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ハープルシール ~浮遊大地を統べる意思~  作者: 仁藤世音
第1章 Part 2 人間と魔族
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15 トロプ一家

 人々が楽しそうに行き交う良く晴れた昼下がり。クルト号はトロプ城の半分くらいの高さにある、専用のドックにゆっくりと着陸した。


 会議室からオーロラとアキヒサが空賊を連れて姿を現す。

 アキヒサが首をコキッコキッと左右に回した。

「ちょっとした休暇のはずだったのに、大変な旅だったなぁ。休みてぇ」

「あら、私が回復してあげたばっかりなんだならむしろエネルギーもりもりでしょ?」

 クスクス笑って指摘するオーロラに、アキヒサは苦笑しながら反論する。

「そりゃそうかもしれないけどなぁお前。こっちは精神的に疲れたという話をだなぁ!」


(二人って結構仲いいよなぁ)とぼんやり眺めていて思った。


「いやぁーー!! なにこれ!!?」

 突然の悲鳴にビクッと肩を震わせた。ベースがふんわりした声でなければ耳がおかしくなっていたかもしれない。俺の頭痛にもよく響き、思わず顔をしかめる。

声の主は露出の多いベージュのドレスを着た長身の女性で、兵士を四人連れて城とクルト号を繋いだ橋から乗り込んできた。


 悲鳴を上げた女性はドナテラに駆け寄り、その両肩を掴んだ。

「ドナちゃん! この有様はなんなの!? あちこち凹んで、あぁ穴がぽっかり……」

 ドナテラは危険なほどグワングワン揺さぶられながら、めんどくさそうに答えた。

「お姉さま、それもぉ、後で説明しまぁすから、ちょっ、揺すんないで……、揺するな!」

「あ、ごめん」


 解放されたドナテラは少し目を回しながら、俺にその人を紹介してくれた。

「コホン。見ての通りこの背と年齢だけが私より優れているのが、私の姉にして第一王女ソフィ・トロプ。お姉さま、彼は四人目の仲間のロバート」

「あら! ついに見つかったのね、お手柄よ! よろしくロバート、どうか私たちを守ってね。それと私はあらゆる面で妹よりも優れているから困ったときは言ってね。力になってあげられるかも」


 俺は苦笑いしながら握手を交わした。

 ドナテラが鼻で笑う。

「あら、お姉さまが私より優れているわけないでしょ。少なくとも、そんな淫らな格好してるお姉さまより私のほうが品があるわ」

「わかってないわねぇ。これは帝都の男どもの支持率を少しでも引き出すために私が考えた施策なのよ? この、私のパパ上に少しでも貢献しようという、崇高なる意志は、とっても品があるわ。あなたが同じ事やっても幼児体系すぎて駄目よ、もう22なのにねぇ」

 なんと22歳だったのか! 年下くらいに思っていたのに。


 妹が声を荒げる。

「な、お姉さま? 人のコンプレックスを笑うのはやはり人として、非っ常にレベルが低い証拠よ! 何より代々伝わる宝石は私を選ん……ロバート、何その目は。まさかあんた、私を子供だと思ってたわけじゃないでしょうね?」

「え、うん。てっきり……」と俺がたじろぐと、姉のほうが口を押えながら笑いだした。


「……そうなのか。はぁもう、嫌んなっちゃう……」


 そういうと一人、橋をてくてく歩いて先に行ってしまった。ソフィ王女もそれに続き、連れの兵士たちは戸惑う空賊をどこかに連行していった。咄嗟に本音を言ってしまったが、これは間違ったなと、俺は悟った。


「あーあ、やっちゃたな」「度し難いわね」と、アキヒサとオーロラからも言われてしまう始末。

「ドナテラは体系のこと、本当にすごく気にしてるんだ。ソフィ様のほうはあんまり気づいてないようだが」

「俺、悪いこと言っちゃたんだな……」

「ま、仕方ないさ。それより皇帝陛下に会わないとな。ほれ、行くぞ」

 そういって俺の尻をポンと押した。


 城内に入ると、俺は「おぉ……」と言葉を失ってしまった。とにかく広くて、金と赤を基調とした装飾があちこちにあった。職人の技術の粋が華々しく、帝国の象徴たるトロプ城を引き立てている。


「本当、すげぇよな。俺みたいな田舎者には全く落ち着かない空間だけどさぁ」


 「確かに……」と同意する。ここは見るための空間であって、もはや"家"として住める気がしない。ドナテラはこんなとこが家なのか。


 王女姉妹に続いて城の中を進んでいくと、階段の先に一本道が現れた。豪華な刺繍を施したレッドカーペットの先に、二人の兵士に守られた大きな扉が見えてきた。


「この先が玉間だ、失礼のないようにな」と、アキヒサに言われ自然と背がぴんとした。幸い、頭痛とふらつきはほとんど収まっていた。


 先頭を歩いていたドナテラを見て兵士が扉を開けようとすると、玉間から中年の恰幅のいい男が若い女を連れ立って出てきた。その男は王女姉妹に気づき、にんまりとした笑顔をうかべながらお辞儀をした。


「これはソフィ様、本日は一段と魅力的でございますね。全く、危険なほどです。ドナテラ様もご無事なようでわたくし安心いたしました。……はは、そんなに睨まないでいただきたい」

 俺がふと見ると、確かに王女姉妹の目からはむき出しの強い嫌悪感が男に向けられていた。


「この顔ぶれ、ブレイカーズの方々ですね。お疲れ様です」


 続いてその男はおや、と俺を見た。

「見ない顔ですね……しかしここにこうしているということは、なるほどなるほど。四人は揃った、というわけですか。いやいやめでたい、これでデュモン大公への切符は集まったというわけですなぁ」

 俺は何か言った方が良いのかと口を開きかけたが、その前にソフィ王女の冷たい声が飛んだ。

「ペテルセン殿、特に用事がないのならばもうよろしいかしら?」

 ソフィ王女はきっと男を睨みつけていた。

「はは、失礼しました。ではヤーナ、いくとしよう。それでは」

 男は最後にもう一度会釈すると、女の手を取り歩き去っていった。


「憎たらしい」とぼやきながらドナテラは大きな扉を開けた。


 そこは天窓から爽快な明かりの差す、広い大部屋だった。その光は壁一面に施された精巧な装飾を際立たせている。床には帝国の紋章が誇らしげに描かれて、天井から降り注ぐ光を受けてまばゆく輝いて見えた。あまり物がないこの玉間はさっぱりしていて好感が持てるが、なぜか俺に不安な気持ちを抱かせた。 

 そして帝国の長は玉座に腰掛けていた。どこか気弱そうな初老の男性。しかし威厳に満ちた目をしていた。皇帝ジャック・トロプ。思わず気を引き締める。


 まずはソフィ王女がひざまずき、みんながそれに合わせる。

「パパ上、ブレイカーズのご帰還です。それから、ドナテラのほうからいくつか重要な報告があるようです」


 皇帝はゆっくりと俺たちを見渡し口を開いた。

「まずは一同、顔をあげなさい。さっそく報告を聞きたいところだがその前に、だ。ソフィ、何だぁその恰好は?」

 見た目とは違う、近所の元気のいい雑貨屋のおっちゃんのような声。急に皇帝への恐れが引いた。案外庶民寄りかもしないという予感がした。


 え、と顔をあげたソフィがさっきドナテラにしたのと同じ説明をすると、皇帝から深いため息が漏れた。

「品性の欠片もない行為に未来はない。気持ちはありがたく受け取るけどな、即刻やめろ、今すぐやめろ。でないとあの世で妻に何を言われるか……想像したくもない」

 ソフィは「はい」と返事をしてシュンとなり、ドナテラは勝ち誇ったような顔をした。姉妹の小競り合いの勝敗は決したのである。


 そんなことは知らない皇帝はドナテラを向いて報告を促した。

 一通り話し終えると、皇帝はうーん、と唸りだした。


「なるほどな。事態の進行は早い、敵さんも焦っているのか? まぁ、ひとまず、だ」

 そして玉座から立ち上がり俺の前まできた。すると驚いたことに、皇帝は膝をついて俺と同じ目線の高さまで腰を降ろし、肩にポンと手を置いたのだ。ごくりと唾を飲んだ。何を言われるのだ?


「いやぁ初めまして、皇帝のジャックだよろしく。娘曰く君は危険かもしれないということだが、気持ちを強く持ってくれぐれも寝返ったりしないように注意してくれたまえ。特に、大事な娘に怪我でもさせてみろ、魔族とかどうでもいいから君を殺す。いいな?」

「は、はい皇帝陛下。俺……私は忠義を尽くします」

 横でドナテラが恥ずかしそうに顔を背けたのが見えた。俺は努めて無難な返答したつもりだったが、どうも皇帝の気に合わなかったようで、顔が渋い。


「忠義とか要らないから。君は大都会の、今日初めて会ったえらぁい人だからって忠誠誓っちゃうようなやっすい男なのかね? 宗教とか人間崇拝とか、私の治める世界では禁止なんだよ。なんでかわかるかね?」

 庶民に対しての皇帝陛下の会話とはおよそ思えないこのやりとりに、いささか困惑してしまった。答えろと皇帝の目が催促するので、懸命に答えを絞り出した。


「そういった徒党をくまれると、反乱とか予測不能な行動をされる恐れがあるからでしょうか……?」


 回答への評価は深いため息として返ってきた。


「違う違う。そんなやつらは狩り殺せばいいんだよ。そうじゃあなくって、精神と決断を誰かの決めた信念に委ねちゃいけないからだよ。つまり、精神の自由と自己の確立のために定めたルール。わかった?」

「は、はい。なるほど」

 うんうん、とうなづいて皇帝はまた玉座に座った。


「さて、ドナテラよ。ブレイカーズは少しの休息の後、リーデルホッグに向かえ。クルト号の修理と、ロバートのことについて調べるべきだろう。カロピタ博士なら何か思い当たるかもしれないからな。……ん? なんだ? えーと、アキヒサ」

「我々はデュモン大公のもとへ行かなくてよろしいのでしょうか?」

 アキヒサの質問にあ~、とさも不機嫌そうな返事が返ってきた。

「幽霊王か。君は仲間の理解も不十分で、おまけにクルト号も損害を負ってる中であの若造のとこへ行くべきだと言うのか?」

 そう言われたアキヒサは、う、と言葉に詰まっている。


「これまでも散々待ったんだ。もうしばらく待っててもらうさ。さ、もう解散していいぞ。ソフィ、ドナテラ。お前達には話があるから残りなさい」


 俺たちが開けられた大扉から出ようとしたとき、皇帝からおーい! と呼ばれ何やら袋を投げられた。ドサッと重い。

「忘れるとこだった。それはお前さんのブレイカーズ入団の祝い金だ。国家の運命を握ってるんだからな、それくらいは当然だ。さぁ、今度こそ話は終わった」

「ありがとうございます」と礼をして俺も大部屋を後にした。


 大部屋には皇族であるトロプ家の三人が残るのみだ。


ジャック・トロプ:現皇帝。初老だけど、頑張るぞい。

ソフィ・トロプ:ドナテラの姉。モデル体型で政治にも積極的。

ドナテラ・トロプ:22歳だった。


ジェロニモ・ペテルセン:少し前にも名前の出た商人。


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