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第二章 予言された王

 どこからか吹いて来た花信風に春を感じる早春の朝方、シノン城の城門を六人の従者と白馬に乗った少女が通り抜けた。シノン城は台地の高い位置にあり、美しく装飾された協会堂、回廊、一区画の司祭の住居など随分な規模の城であった。その城の美しさと言ったら六人の従者も目を奪われるほどだった。

 いよいよ城内へと入ろうかというところで少女は白馬から降りた。それを見ると衛兵は扉を開け、少女の一行を城の奥へ導いた。一行はいくつもの長い回廊を通って謁見の間へと進んだ。

「この扉の向こうにシャルル王太子が居られる。粗相のないように」

衛兵が美しく装飾された扉を開けると、奥の玉座に腰掛けている人物が見えた。どうやらシャルル王太子であろう。磨かれた大理石の上に紅い絨毯が敷かれ、家来達は絨毯の端の方に並んで粗末な椅子に座っている。一行は絨毯を進んで玉座の前まで来ると跪いた。

「私、ジャンヌ・ダルクは王太子様に重大な事を申し上げるために参りました」

シャルルはジャンヌの要件を見透かしたように言った。

「私にオルレアンへ兵を出せと言いに来たのか」

「いいえ、私はシャルル王太子に申し上げるために参りました」

シャルルは少し驚いた表情を浮かべた。周りの家来達も少し騒つき出した。

「私がシャルル王太子だ」

「いいえ、あなたはシャルル王太子であられない」

 ジャンヌはそう言うと、右手のシャルルに一番近い席に座っている家来に近付いて跪き、その家来の手を取り接吻をした。どうやらその家来が本物のシャルル王太子のようである。玉座に座る男は、小細工が見破られた事に少なからず驚いた表情をしていた。そしてジャンヌは顔をシャルルの耳元に近付けると、次のように耳打ちした。

「私はあなたの王家に伝わる家宝を知っています。それを守り通すことはあなたの力では出来ません。それと…」

突如ジャンヌは立ち上がり、シャルルの方に向かって皆にも聞こえるように予言した。

「冬が終わるとき、オルレアンの包囲は解かれ、あなたはランスにて戴冠されるでしょう。私に協力して下さい!オルレアンへ今すぐ兵を出すのです!」

言い終えるとジャンヌは、一礼して扉へと紅い絨毯の上を歩み出した。呆気にとられていた衛兵も瞬時に反応し、ゆっくりと扉を開く。従者達もそれに続き、一行は早歩きでその場を去った。

 シャルルは黙ってジャンヌを見送り、扉が閉まる音でふいに我に返った。ややあって家来達は予言のことについて議論を始めた。ジャンヌを試すためにした小細工のことはすっかり忘れている。

「あの女どこまで…。いや、だからこそ信じられるのか?」

「何かおっしゃいましたか?」

「いや、何でもない。これは話し合って解決できる事でない。とりあえず予言のことについては置いておこう」



 翌日ジャンヌは、王太子の計らいでポアチエへ出発する事になった。その道中は問題無かったが、到着後に難題が待っていた。

「ジャンヌ・ダルクのご一行様ですな?」

いきなり三人の髭面の男達が現れ、ジャンヌに問いかかった。礼儀正しい清楚な格好から一般人では無かろう。

「そうです、何か御用ですか?」

「申し遅れました。私たちは審問委員会です。あなたを疑っている司祭様から審理せよと命じられた訳ですよ」

「そういう事ですか。では行きましょう」

「話が早くて助かります。では聖堂へ参りましょう」

 審問委員会による審理は数週間にも及んだが、その甲斐あって結果は朗報だった。

「彼女にはいかなる悪意もなく、忠実さと善心が認められました。この事態を考慮すれば、彼女をオルレアンへ送り出すのが妥当でしょう」

「ご苦労。では将軍に伝えよう」

「うむ」

 ジャンヌは審理の結果を聞き、デュノワ将軍のいる兵舎のほうへ向かった。そこには数えきれないほどの兵士がいた。ジャンヌはデュノワの名を叫びながら軍勢をかき分けていく。迷い込んだ女に騒つく兵士達を一喝して、彼女に男が近付いてきた。

「私がこの軍を統轄しているデュノワだ」

「私がジョンヌ・ダルクです。よろしくお願いします」

「ちょうど君の事を聞いたところだ。期待を裏切らないよう奮闘してくれたまえ」

ジャンヌは答える代わりに一枚の紙を差し出した。デュノワはその紙を読んで妙に納得した表情をした。

「すぐに出陣の準備をする。君も準備を怠らないように」

「分かりました」



 そしていよいよ出陣の朝。蒼天にはのんびり雲が流れているが、遥か彼方には雨雲が待ち構えていた。

「どうも妙な天気だ。あの暗雲が私達の行く末でなかったらいいが…」

「そんなはずありませんよ、将軍。ところであちらの方は?」

「レイ中佐だ」

二人の会話に気付いたのか、中佐がゆっくりと近づいて来た。

「ジル・ド・レイです。どうぞよろしく」

「こちらこそ」

 数千の軍勢の方に向いて、三人は手を取りあった。

「何としてでもオルレアンを取り戻すのだ!」

将軍のかけ声には、不可能を可能にできるのではないかと思わせる不思議な響きがあった。それはデュノワの将軍としての力量か?それともジャンヌの見えざる力だろうか?

 いずれにせよ、負けて帰る道はもはやない。

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