16 旅人さま優遇中!
衛兵に案内されて、迷路のようなトロプ城からようやく外に出られた。陽が紅く傾きだしていて、それがオーロラの茶髪を綺麗に照らし出していた。オーロラは緊張の糸が解けたかのようにぐっと伸びをした。
「それじゃ、私は行くところがあるから」
そう言うと俺らが何か言う間を与えずに、そそくさといなくなってしまった。
はて? と首をかしげていると、アキヒサが思わぬことを教えてくれた。
「あいつはな、どうもこの城が好きじゃないっつうか、苦手らしいんだ。理由は教えてくれないんだけどな。ドナテラの手前言いたくないのかもな」
いろいろ動じなそうなのに、意外だな。そういえば城の中に入ってからほとんど口を開いてなかった。あの威圧的というか、豪快な雰囲気が肌に合わないのかもしれない。それなら俺も少し分かる。
「ところで、これから俺たちはどこに行くんだ?」
「ん? そうだなぁ、俺はいつもバーに行って飲んでるぜ。で、宿舎で寝て起きて城に戻る」
アキヒサがわくわくしているのが伝わってきた。お酒好きなのかもしれない。父さんもお酒好きだったし、俺も少しは飲める。
「まぁでもまださすがに早いしな。どっか行きたいところがあれば案内してやるぜ」
「本当に! ありがとう。じゃぁ」
行きたいところはすぐに思い付いた。
「帝都で一番腕利きの医者の所に行きたいんだけど」
「お前、病気なのか?」と、途端に不安そうな顔になる。
アキヒサは早合点するところがあるけれど、同時に優しさを感じる。根がいいやつとは、まさしく彼のような人を指すだろう。
俺は変な心配をさせないように、少し力強く否定した。
「違うって! いや、違わないかもしれないけど。この体のこと何かわかるかも知れないし、それに姉ちゃんのことを、さ」
段々声が小さくなっていた。最後のほうは言わないほうが良かったかもしれない、また悲しい顔をされただろうか?
しかしアキヒサは至って真剣な顔で考えてくれていた。
「なるほど。確か話題になってる若い医者がいたな。名前は、名前、忘れちまったな。まぁだが残念ながらお前が会うのは無理だろうさ。いつも予約が埋まってて、急病人でもない限り診ちゃくれないさ。それにあの女の子に至っては肝心の体がここにないしな」
うーん。そうなるか。そらそうか。
「仕方ないか。そうだ、ならアキヒサ。服を買いに行きたいな! さっきも思ってたけどこの服じゃちょっとこう場違いだったし。TPOにあってない感じがさ」
「TPO?」
え、知らないのかこの概念を。
「時と場所にあった服装や行動をしましょう、って感じの言葉なんだけど」
「そ、そうか。そういえば前ドナテラにも似たようなこと言われたな。やっぱ俺って男は常識がないんだなぁ」
あからさまにしょげる大男を青年が励ますという構図になり、通りがかった少年がクスっと笑ったのを見た、見てしまった。
「だからさ服買いにいこうよ。あの女子二人をびっくりさせてやろうよ!」
「お、おう」と悲しげな声でアキヒサが返事をして、のそのそと俺を先導した。こういう悲しそうな感じならまぁ、ほっといていいだろう。
夕方になっても街道の人通りは活発だった。何かを配達する人、遊んでいる子供たち、巡回する兵士、アコーディオンを演奏するおじさんまでいる。お店や家がところ狭しと連なっているのに、どの家屋も個性があって見ていて飽きない。街中にほとんど土が見えないのも印象的だ。アインプ村では本当に道路だけに石畳が敷かれていた。今ここで見える土は道脇に整理されて植えられている三m程の小さな街路樹の根元くらいのものだ。
「帝都ってすげぇなぁ」とぼそっと呟くとアキヒサが振り向いた。その顔はいつまにか明るさを取り戻していた。
「そうだろ! 人と金が流動的だからな、変化も早いんだ。おかげで毎回発見があるんだよ。例えば、あれを見てみろ」
そう指さされた先を見ると、レンガ壁にチラシが貼られていた。
『劇団イルフロッタント 【息絶えたファーラ】講演チケット絶賛販売中! お買い求めは劇団テント、ペテルセン商館にて!』
「これが?」
「この劇団はホンの二週間前に出来たんだ。それまでは劇団ロッチアってのがあったんだが、吸収合併されるよう、に、っておい? 聞いてるか?」
劇団ロッチア、それを聞いて突然思い出した。
姉ちゃんが祭りで"陽姫の奇跡"をやろうと言い出した理由が突然分かってしまった。あれは単なる姉ちゃんの悪ふざけではなかったのだ。思えば念入りに準備してあったではないか。
姉ちゃんが三年前この帝都から帰ってきたとき、特に楽しそうに話していたのがそのロッチアという劇団のことだった。「憧れるなぁ」「とってもかっこよかったの!」、そして「脚本家になりたい」とも言っていた。あのショーは姉ちゃんにとって小さな夢の実現。いや、そうじゃなくて夢への試金石だったに違いない。なんてことだろう、今更こんなことに気づくなんて。必ず、起こす方法を探して……。
「ぉぃ……おい!」
「ヒィン!」
情けなさ極まれり。ひどい声を上げてしまった。
「どうしたんだよ? 急に黙り込んで」
「あぁ、ごめん。ちょっと思い出したことがあって。ま、まぁ! 服屋に行きましょう先輩!」
アキヒサは俺の頭をガシッと掴むと無理やり角度を変えた。
「おいおい、しっかりしろロブ。見てみろ、ここが帝都でも有名な新進気鋭の服屋、カンポス&アーデンだ! もう着いてんだよ」
見るとそこは二階建ての茶色屋根のお店だった。入り口は六人並んで通れるそうなくらい広く、その横にはなるほど、『カンポス&アーデン ~至高の1着をあなたに!~』と書かれたプレートが提げられていた。
「ほ、本当だ。……うんじゃあ、入ろうか」
気を取り直して入ると、沢山の服が出迎えてくれた。夕暮れ時なためか、客はまばらだ。こんなにたくさんの服が並ぶのを見たのは初めてで少し感激していると、黒いサングラスをかけた男が声をかけてきた。
「いらっしゃい! ようこそカンポス&アーデンへ! 見たところこの帝都の住人ではなさそうですな。本日はどのようなお召し物をご所望で?」
アキヒサはえ…と戸惑っていたので俺が代わりに「お城でも着れるくらいの正装が欲しいな」と言うと、サングラスの男は顎を撫でた。
「なるほど。そういう服には自信があります。お二階へどうぞ」
男は案内しようとして、階段の途中で思い出したように振り返った。
「あ、申し遅れました。私、服職人のアーデンと言います」
「アーデンさん、店名の?」
「えぇ。私と相棒のカンポスがこの店の服作りから経営接客に至るまでをやっているのですよ」
アキヒサがへぇと感心したようにうなづく。
「そりゃすげぇ! さぞ大変だろうに」
「へへ。まぁ、そうですな」
そう言って、また階段を上り二階に上がった。
二階の衣類はフォーマル・セミフォーマルなもので統一されていた。
「さ、これなんてどうです? 黒と白のタキシード。黒いほうは渋いお兄さんに、白いほうは若いお兄さんに。で、このネクタイを、いやこっちかな。うん、こっちだな。ささ、そこに着替え部屋があるので着てみてくださいよ!」
勢いに押されるままに俺たちは着替えてお互いの姿を見て、違いに驚いてしまった。
「ア、アキヒサ……。すげぇいい感じだよそれ!」
「ロブお前もだ! 田舎坊主が一転、貴族の好青年って感じだぜ。」
田舎坊主……(!)傍からはやっぱりそう見えていたことを図らずも確認できた。
アーデンは俺たちに薦めたコーディネートを満足そうに見ていた。
「どうします? お買い上げいただけるならば、すこ~しだけ負けちゃいますヨ!」
俺とアキヒサは迷いなくうなづいた。それとは別にそれぞれ数着の服や帽子まで買った。会計はさっき皇帝がくれた入団祝いから出した(アキヒサの分は立て替え、仕方なく)が、ずいぶんとくれたようでまだ袋にはどっさりお金が入っていた。それを見たアーデンはさすがに物騒だからと心配して古いリュックまでくれた。
「ご購入ありがとうございました~! 次の機会もぜひうちにお越しくださいませ~!」
手を振って送ってくれたので、こちらも元気よく手を振り返した。
「いい人、いやいい店だったな! これで俺もあの女どもに馬鹿にされずにすむぜ!」
それはどうだろうと思いながらも、一応同意した。
「うん。姉ちゃんは帝都が平和じゃないなんて言ってたけど、全然そんなことないじゃないか」
アキヒサがピタッと足を止めた。辺りはすっかり陽が落ちて、気づけばたくさんいた人たちも、巡回する兵士以外ほとんどいなくなっていた。振り返るとカンポス&アーデンも店を閉めていた。俺たちが最後の客だったようだ。
「いや、それは夜になるまでの話なんだ。帝都はな、昼間はとにかく平和さ。泥棒の一つも起らない。でも夜になると悪党どもが動き出すんだ。うっかりしてると命すら落としかねない。それがこの街の奇妙な"性格"だ」
「うーん、そんなに違うもんなの? 明るさが関係してるの?」
「知るか。でもそうなんだよ。そういうもんなんだ。まぁ俺はこの力があるからな、不審者が狙ってりゃすぐにわかるから問題ねぇけどな!」
チョーカーの黄金の宝石を親指で指さして突然威張りだした。
「だからよ、もう暗いし俺からあんま離れんな。さて、いい服も買ったし! 酒場に行くぜ!!」
「あ、うん」
アキヒサの頭にはアルコールがあふれ出しているようだ。
人気の少なくなった、でも街灯が程よく照らす風情ある夜道を歩いていく。そよ風が道端の木の葉を転がしていくのが見えた。同じ街、でも昼間とは違う景色。
姉ちゃんも同じものを、見たんだろうなぁ。