13 選択
デキンスは気配を殺し、空中から甲板で戦闘する二人を見ていた。
突如、それまで優勢だったはずのセロが身構え殺気を露わにした。今までちょこまかしてるだけだった少年が嘘のように恐ろしいオーラを漂わせていた。セロの攻撃を防御し、高く飛びあがりそして……、セロの半身が消し飛んだ。なんておぞましい炎! かつて見た恐怖の代名詞、ラグレーを塵にした悪魔の魔術。
ラグレーの断末魔の悲鳴が今も頭で響いている。守れなかった、守らなければいけなかった仲間。
昔の記憶がよみがえる。あの二人との出会ったのは、デキンスが軍を休ませていた時だった。
***
明るい顔が見たいと思っていた。揃いも揃って影の差した顔をして、葬式のようだった。天気だけは明るくて、みんなの影を隠させない。傷の痛みに呻く声、失った仲間を思い出して涙する者。ひび割れた大地に落ちた涙は、刹那のうちに消えていく。戦いが好きな者はいても、戦争が好きな馬鹿は一人もいなかった。
デキンスがボーっと空を眺めていると、緊急用の超小型の飛空艇がデキンス目掛けて飛来してきた。それに気付くと慌てて大声で振り返り叫んだ。
「避けろーー!!!」
緊急艇は速度を落としきれず、ガッガッ! と地面をこすり砂埃を巻き上げながら、やっとのこてで停止した。
「おい! みんな大丈夫か!? 怪我をしたものはいないか?」
大丈夫です、私も大丈夫です、と聞えてきた。デキンスが心から安堵したのも束の間、その緊急艇から血を流した兵士が二人よろよろ降りてきた。
「……おい、あの鎧のマークって……」
兵士の誰かが呟いた。デキンスもマークを見た。それは別ルートから挟み撃ちにする予定で先行していた、エナン隊の証だった。
デキンスは咄嗟に自軍を遠ざけ、二人の兵士のもとへ駆けた。
「おい、私だ、デキンスだ! どうしたんだ? エナン隊だろ、お前たち。なぜここに、それは緊急艇ーー」
「デキンス将軍! エナン隊長の率いる部隊は、ぜ、全滅しました……。エナン隊長も、将軍の力となれ、と私と弟を逃がして、そのまま、ぅぅ……」
デキンスの頭は真っ白になった。
精気を失った兵士は首を垂れ、荒い呼吸を繰り返す。そばで目の光を失ったその弟が呆然とつったていた。既に涙を流した跡が見られる。涸れていた。
「……馬鹿な。エナンが、あの軍師がミスをしたとでも言うのか? あのルートをとれば被害を最小限で突破できると!」
「隊長はミスなどしていません! 事前の調査通り、クァトラスの罠もなく敵影薄かったのです! でもあいつが! あの悪魔がどこからともなく現れて――」
デキンスの顔がさらに青くなる。兵士はいよいよ顔面をこわばらせた。
「グリム! 突然現れて、まるで待っていたかのように我々をあざ笑い、巨大な漆黒の炎で我々の戦艦を次々に葬り去った!」
それきり兵士は力なく黙り込んだ。
デキンスはつらい顔で天を仰いだ。こんなにも雲の少ない快晴だというのに、最悪の気分だ。
諦めろ
諦めろ
天にそう言われている。そうとしか思えなかった。先に逝った輩が呼んでいるのか? 戦争が始まってから我が軍はひたすらに負け続けている。……エナン、我々は勝てないのか? このまま平和だった国をやつらに蹂躙され、民、友人、家族、己、すべてを失うのか……? ガリンガム将軍もセロ将軍もやつらにいいようにやられていると言う。もう……
目の前で絶望を纏う兄弟を見て、デキンスは首を振った。違う、まだだ、将軍たる私が諦めるなんて間違っている! デキンスは腰をかがめて、出来るだけ優しく語りかけた。
「おい。エナンの部隊はまだ全滅してなどいない」
虚ろな顔で兄が顔をあげた。
「まだお前たちがいる。エナンはいつだって合理的だった。それこそ、心がないのかと思うほど冷酷なまでに徹底していた。そのエナンがお前たちを逃がしたのだ」
弟のほうもゆっくりと顔をあげる。
「お前たちは選ばれたのだ。他ならぬエナンに!」
少しだけ兄の表情が和らいだように見えた。
「そうだ、お前たち名前は? エナンの秘密兵器たちよ」
兄と弟がゆっくりと口を開く。
「ラグレーです」
「ラシュレーです」
デキンスは力強くうなづいた。
「いい名前じゃないか。お前たちは私のもとで戦ってくれ。まだ終わっていないんだ」
(エナン、個人的にはあまり好きではなかったな。だがお前の残したものは俺が必ず守り切る。そうさ、終わってなんかいない。終わってなんか…………)
***
そう、誓ったはずだったのに。戦争は思わぬ形での敗北に終わってしまった。結局は多くを失い、まだ失い続けている。
気づくとセロは呆然と立ち尽くしてるように見えた。少年は禍々しい闇をその手に増大させていく。セロ、お前まで俺の前で死ぬのか?
ほとんど無意識だった。デキンスはセロをさらって飛空艇を離れていた。まだ終わっていない! もう悪あがきではない! 元帥閣下と、みんなと共に俺たちは今度こそ勝利する
セロはずっと何か小言を言っていたが、デキンスの耳には届いていなかった。