プロローグ 復讐の始まり
「よし、これで最後っと」
これで日課の薪割りは終わりだな。
後は火付け用の枯れ葉を拾ってから帰ろう。
「おーい」
「んー?」
「母さんがご飯の準備が終わったから帰ってこいってさー」
「はーい、分かったよ兄ちゃん、すぐ行くー」
もうそんな時間か。
充分薪は集まったし、今日はこんなところにして帰るか。
「うーん、いつ食ってもお母さんの料理は美味しいなぁ」
「あらお父さん、お世辞なんて言ってもデザートのアイスしか出ませんよ?」
「出るんかーい!」
「「はははははは!」」
俺達は四人家族。
どこにでもいるような、明るい一家だ。
「もうお腹一杯だ。ご馳走さまでした」
「お、ルイ食べ終わったか。じゃあ兄ちゃんと剣術の稽古、やるか?」
「やる!」
兄ちゃんは村の警備隊の所属で、俺に毎日剣術の稽古を付けてくれる。
⋯⋯因みに勝ったことは1度もない。
「今日こそは絶対勝つ!」
「ははは、やれるもんならやってみろ!」
「あ、フィル、それが終わったらルイと一緒にベリーの実を取ってきてね、ちょうどジャムが切れちゃったの」
「分かったよ母さん」
「兄ちゃん、早く行こーよ」
「分かった分かった、行ってきまーす!」
よし、今日こそは兄ちゃんに一発当てるぞ。
「じゃ、いつも道りコインが落ちたら稽古開始な」
「オッケー」
キィン⋯⋯
コインが落ちる⋯⋯
と、同時に俺は剣を振る。
もちろん訓練用なので刃は殺してある。だが、切れはしないが当たると普通に痛い。
フィルは剣の腹を上手く当て、受け流す。
そして俺の右手を狙って突く。
俺はそれを体を捻って強引にかわす。さらに追撃を避けるため距離を詰める。
「もらったぁ!!」
俺はフィルの腰辺りに剣を振る。フィルは驚いた顔をしたが、それだけだった。
流れるような動作で距離を空け、剣で受け止める。
ギィン!!鉄と鉄があたる音が鳴る。
フィルは剣と剣を離し、力強くルカの剣に向かってふる。
次の瞬間、俺の手から剣が消えていた。
飛んだ剣が地面に刺さる。
あの一瞬で武器を俺から剣を弾き飛ばしていた。
「さすがだね、兄ちゃん。やっぱり勝てないよ⋯⋯」
鼻息が荒い、それだけ集中していたということだろう。
対するフィルは疲れていないように見える。
「いやいや、ルイも良かったよ。危なかった。」
にこやかに言う。
⋯⋯言ってくれる、戦ってる時のフィルはまだまだ余裕があった。その気になれば何度でも俺に攻撃できただろう。
「あーあ、いつになったら兄ちゃんに勝てるのかなー」
「ルイには才能がある。俺なんかきっとすぐに追い越すよ」
やっぱり格好いいな、兄ちゃんは。
密かにフィルに憧れている俺がいた。
「さ、ベリーの実を取って帰ろう。母さんのジャムは美味しいからね、切らしたら父さんが不機嫌になる」
「確かにそうだね、急ごう」
母さんのジャムは一級品だ。高級店に売れば高価に買い取ってくれるんじゃないだろうか。切らして父さんが不機嫌になるのも分かる。
ベリーの回収が終わった。
「さ、帰ろうか」
「うん」
家に帰れば母さんと父さんが笑顔で待ってくれていることだろう。
ちょっとだけ、楽しみだった。
◇
「ハァッハァッハァッ⋯⋯俺の勝ちだ、ルイ」
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯ずる、いよ兄ちゃん。スタートって、言ってから、だろ⋯⋯?」
帰り道二人で競争した。体力には自信があったが、森の中での移動に長けたフィルには勝てなかった。
⋯⋯ん?
何か、違和感を感じる。なんだろう、何かが、違う。
「臭い⋯⋯?」
いつもと臭いが違う。
そうだ、これは、何がが焦げた臭いだ。
「おい、ルイ!家が、家が燃えてるぞ!!」
「えっ?」
家が、燃えていた。俺達が生まれてからずっと暮らしていた家が。
家だけじゃない。村全体が、燃えていた⋯⋯。
「おい、ぼーっとしてんな!ルイは家に行って母さんと父さんの無事を確認してこい!俺は村の人達を助けに行く!」
「分かった!」
俺は急いで走る。
過去最高のスピードではないだろうか?
だが、そんなことを考えてる暇はない。
俺は、必死に足を動かした。
例え、足が悲鳴をあげようと⋯⋯。
◇
熱い⋯⋯熱い⋯⋯
体が燃えるように熱い。
⋯⋯このまま俺は溶けるのではないだろうか?
いや、溶けても構わない。
「父さん!母さん!⋯⋯いたら、返事をしてくれ!」
俺は叫び続ける。
⋯⋯お願い。無事であってくれ。
けれど、俺の願いはこの炎の中に燃えていった。
家中を探し回っても、俺の探していた人はいなかった。
⋯⋯一つの希望を持ち、俺は、この家から脱出した。
⋯⋯どうか、避難していてくれ。
燃え盛る家を見つめながら、俺はただなにも出来ない自分を悔やんだ。
炎と同時に俺達の思い出もすべてなくなっていくような⋯⋯そんな気がした。
「なんで⋯⋯なんでっ!」
今の俺はただ涙を流すことしか出来なかった。
◇
「⋯⋯広場にいかなきゃ」
そうだ、まだやり直せる。
また家族四人で暮らそう。大丈夫だ。生きてさえいれば、何度でもやり直せる。
ギィン!!
広場の方から音がする。
⋯⋯なんだ?
俺はもう一度、足に鞭打って走り出した。
◇
広場に着くと、周りは死体だらけだった。
周りの死体は全部ぐちゃぐちゃになっていて、誰のものか分からなくなっていた。
でも、これは⋯⋯
「メアリー」
初恋の、武器屋の娘だった。
それが、生首だけになって転がっていた。
「オエェェェェェ」
吐いた。気持ち悪い。なんなんだ、何がいったいどうなってるんだ。
何も分からないまま、顔を上げる。
「父さん⋯⋯母さん⋯⋯うぅ」
二人がもし、こんな姿になっていたら⋯⋯。
そう思うと涙が出てくる。
それを拭って一歩踏み出す。すると⋯⋯
「父さんと兄さん!?それに母さんも!何してるんだよ!」
そう声を振り絞り大声で叫ぶ。
そこには父さんと兄さんが誰かと戦っている光景があった。
ギィン!!
また、鉄がぶつかる音がする。
「『魔法剣!』」
兄ちゃんが本気になった時のスキルだ。これにより、剣の切れ味や耐久度が増す。
兄さんは二人とも村の警備隊に入っていて、森の魔獣にも負けない。剣は鋭く、速い。
だが、兄ちゃんの剣は結界に防がれていた。
「⋯⋯⋯⋯」
炎が燃え盛る。
魔術だ。ここまで大きな魔術は、レベルの高い魔術師しか使うことは出来ない。
それを、『誰か』は使っていた。
「「『シールドボディ!』」」
シールドボディは基本防御力を上げる魔術だ。父さんと兄さんは、それを使って炎を防⋯⋯げなかった。
「ぐあああぁぁぁぁぁあ!!」
父さんが焼かれる。兄さんはなんとか回避したようだ。
「父さん!ポーションだ!」
「すまん、助かった!」
兄さんが父さんにポーションをかけて回復させる。
良かった、無事みたいだ。
どうやら、母さんを守って戦ってるみたいだ。
俺は、たまたま落ちていた剣を拾う。
⋯⋯よし、これで俺も参戦でき⋯⋯
「ルイ!」
『誰か』が、魔術で氷の巨矢を放っていた。
避けられない。落ちていた剣に目を取られていた。
ヤバイ死ぬ。
俺はもう動けなくなっていた。
ドズッ
鈍い音がした。
でも、俺には衝撃は無かった。
「⋯⋯え?」
目を開くと、父さんと母さんが二人重なって氷の矢に貫かれていた。
目の前にはあと数cmで俺に届いたはずの氷の先。
二人の周りには血溜まりが出来る。
手を触ると氷のように冷たい。
父さんと母さんが、俺を庇ったんだ。
それを理解した時、俺の中にはドス黒い感情が渦巻いていた。
殺す。
「ルイ!おい、ルイ!」
殺してやる。
「⋯⋯クッ!」
絶対に殺してや⋯⋯
ドズッ
腹に強い衝撃を受ける。
「⋯⋯ルイ、ゴメンな」
そして、俺の意識はそのまま薄れていった。
◇
「ここは⋯⋯」
真っ暗だ。
なんでこんなところにいるんだ?
俺、何してたっけ⋯⋯。
「っっっ!!」
思い出した、広場に着いたら兄ちゃんと父さんが戦ってて、それで、俺が参戦しようとして⋯⋯
父さんと母さんが死んだ。
何かが込み上げてくる。
そうだ、さっきもこの感情が沸いて、出て、支配して⋯⋯。
「兄ちゃんは!?」
そうだ、兄ちゃんが俺を殴って、それから意識を落としてしまったんだ。
まずい、まだ兄ちゃんが戦ってるかもしれない。
真っ暗な中、暴れる。
すると、引き戸が開いた。
「暗かったのはこの中にいたからか」
クローゼットだった。兄ちゃんがここまで運んだのだ。
走る。
ここがどこかはどうでもいい。兄ちゃんは、フィルはどこにいる!?
村中探し回った。
燃えた家の回りも、崩れた馬小屋も、死体の散乱した広場も、探して、探し回った。
「⋯⋯いた」
町の外れ、森のそばに兄ちゃんはいた。
両手足が無く、胴体にいくつもの刺し傷がある、死体として。
⋯⋯は?
頭が真っ白になる。
負けた?兄ちゃんが?なんで?『誰か』に?あの兄ちゃんが?ホントに?どうして?意味は?殺されてる?
胸の中で、あのドス黒い感情が沸き上がる。
なんでだろう、この感情が沸くと、不思議と落ち着いていった。
と、同時に、俺の黒い感情が何かを囁いてくる。
なんて言ってる?⋯⋯⋯⋯しろ?ふ⋯⋯し⋯⋯しろ?
「あぁ、分かった。やっと分かったよ」
俺の黒い部分は、俺に、
「復讐しろ、だろ?」
そっか、そうだったんだ。
「なあ、兄ちゃん、戦ってる時どんな気分だった?」
「絶望?後悔?それとも、俺が生きてるって希望?」
「俺を守ってくれてありがとう、生かしてくれてありがとう」
「お陰で俺は、」
俺は微笑んだ。
「今、生きてるよ。そして、『誰か』に復讐できるよ」
涙が溢れた。なんでだろう、止まらない。生かしてくれて、嬉しいはずなのに。復讐しなきゃ駄目なのに。止まらない。止めることができない。あぁ、辛い。とても辛い。
やっぱり、生きていてほしかった。
「兄ちゃん⋯⋯」
死体となった胴体だけのフィルの体を触る。
冷たい。やっぱり兄ちゃんは死んだんだと実感した。
突如、俺の頭の中に声が響いた。
ースキル、魔法剣を獲得しましたー
魔法剣⋯⋯?
魔法剣は、兄ちゃんが使っていた固有スキルだ。
固有スキルとは、1人に1つ、その人しか使えないスキルで、そのスキルの獲得のタイミングは、人によって違う。
「兄ちゃんのスキルを俺が獲得するはずがないのに⋯⋯」
何故か、どうしてなのかは知らない。でも、きっとこのスキルは兄ちゃんからの贈り物なんだろう。
そうなんだろう?兄ちゃん。約束する。絶対にこの贈り物で『誰か』を殺すよ。
これが俺の復讐の幕開け。
さあ、出発だ。