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ハープルシール ~浮遊大地を統べる意思~  作者: 仁藤世音
第1章 Part 2 人間と魔族
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14 帝都が見えてきた!

 ゆっくりとオーロラが体を起こした。辺りを見回す。ドナテラ、ロバート、アキヒサ、そして空賊が伸びている。変身能力を持つペトは、主人であるドナテラに寄り添っていた。まったく微笑ましいものだ。ペトには気絶するという概念がない。主人を助けたりしてもよさそうなものだが、そこまで融通は利かない。


――ぐごぉお――


……ん? いびき? あ、違うこの空賊寝てるだけだ。案外大物かもしれないと思いつつ放置した。


 クルト号はところどころ凹んだり、穴が開いたりと損傷していた。船全体に耐魔、耐衝撃加工が魔術によってなされている。それにも係わらず、なかなか負傷したものだ。短く息をついて、オーロラはそれらから目を背けた。そして縁から顔を伸ばして、どこまでも深く青く続く空を見下ろした。そよ風がオーロラのシルクの肌と茶髪をなでる。


「綺麗……」


 小さな口から懐かしむように零れた声に、本人さえ気づいていない。

 少しだけ自分の世界に入った後気を取り直したオーロラは、腕輪にはめ込まれた紺碧の輝きを放つ宝石を見た。今の役割を全うしなくては。治癒されて、ぅぅ……とドナテラとアキヒサが呻きながら起き上がった。主人の目覚めに心なしかペトが喜んでいるように映る。

 外傷の酷かったロバートはまだ眠っている。また数日は起きないだろう、と思ったがロバートも意識を取り戻した。オーロラは少し驚き(あらま)と思わず声を漏らした。


◆ ◆ ◆


 俺が目を開けると、目の前にアキヒサの心配そうにのぞき込む顔が見えた。実際、その距離は鼻息がかかるほど近かったので俺は「ぃいっ!」と悲鳴を上げた。アキヒサはその声に驚いてパッと顔を離してくれた。あぁ良かった。


「この前は四日も寝てたのに、今回は早いのね。打たれ強いのかな」


 オーロラの声は、あぁ俺に向けられてるのか。初めて興味を持たれたようだったが、生態観察のつもりだろうか。


「そう、みたいかな。ありがとうオーロラ」


 キョロキョロすると、他の仲間も大丈夫そうだとわかった。魔族も撤退したようで、ようやく胸を撫で降りロスことが出来た。


「私のこの宝石の力で治せないものなんてないのよ? 生きてる限り、無事じゃなくても無事になる」


 そう言ってオーロラが腕輪を見せびらかす。なぜか少し機嫌が良さそうだった。姉ちゃんのことを思うと少しだけ不快だったけど、怒るには至らない。なんの痛みも傷一つなくこうしていられるのはオーロラのおかげだ。


「そうだね。本当ありがとう」


 素直にお礼を言った。が、そのころにはドナテラを抱きしめ撫でるのに夢中で俺の声なんて届いちゃいなかった。

 しかし、クルト号の怪我は酷い。魔族に夢中でちっとも気づかなかったが、そこらじゅう損傷してるじゃないか! ひとまず立ち上がろうとしたら、よろめいて膝をついてしまった。頭が痛いし、体もふらふらする。回復しきってはいないらしいことに気付いた。


「ところで、何が起きたんだ? それにこの有様は……」


 アキヒサが不安そうな声をあげる。いつもは大きく見える体がいつもよりも小さく見える。

 実は、と俺が起きたことを洗いざらい丁寧に話した。色々頭の痛い話だった。


◆ ◆ ◆


 会議室の円卓に五人が座っている。クルト号は今も帝都に向けて航行を続けていた。あらかた起きたことを話し終えると、みんな難しい顔になった。

 最初に口を開いたのはドナテラだった。


「向こうも、ロバートが宝石にない魔術を使えてる理由がわからなくて、どの程度出来るのか見定めに来た、ってことかな?」


 アキヒサがうなづく。


「概ねそうだろうが、でもおかしいぜ。俺は敵の存在にまるで気付けず、魔族の奇襲を許した。なのにロブは狙わなかったし、俺たちを殺すチャンスもあったのに目もくれない。敢えてロブの力を見定めることに徹底した理由がまるで分らない」


 身体を椅子に括りつけられた空賊が、ゆっくり手を挙げた。


「あのぉ、なんで俺もこの会話に加わってるのか、お教え願えますか」


 オーロラがジト目で空賊を見た。わざわざ言わせるなって感じに。


「だってあなた、気絶しないでいびきかいてたのよ。見てたんでしょ?」

「いいえ、何にも!」

「本当に?」

「本当に!」

「本・当・に?」

「本……ああもぅ、見ましたよ! ええ薄目開けて全部見てましたよ!」

 圧に敗北した空賊が白状した。


「でも俺にはそのロバートさんの言ってることが正しいことを保証するって、それくらいしかできませんよ! でも、あのおっかねぇ魔族は」

「うるさいぞゴミ」


 アキヒサが貧乏ゆすりをしながら空賊を黙らせようとした。

 しかしごみと言われたのが気に食わなかったのか、空賊は負けじと言葉を続けた。


「あの魔族はあんたがたを殺せない事情があるってことでしょう。前に一度ジェロニモ様に会ったとき聞きましたよ。この世に五つ、魔術を秘めた特別な宝石がある。魔族に対抗する武器であるそれは、古い昔から今も不思議な力で継承され続けているって。その宝石って、もう間違いなくあんたがたの持ってるそれのことでしょう? まさかお目にかかる日が来るとはおもってませんでしたがね。あんたがたを殺したらきっと、その宝石はどこに行っちまうんです?」


 オーロラが目を丸くして空賊を見た。持ち主を失った宝石は、恐らく次の持ち主たるべき者の元へ向かうだろう。


「あなた、意外といいとこに目をつけるのね。さすが浅ましき空賊。つまり、この宝石そのものを手に入れたがってる可能性があるってことね」

「そう、思いました」


 アキヒサはもう苛立ちを隠さない。


「だったら俺たち全員気絶させて、誘拐でもなんでもすりゃあいいじゃねぇか!」

「う……」と空賊もとうとう黙り込む。


――パンっ!――


 ドナテラが手を叩いて空気を止めた。


「はいはい、その辺にしなさい! ったく、いい大人が落ち着いて意見交換も出来ないなんてねぇ。とにかく! もうすぐ帝都に着くからロバートをパパ上に会わせて、その後のことはそんときに決める!」


 そう言って険悪な二人をギロッと睨む。不満そうだが無言の同意を得たようだ。


グァーー

ウィーーン

ゴーーー


 話がひと段落したその時、外から巨大な怪獣が咆哮しているかのような轟音が聞えた。それに気付いたドナテラが途端に嬉しそうな顔になったと思うと、俺の手を引いて外に連れ出した。

 外にはエンジンを音を響かせて飛空船がいくつも飛び交っていた。大型船なんてまるで一つの街のようだ!


「見て!」


 そう言って指さされた下を見ると上空からも見渡せない、巨大な街が広がっていた。同心円状に広がる街には、鮮やかなレンガの屋根、銅像を囲う噴水池、忙しなく行き交う老若男女の人々。そして街の中心部には大きなお城がそびえている! 人の活気が上空にも伝わってきて、不思議な高揚感を感じた。


「うわー、なんてこった! 村とここまで違うなんて! これが帝都か!」


 さっきあんなことがあったばかりだというのに、心が盛り上がってしまった。それほどにすごいものを見ている。


「あの大きなお城がパパ上とお姉様と、そしてこの私のマイホームよ!」と、ドナテラは誇らしげに胸を張った。

 その時、クルト号の左後方にいた五隻の小型艇の一つから、元気な男の声が聞こえた。どうやらドナテラ皇女の帰還を迎えているようだ。その声に覚えがあるのか、ハッとしてドナテラが振り返る。一瞬眉をひそめたようにも見えた。四隻のを従える先頭の小型艇の先に立った男が手を振っていた。ドナテラも手を振り返す。


「ルー! ただいまーー!」


 その小型艇はスッと手際よくクルト号の横に並んだ。小型艇には、浮遊島を守るように構える蛇の紋章を描いた旗が掲げられていた。帝国の紋章、帝都警備艇のようだ。


「見て! なんと新メンバー見つけてきちゃったの!」


 そう言って俺をグイッと引っ張る。赤ベースのかっこいい鎧を着た兵士ルーは、俺の姿を見ると少し顔が曇ったように見えた。が、すぐに笑顔になって声を張り上げた。


「すごいじゃないですか! これであと、あの幽霊王だけですね! 皇帝陛下もきっとお喜びになりますよ!!」

「うん!!」


 なんて無邪気な笑顔なんだろう。いつもよりも声が弾んでいる。ドナテラは俺を向いて、ルーと呼んでいる男を紹介してくれた。


「あの人はルーって言って、帝都警備隊の総司令官だよ。まだ若いのにね」


 俺はへぇ、と相槌を打って空中を隔てた向こうのルーにお辞儀をした。彼は簡単にお辞儀を返して、自分たちの飛行ルートに戻っていた。


「さぁ、着いたよ! 帝都に!!」


 元気いっぱいのドナテラとは対照的に、俺の心には再び不安が満ちていた。一瞬でも、冷静になってしまったのは不運だった。ここに辿り着くまでに、また魔族に襲われ死にかけた。そして理解不能な俺自身。この先、果たしてどうなってしまうのだろうか。


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