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(魔女についてのエトセトラ)

 先輩が自分のことを〝魔女〟だとカミングアウトしてから、ぼくはその〝証拠〟についていろいろと聞かされることになった。

 それは主に図書委員の仕事がある放課後で、誰もいない図書室でのことだった。そしてほとんどの場合、放課後の図書室に人の気配はなかった。

「魔女には集会があるの」

 と、先輩は言った。

「サバトっていうのよ。月に一度、満月の日に開かれるの。そこには世界中からたくさんの魔女たちが集まってくるのよ」

「へえ――」

 ぼくは感心したようにうなずいてみせた。窓の外には今日も青空が広がっていて、世界は退屈なくらいに平和だった。

 ぼくは窓際に座って、彼女はカウンターのところに例の本を広げて座っていた。仕事はもう一通り終わってしまっている。

「すごいですね、国際集会だ。でもそうしたら、言葉とかはどうするんですか?」

 ごく普通の世間話のような感じで、訊いてみた。

「〝魔女言葉〟があるから大丈夫よ」

 先輩はこともなげに言った。

「何ですか、それ?」

「魔女だけが使う言葉。世界のどの言語とも違うの。魔女だけが使えて、魔女にしか分からないの」

 たぶん、超マイノリティーの言語なのだろう。きっと国連か何かのレッドリストに載るくらいの。

「その言葉だと、わたしは〈エミテス〉って名前なの。はしばみのことよ」

「へえ、じゃあもしその言葉でいったら、ぼくの名前はなんていうんですか?」

「魔女の名前は魔女にしかないのよ」

 なるほど、と一応納得した。

「魔女って、何人くらいいるんですか?」

「六百六十六人。これは〈獣の数字〉といわれる数で、魔女の員数はいつも一定なの」

 ぼくはその数字が多いのか少ないのか考えてみたが、よく分からなかった。マイナーなスポーツの競技人口よりは多いのかもしれない。

「日本には、何人くらいの魔女が住んでるんですか?」

「わたしも含めて、十人てとこね」

「その集会――ええと、サバトっていうのに行くのは、やっぱり箒に乗って?」

「うん、そう」

 ぼくは箒に乗って、日本の夜空を人知れず飛んでいる十人の魔女を想像してみた。

 それは案外、詩的で幻想的な光景なのかもしれない。手をのばせば届きそうな場所に星空が広がっていて、地上にはそれよりなお明るい街の光が沈んでいる。

 もっとも、上空の風は相当冷たいだろうし、今の時代は夜でも旅客機が飛びかっているから、快適な空旅とはいえないのかもしれない。

「魔女も大変だな……」

「え?」

 ぼくの呟きは、先輩にはよく聞こえなかったらしい。「何でもないです」と、ぼくは言った。

「――さっき名前のことを言ったけど」

 彼女は少ししてから、ぽつりと呟くように言った。

「あれは通称で、本当の名前じゃないの」

「本当の名前?」

 ぼくは聞き返した。彼女はうなずいて、

「そうよ、〝トゥルーネーム〟というやつ。世界にあるものは、どんなものだってそれを持っているの。生きているものも、そうでないものも。隠された本当の名前を」

「…………」

「香月美夜乃っていうのも、わたしの本当の名前じゃないのよ」

「へえ」

 と、ぼくは感心したようにうなずいて、それから訊いてみた。

「じゃあ、先輩の本当の名前は?」

「…………」

 彼女は黙ったまま、それに対しては何も答えなかった。

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