(青空)
「――藤本くん、空はやっぱり青いんだね」
それは、泣き出したくなるような青空だった。
ぼくは大きく息をすってその衝動をやり過ごし、しばらくの間そんな空を眺めていた。
巡ってきたばかりの春はまだ少し居心地悪そうで、空気には冬の足跡のような冷やかさが残っている。そのせいか、空は変に濃く青く、雲は変に白く冷たく、くっきりと世界に浮かんでいるように見える。
それでも、少し前には桜が散り、陽射しは確かな温かさを手に入れようとしている。季節が巡ろうとしているのだ。
やってきた風の気配に手をのばし、大気の流れを感じる。風はまだ冷たく、ぼくの手から熱を奪っていった。
季節はやはり巡るのだし――
空はやはり、青く広がっている。
その青さはふと胸をしめつけるような、自分でも忘れている古い記憶を引っぱり出すような、そんな色あいをしていた。
あの〝魔女〟がいたら、きっと音もなく、自分自身だって気づかないうちに泣いているのだろう。
彼女はいつだってそうだった。大切なことを知っているくせに、そのことに自分では気づいていない。
――もちろんそれは彼女が今もいれば、の話ではあるのだけれど。