努力
「努力って、意味があると思う?」
その男は事も無げに問いかけた。
「あるさ、人が強くなる唯一の方法だ」
そう言って、俺はその男に殴りかかる。
「そうか、それなら」
繰り出された拳を悠々と躱しながら、その男は答える。
「僕が君の努力を全力で否定してあげよう」
言い放ち、彼は人差し指で俺の鼻をつついた。その瞬間、俺の体はバットで打ち返された玉のごとく後ろに吹っ飛んだ。
「……っ」
地べたを転がり回り、身体中がボロボロになっていくのを感じる。
「君は生まれてから25年間、ずっと僕を倒すためだけに生きてきた。君が毎日毎日、尋常じゃない程の努力を積み重ねてきたのを僕はよく知っている。世界中の誰よりも努力をし続けた人間だと言ってもいいだろう。でもね」
彼はいつの間にか俺に接近し、見下ろしている。
「君がいくら頑張ったところで、僕に傷一つつけられはしないんだよ」
言われ、俺は自覚した。たった今、自分の全人生を否定されたのだと。
「確かに君は勇者で、僕は魔王だ。だから勇者である君は魔王の僕に勝てるはず。そう思っていたのかい?」
必ず勝てると思っていた。そう信じていた。
「笑わせないでくれ」
彼の声を聞いた直後、俺は跡形もなく消滅した。
人は努力をすれば必ず他人に勝つことが出来る。そんなことはありません。どんなに頑張ったって敵わないことはあります。どれだけ周囲にお膳立てされても、相手を悪だと決めて滅ぼそうとしても、勝てない時はあります。