9 初陣
俺は今、アキヒサに船内を案内してもらっている。
全長三十メートル程のクルト号。木の明るい茶色が目に優しい。船は魔力で静かに、しかも自動操縦で動いている。B一階の八部屋のうち四部屋はそれぞれの自室になっていて、俺が最初に運ばれた部屋が自室になった。残る四部屋のうち二部屋は物置と化している。そのさらに奥に二部屋ありそれぞれトイレと浴槽になっていた。
一階は広い会議室と、その奥の扉から倉庫に行ける。食糧や水はそこにあった。あの日、アキヒサ達が村にいたのは水の補給が目的だったそうだ。綺麗に片付いた清潔な倉庫には小さめの台所があり、そこで料理を行うのだという。オーロラが調理担当で、魚料理ならアキヒサも出来るという話。俺も少しくらいなら料理が出来る。
船尾から上がれる二階には客室がある。姉ちゃんを休ませていた部屋だ。
「と、まぁ覚えるほどもないだろうがこんな感じさ」
「操舵室が存在しないのはすごい違和感あるな」
そんなつまらない感想を言ったら、アキヒサが肩を組んできて嬉しそうに笑った。
「ハッハハ! そうだよなぁ~それが普通の反応だよなぁ! 俺もそうだったよ」
俺がこのクルト号の乗組員となって今日で五日目。今日中には帝都に着くらしい。アキヒサとドナテラとは段々と仲良くなってきていたが、オーロラとは少し歯車のかみ合いが悪かった。その彼女が俺を探してやってきた。ところどころに赤い刺繍がしてある白い服に、ショートの茶髪をなびかせるブレイカーズのメンバーの一人。その手に何か持っていた。
「嘘ばっか。あの時で確か三十二歳だったのに、見るもの全部に大げさに驚いてたのは誰だったっけ? こんなに大人しくなかったわよ」
「そう言うけどな 」
オーロラはアキヒサの抗議を無視し、俺に向き直った。
「これ、あなたのお姉さん?がポッケに入れてたもの。落ちたのを拾ってすっかり返し忘れてたわ。今度代わりに返しといて」
そういって緑色のリボンの着けられた白い小箱を押し付けた。リボンと箱の隙間にはメッセージカードが挟まっている。
「おそらくあなた宛てでしょう。聞いたわ、不幸にもあの日が誕生日だったんですってね。……帝都まではあともう少しあるし、私は部屋で寝てる。アキヒサ、警戒、しっかり頼むわね」
そう言って船内に消えていった。こんな調子でなんだか素っ気ないのだ。多くを求めようとは思わないまでも、もう少し打ち解けたいというのが本当の所だ。やっぱり信用は得難いということなんだろうか。
曇った視線を落として、手のひらに乗った白い小箱を眺めた。確かに俺宛てかもしれないが、やはり姉ちゃんに黙って開けるのは憚られる。姉ちゃんが目を覚ました時に開けよう、そう願掛けする気持ちでそっと服にしまった。
「そう言えばアキヒサのその宝石って……」
うん? あぁ、とアキヒサは首に光る黄金の宝石に手をかけた。俺の宝石と同様、何かしらの力を持っているはずだ。
「これか。これはな、自分への人体強化の魔術が使えるんだ。視力や聴覚を強化すれば、敵の存在もいち早く気づくことが出来る。知力だって上げられるんだ。俺は馬鹿だからこれで賢くなっておくことも戦いの時にはする。普段は疲れるからしないけどな」
「筋力とかも?」
「そう! まぁやりすぎると負荷で死ぬから、有事の時の五感と筋力の強化が主だな」
なるほど、使える場面が多そうな魔術だ。俺の幻術の使い道もよく考えておかなければいけない。
「この力の欠点、というか嫌なところは強化を解くとめちゃくちゃ力の抜けた感覚になるとこだな。初めのころはよく酔って吐いたもんだ」
そう言って昔を懐かしんでいるようだった。「それともう一つ! 強烈な魔術が使えるんだが……」
と言っている途中で押し黙り、不意に表情が険しくなった。
「ロブ、二人を呼んできてくれ。空賊がいる。まだ見つかってはいないはずだが」
「空賊?」
「知らないのか? 渡航中の飛空船を襲って金品や乗員を盗むやつらだよ。悪党退治は俺たちのサブミッションなんだ」
平和な故郷では、そういう野蛮で暴力的な奴らは本当にいなかった。これから悪い"人間"と対峙するのだろう。魔族が来るぞ! と言われたほうが強気でいれたかもしれない。
指示に従い船室に降りてオーロラの部屋のドアをあけると、まさにベットに横になったところだった。さっぱり片付いた品のある部屋だ。うろんな目つきでこっちを見ると、静かに口を開いた。
「ノックもなし、信じられない。あの人ならそんなこと……」
むくっと起き上がり俺を無視して部屋を出ようとする。
「あ、あの――」
「どうせ空賊でしょ。ドア、次からはちゃんとノックしてよね」
そう言ってまたさっさと行ってしまった。ノックしなかったことでそこまで言われてしまうなんて。その反省で、ドナテラの個室はキチンとノックしたが部屋にはいなかった。自分の部屋によってササっと小箱を机にしまってから、足早に階段を登った。
ドナテラは倉庫にいた。在庫確認をしていたようだ。空賊のことを話すと、一瞬村長をいじめたときのような、ぞわっとする笑みを浮かべた。
「わかった。肩慣らしにはいいゴミだ。ロバート、私たちのチームに入ったからにはお互いの力を理解してもらわないといけないわけだよ。そういうのは見たほうが早い。行くぞ少年!」
俺より小さな少女は、俺の尻をポンと叩いた。
そうして、甲板にブレイカーズが集結した。初めてのそれらしい仕事になりそうだ。全員がドナテラを見ていて、こうしているとリーダーらしさもある。
「さて、いつもならペトに注意を引き付けてもらって奇襲するところなんだけど」
あの蛇でどう注意を引くというのだろうか、と疑問に思っているとアキヒサが手を挙げた。
「俺とロブでやらしてくれないだろうか」
「およよ、手短に説明してみな?」
アキヒサはまるで別人の凛々しさだった。宝石で知力をあげた、作られた賢人。その単純な計画を聞いたドナテラは俺に問う。
「それでいけそうかな?」
力強くうなづいた。
「やってみせるよ!」
自分の価値を少しでも示しておきたい。そして強くなって、姉ちゃんが目覚める前に、世界を平和に! なんて思った。
◆ ◆ ◆
「帝都まであと一日ってとこか」
中型空賊船の首領であるミルコは舵を部下に任せ、船員に大声で呼びかけた。
「いいか! 帝都が近くなってきた! まだ大丈夫だと思わず、帝都警備挺に注意しろ! 目と耳をよーく使え!」
怒号のような返事が返ってくる。今回は収穫がなかった。片田舎の島の祭りに行った観光船の帰りを襲うはずだったのに、どういうわけか待てど暮らせど来なかった。精度の高い情報だったのに、まったくついてない。ツェンのばばあの嫌味を聞かされる羽目になると思うといらいらしてくる。良いことなんて、雲の少ない、いい天気だということくらいだ。
「あれは? 報告! 報告! 飛空艇らしきものが後部彼方より接近!」
船尾からだ。ちっ、もう出たか。手薄なルート選んだはずなのに。ミルコは大声で問いかける。
「数は?」
「一隻です!」
一隻? 警備艇は何隻かのチームで警備にあたっているはず。警備艇じゃないのか? 同業者の線はない。小型船で空賊は出来ない。では一体……と、突然辺りが深い霧に包まれた。
「なんだこれは?」
一斉に船員がざわつきだす。
「黙れ貴様ら!」
一匹のリスが足元をすり抜けたが、ミルコはそれには気づかなかった。
「おい! その飛空艇の速度はどのくらいだった?」
「我々よりかなり高速だったと思われます!」
今だってこの飛空船は結構な速さで航行しているというのに、超高速艇? 帝国がそんなものを開発してるという噂は聞いたことがあるが。
しかし聞えてくるエンジン音はいつまで経っても、自分たちの飛空船のものだけだ。本当に見たのか、いや居たのかをミルコは疑いだした。
「首領! 向こうのほう、霧が薄くなっています!」
船員がさした先は確かに晴れていた。
「舵を取れ! 視界を取り戻す!」
空賊船は明かりの指すほうへ進路を取った。そして
轟音が鳴り響いた
船首付近から始まり、瞬く間に飛空船全体を覆いつくす大爆発が起きた。
船員には悲鳴を上げる暇もなかった。終わらない爆発で飛空船は大破し、船員もろとも木っ端微塵に破壊されながら深い空へと崩れ落ちていく。
ミルコは気づくと巨大な鳥、いや爬虫類のような皮をした生物のかぎ爪に捕まれ、宙に浮いていた。全身が痛い、血も流れているが一応生きていた。霧は初めから無かったかのように跡形もなく消え、先ほどまで自分のものだったモノの残骸が落ちていくのが見えた。
そして目の前に小さく美しい飛空艇があった。一切のエンジン音もなく、まるで漂っているようだ。そんな飛空艇から四人の男女がミルコを見ていた。
「悪党にはもったいない最期だな」
ミルコは力なく呟いて、気を失った。