と美味しかった。続いてソーセージを口に運び、またジャックーロンをあおる。絶品だ!
「うわぁ、本当に飲んでやがる」とアキヒサが心配そうに見ていた。全くもって問題ないのだが、こういうのは言っても仕方ない。慣れてもらうしかない。
そんなことより、俺には前々からの懸念事項があるのだ。それをこの機会に少しでも解消しなくてはならない。このジューシーなソーセージが俺にそうすべきだと強く訴え、弾けているのがわかる!
「アキヒサ、俺知らないことが多すぎるんだけど、いろいろ教えてくれよ。さっき玉間でも俺だけ知らない情報がいくつもあったんだ」
ランプを飲みながら幸せそうにチーズを頬張りっていた顔が難しい顔に変わった。この場ではアキヒサもゆったりしたいだろうけど、付き合ってもらおう。
「(……ゴク。)そうだなぁ、ひとまず知っとくべきことは、だなぁ。昼間言ったろ、仲間の宝石継承者がもう一人いると。それが幽霊王こと、デュモン大公のことなんだ」
「さっき皇帝にもその人のこと言ってたね。その、デュモン大公って誰?」
「知らないか。まぁあんな遠い村で生活してれば仕方ないか。……ああ店員さん、ソーセージ追加と海老の辛味ソース和えを頼む。で、デュモン大公はそこのお城から上空600m、北東120kmのとこに浮かぶデュモン自治領の領主さまだ」
チーズをソーセージに載せて食べながら頷く。真面目な話をしながら食事も楽しむという行為に、俺は少なからず優越感を感じた。
「自治領?」
「そうさ。昔から皇帝の統治下に入らないんだ。それに空港をずっと封鎖してて、皇帝直々に使者を出さないとまともに意見交換も出来ないのさ。だけど、5年前に珍しく向こうから使者が来てこう伝えたんだと。『破滅の時が近づいている。至急、宝石継承者4人を招集し我が領島に送るように。5人目の継承者、ギド・デュモン』」
アキヒサはいつの間にか小声になっていた。聞かれちゃまずい話なんだろう。だが隅っこの席の会話を気にする酔っ払いはいそうもない。
「それ、随分と横柄じゃない?」
「そう思うだろ? だから皇帝陛下も取り合わなかったんだが、5年前と言えばあれが弱くなってその……例のやつらが現れだした頃だ。それですぐに考えを変えたらしくてな。まあ色々あって今に至るってやつよ」
デュモン大公。帝国特殊部隊にその人物は加入という形式を採るだろうか? そんなことをしたらトロプ家に下るということにならないだろうか? しかもブレイカーズの指揮を執るのは一応ドナテラ、帝国第二王女様だ。今の短い話を聞く限り堅物そうなデュモン大公との間に政治的な問題が発生したら?
というとこまで考えて、そこでジョッキが空になったので店員を呼んで俺もランプとやらを頼んだ。
「お前、まじに顔色変わらねぇな。まさかこんな若い新入りが酒豪だったとは」
「いやいや」とは言うものの、メニュー表を見れば大体のお酒は30度以下だった。これはつまり、やっぱりそういうことだろう。
ランプとソーセージ、それに海老料理が届いた。早速ランプを飲んでみる。ほんのりフルーティーな香りが口の中に広がる。
「これ美味しいけど、ジュースだね」
「もう、わかったよ」とアキヒサはお手上げだ、と仕草で訴えて海老をつまみだした。俺も海老をつまんだ。
適度な辛さを海老の甘みが追いかける……プリっとした食感もいい! さすがアキヒサ、いいお店を知っている。ぁぁジュースが進む。
あやうく舌に思考をさらわれかけたかけたが、俺は再び会話に舞い戻った。
「けど、至急って言われてから5年経ったのか。大公さん、さぞかしイラついてるんじゃない?」
「ハハハ、そうだろうな。でも中々4人……つまりお前が見つからなかったんだから仕方ない、そうだろ? あぁ、そうそう。そいつが幽霊王って呼ばれんのはな、その領島の警備に」
と言いかけてアキヒサは口をつぐみ、数秒前に店に入ってきた客を睨んだ。
その客は黒いローブに身を包んだ怪しさ全開の人物だった。まさか、さっき店員がチラッと言っていた殺人鬼じゃないだろうな? それはまっすぐこちらの席に向かってきた! 俺は身構えたが、そいつは俺たちの丸テーブルの空席の1つに座り、ふぅ~と拍子抜けしそうな声を漏らした。どうも襲い掛かってくる気配は無さそうだったので体を楽にした。何でもかんでも悪く考えてはいけないかな、と思った。
その黒ローブは、アキヒサが言いかけた言葉の先を引き継いで見せた。
「デュモン大公は領地の警備に幽霊を使っているから。その幽霊はかつて魔法が使えたころの人間の霊。空中をふわりふわふわ、下手に近づいたら魔法でズドーン!う空の藻屑になってしまう。その幽霊たちを恐れ、気味悪がって商人も空賊も手を出さない。そしてその幽霊はデュモン家の秘宝、透明の宝石の魔術により召喚されたもの。だから呼ばれている、幽霊王と」
前思撤回。俺たちは警戒して立ち上がり、黒い何者かを睨みつける。声からして女のようだが。
「なんだ貴様! それに、この喧騒の中でなんで俺たちの会話が聞こえた?」
そいつは白い右手をスゥーっと黒いフードに伸ばして、ゆっくりとそれを外した。白い肌に黒い髪をした若そうな女の顔が現れた。と、クスクス笑い出したのだった。
POP GOLD:酒場。星4.3評価に該当する良店舗
ジャックーロン:度数58。辛味の一杯
ランプ:度数12。フルーティーなかほり