(街灯)
――同じ日の夜遅く、ぼくは偶然彼女を見かけた。
九時頃に自転車で本屋へ出かけ、本を一冊だけ買って帰るときのことだった。春の暗闇はかすかに湿ったように重く、辺りは音もなくしんとしている。
駐車場の角を曲がり、公園にさしかかったときのことだった。
ぼくは道の向こうに彼女の姿を見つけた。彼女は暗がりをひっそりと、影のように歩いていた。ぼくとの間にはだいぶ距離があって、向こうのほうではこちらに気づいていない。
一瞬、街灯の明かりが彼女の姿を照らした。
彼女はぼろぼろだった。
服は所々が破れて下の肌がのぞいて、髪は台風にでも遭ったみたいにめちゃくちゃだった。つっかけを履いている足は片方が裸足で、顔には青い痣と乾いた血の跡があった。足を痛めているのか、彼女は弱々しく足を引きずっている。
ぼくは思わず立ちどまって、そんな彼女の姿を眺めた。それは普段の彼女からは想像もつかないような姿だったけど、何故だか一目でそれが彼女だと分かった。
街灯の明かりの下を抜け出すと、彼女はそのまま闇の中へ消えて行った。まるで暗がりに溶けるように、音もなく。
彼女はそこに、何の痕跡も残すことはなかった。




