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ハープルシール ~浮遊大地を統べる意思~  作者: 仁藤世音
第1章 Part 2 人間と魔族
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10 宝石の魔術

「うまくいったね、二人ともお疲れ様。ロバートの幻術が集団相手にも使えるのは心強いわぁ」

 

 ドナテラはそうほめてくれた。オーロラはこっちを見もしないし、終始無表情だ。


 作戦の概要はこうだ。

 まず俺が幻術を使い船員の視界を奪った。霧なんか最初からなかったのだ。

 次にクルト号が頭上から追い抜くタイミングでペトが降下し、人質や貴重品がないか探索した。驚いたことに、ペトは蛇ではなかった! そもそも生き物ですらなかった。それ自体が変身の魔術を使う、艶やかな紫色の宝石だったのだ! いつも蛇の姿なのは、その継承者であるドナテラの趣味だということだ。さて、爆発後ペトがリスに変身し探索した結果、人質や貴重品は無し、さらに物資も枯渇気味というものだった。

 その後がアキヒサの出番になった。さっきは聞きそびれた黄金の宝石に封じられたもう一つの魔術、それは空間に自由に設置して起動させる透明な爆発罠だった。罠を設置した先に幻術の霧を使って誘導し、起爆した。正直想像以上の威力で驚いた。まごうことなき破壊の力だ。


 最後に、ペトが敵の首領を捕縛し、作戦完了というわけだ。何も不測の事態が起こらなかった。


 この計画を終えた時、俺は何かとんでもないことをしてしまったような不安感に襲われた。満足感もあったにはあった。でも、悪者だからって、あんな慈悲の欠片もないやり方で葬ってしまっていいのだろうか? 罪を償うのが筋だと、父さんなら言うだろう。中型船という資源も消え去った。何だか割り切れないものもありつつ、結局考えないことにした。

 あっさりペトに捕まった空賊の首領は、胡坐の姿勢で気絶していた。まるで断罪されるのを待っているかのような堂々たる姿。気絶してるけど。ドナテラは愉快そうにその男を見下ろしている。他の顔を見ても、俺と同じ不安を持っていそうには見えない。割り切っているのか、慣れているのか。

 そんな俺の気持ちをよそに、紫色の声が甲板に響いた。


「この程度の傷で気絶してるなんて情けない。ちょうどいい、ロバートにも紺碧の宝石の力をお見せしよう!」

「お見せしようって、やるの私なんだけどな」


 腕輪に紺碧の宝石を煌めかせるオーロラがだるそうに答えた。そう突っ込まれたドナテラは縮こまる。


「え、あ、ごめん。調子乗りました……」


 オーロラはハハッと笑って左腕を空賊にかざした。


「よろしい。すぐに謝れるのはあなたのいいところよ、リトルクイーン。さて、」

「魔術 半回復」オーロラが無機質に呟くと、一瞬宝石がぼうっと光り空賊を包んだ。

 

 すると傷が塞がり、痣が消えていく! いざ目の当たりにすると不気味なもので、何か禁忌に触れたような気になる。オーロラは男から目を離さずに解説した。


「これが私の宝石の力。あらゆる外傷、大概の病気の治癒。他にも魔術での攻撃への防衛陣が作れる」


 聞きながら、俺は姉ちゃんのことを思い出していた。あの夜も確かにこんな感じで姉ちゃんの大けがが治っていった。と、空賊が目を覚ました。


「……う? あれ、生きてるのか? うわ、なんだ貴様ら! ここは」

「うっさい!」


 パニックに陥る男にドナテラがお腹に蹴りを入れた。容赦ない。回復したそばからダメージを負った哀れな男は呻きながらおなかを抑えた。その男の髪をドナテラがぐっと掴んで持ち上げた。


「雇い主は?」


 本能的に危険を察知した男は抵抗するまいと心に決めたようだ。


「ツ、ツェンだ! ザーラ・ツェン。もうあのばばぁのバックなしに活動してる空賊はいない!」

「なぜそう言い切れる?」


 アキヒサが鬼の形相で空賊に聞いた。


「俺たちが好き勝手やってた最後の空賊だったからだ! あのばばぁに恭順してないことは俺たちのちょっとした誇りだったのだよ」

「空賊が誇りを語るな!」


 アキヒサから底知れぬ憎悪が漏れ出ていた。基本的に優しい姿しか見たことがなかったので、思わずギョっとした。

 そんなアキヒサをオーロラが諫めた。


「落ち着きなさい。こいつのものはすべて空の塵になった。もう何もないわ」

 

 そう言われて、唇をキュッと噛みしめて押し黙った。

 もう聞くべきことは聞いたのだろう、ドナテラが空賊を突き飛ばし頭にかかと落としをお見舞いした。男は後ろにのけぞるように倒れた。


「結局ツェンか。パパ上が黙認してたせいで肥大化してんじゃん……」


 沈黙が生まれた。


「あの、ツェンって何者なの?」


 俺は知らないことが多すぎる。秘境の田舎者として、それはそれは平和に暮らしてきたのだ。今まで空賊も名前だけの存在だった。俺の初歩的かもしれない質問に、ドナテラは呆れたりせずに説明してくれた。


「奴隷商の鬼ばばのことよ。空賊に依頼して船団を襲わせて、乗客を奴隷にして販売する。パパ上はね、技術開発を急ぎたいの。だからそのための安い労働力は捨てられなかった、んだけどねぇ」


 そう言って苦笑した。その後をアキヒサが引き継ぐ。


「その技術開発は魔族と反乱勢力に対抗するためのもの。すなわち兵器と飛空船の開発だった。確かに開発はどんどん進んだが、それに応じて兵器や飛空船の価格は爆発的に高騰した。良いものほど高いってな。空賊は旧式のポンコツでは仕事が出来なくなっていく。そうすると一番の奴隷仕入れ先が無くなるツェンは困った」

「あ! だから空賊を支援した! ってこと?」


 みんながうなづいてくれたので正解のようだ。


「でもねぇ、支援者はツェンだけじゃないのよね」

「え!? そうなのか?」と、アキヒサが驚いて声をあげた。オーロラが首を振る。

「いつもながら考察が甘いわね、あなた。ツェンが独占してる奴隷商はそりゃ儲かってるだろうけど、それありきでも兵器やら飛空船やらは高いのよ。あれ一隻で家が何軒建つことか……」


「あ~~」と素っ頓狂な声をあげたドナテラが、蛇に戻ったペトを巻き付けて甲板を転がりだした。


「ツェンの最大顧客がね、提示価格より高値で奴隷を買って後押ししてんのよ。契約とかはないんだけど奴隷商が無くなってほしくないと思ってる間接的なスポンサー。帝都ぶっちぎりの財力を誇る大富豪ジェロニモ・ペテルセン。悪い噂が服着て歩いてるみたいな男」


 そしていよいよ声を張った、尚も転がりながら。


「あいつらの質の悪い連携のせいで、パパ上への市民の目は冷たいし! 姉上も私も後ろ指を指されんのよ!」


 前に姉ちゃんが帝都は平和じゃないと言っていた意味が分かってきた。しかし皇族といえど、ドナテラも苦労してるようだ。俺は密かに村でのしがらみのなかった日々に感謝した。


「大丈夫、私がいるじゃないリトルクイーン」

「オーロラァ……」


 目尻に涙を溜めて抱き着いたドナテラの柔らかな金髪を、オーロラが母親のような優しい顔で撫でた。


「なんであんなに仲いいんだ……俺とは会話すらまともにしないくせに」


「あの二人の連携も質悪いよな」とアキヒサも同意する。


「それでそこの空賊はどうすんの」


 俺が聞くとひとしきり甘え終えたドナテラがから離れて答えた。


「パパ上へのお土産かなぁ。何かに使えるかもしれないし」



 おぼろげながら意識があったミルコはその会話を聞いていた。自分を殴ったチビは貴族なのだろうか。チャンスがあれば、次は悪党ではなく平穏に生きようとミルコは心に決めた。

うん? 今何か耳元でビチャって音が聞こえたような。しかし触らぬ神にたたりなし、ミルコはそのまま伸びておくことにした。


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