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第4話 大食い七面鳥

「いらっしゃい。大食い七面鳥(グラットン・ターキー)へようこそ!」

「こ、こんにちは」


 ギルドの内部は、外観に負けず劣らずの豪勢さを誇っていた。

 床は一面、上質な赤絨毯。見上げるほど高い天井からはきらびやかなシャンデリア。両の壁には年季を感じさせる板の階段が組まれ、その下には大きな掲示板が掲げられている。奥には看板の並ぶカウンターが置かれ、そろいの青い制服を着た受付嬢がにこやかな表情で長蛇の列を捌いていた。


 思わず圧倒されるコユキに声を掛けたのは、青い制服を着た青年だった。

 柔和な表情を浮かべた、長身痩躯の若い男だ。

 コユキが彼の頭上に視線を移すと、NPCを示すアイコンが表示された。


「当ギルドは、料理や醸造を志す人々を支援する場所です。ご入会希望なら赤い看板の受付に、ご依頼は青い看板の受付に並んでください」

「ありがとうございます」


 生身の人間と変わらないくらい、流暢な言葉で案内をする青年だった。

 コユキがぺこりと頭を下げれば、彼もいっそう笑みを深めて会釈を返した。


「よう、お嬢ちゃん。あんたも入会しに来たのかい?」


 赤い看板の前の列にコユキが加わると、順番待ちをしていた中年風の男が話しかけてきた。

 コユキと同じ、布の簡素な服を来た大柄な男だ。丸太のような腕を太鼓腹につけて、どことなく熊のような印象を受ける。


「はい。友達と一緒にやってて、料理で支援できたらいいなって思って」


 緊張で頬を堅くするコユキを見て、男はくつくつと笑いを噛みしめた。


「そうか、友達と一緒にな。やっぱりオンラインゲームは仲間と遊ぶのが醍醐味だよなぁ」

「おじさんは、誰かと一緒に遊んでるんですか?」


 お、おじ……。などと少しショックを受けながらも、男はうなずいた。


「昔からの馴染み、つってもネット上でしか会ったことはないんだが。まあ、仲のいい奴らで集まってクランを作ろうって話になってな。俺含めて全員荒事は苦手だったから、生産専門のでも立ち上げようってこった」

「クラン、ですか?」


 ――力持ちそうなのに、人は見かけに合わないな。


 と若干失礼なことを考えつつ、コユキは聞き慣れない言葉に小首をかしげた。

 熊男は彼女の意志を推察したらしく、クランについて説明してくれた。


「クランっていうのは、ようはユーザー同士の集まりだな。同じような目的を持ってる同士が、神殿に寄付金を納入すると結成できるんだ。そしたらクラン限定の掲示板やチャットがつかえたり、ハウスを購入できるようになる。

 俺らは生産専門でいく予定だが、他にも攻略を専門としたトコもある。中には町やフィールドの地図を作成するのを目的にしてるクランもある」

「いいですね、クラン」

「気の合う仲間と作っとけば、何かと便利みたいだぞ」


 気の合う仲間、そう聞いてコユキが真っ先に思い浮かべたのは、今も表で待っていてくれている親友だ。

 もし、彼女が頷いてくれるなら。

 コユキはクランを作るのもいいかもしれない、と顔をほころばせた。


「お、俺の番だ。それじゃあな、お嬢ちゃん」


 そういって、男は受付に向かった。

 結局名前は聞かなかったが、コユキは新しい情報を提供してくれた親切な彼に感謝した。


 ――ありがとうございます。クラン結成については、前向きに検討します。


「次の方、どうぞ!」


 そうこうしているうちに、コユキにも順番が回ってくる。

 カウンターに近づくと、青い制服の女性がにこやかに一礼した。


「ご入会希望の方ですね。当ギルドに入会されるには、料理か醸造のテクニックを習得して、入会料100Palをお支払いください」

「え、テクニックですか」


 初耳だった。

 これはまたどこかで購入してから、並び直しか。

 コユキはしょんぼりと肩を下げた。


「はい。まだ習得していらっしゃらないようでしたら、どちらかのテクニックのスクロールを購入してください」


 にゅるり、と虚空から青いパネルがあらわれた。


 どうやら、テクニック未習得の場合は、この場で購入できるようだった。

 ひとまずまた列に並ぶ必要がないことが分かって、コユキはそっと胸をなで下ろした。


 パネルに書かれているのは、【調理〈焼く〉のスクロール】【醸造〈醸す〉のスクロール】という二つのアイテム。そして、それらの価格を表す、50Palという値段。


「こんなにお金が……」


 顔をひきつらせるも、NPCの受付嬢はにこやかな笑みを崩さない。

 まあ、どうせこれから必須になるものだし必要経費だよね。そう自分を説得して、コユキは【調理〈焼く〉のスクロール】を購入した。


 スクロールを実体化させると、A4サイズほどの粗い羊皮紙のような紙が現れる。なにやら小難しい、ミミズののたくったような文字が並んでおり、意味は分からない。

 だが、数秒間スクロールを凝視していると、その表面に習得しますか? という文章とYES/NOの選択肢があらわれた。

 YESを選択すれば、ログが流れてテクニックを習得した旨を伝えてくる。


「入会には100Palが必要です。入会されますか?」

「はい」


 テクニックを習得したのを確認した受付嬢が、コユキに問いかける。

 彼女がしっかりと頷くと、インベントリからPalが引き落とされた。


◆ギルド【大食い七面鳥(グラットン・ターキー)】に加入しました。


 ログが流れて、コユキは晴れてギルドの一員となった。


「それでは、ギルドについて説明しますね」


 受付嬢は、そういって懐から一枚の紙を取り出す。


「ギルドの役割は、主に三つです。

 一つ目は、依頼の斡旋。このギルド会館の左右の壁はごらんになられましたか?」


 コユキが頷くと、説明が続けられる。


「向かって右の掲示板には、私たち町の住人からの依頼が。左には、町の外の方々からの依頼が張り出されます」


 つまりは、右の依頼はゲームシステム側から用意されたもの、左はプレイヤーから出された依頼が張り出されている。と、コユキは解釈した。


「二つ目の役割は、職業人の育成です。

 当ギルドでは、料理人や醸造家の育成を専門としています。そのため、あの緑の看板の受付では、料理や醸造に必要な道具やスクロール、基本的な調味料などを販売しております」


 受付嬢が指し示す方に目を向けると、確かに緑色の看板が掲げられた受付があった。そこでは、コユキの初心者装備とは違い、様々な服装のプレイヤーが列をなしている。


「そして、三つ目が身分の保障です。

 ギルドには共通して五つのランク、階級が設けられています。これはギルドポイントを一定数貯めると受注できる昇級試験に合格すれば、一段階上昇します。ギルドポイントというのは、依頼を達成すると溜まるポイントのことですね。

 そして、このランクというのは個人がどれだけの実力を持っているか、という指標になるためあらゆる場面で身分を証明します。たとえば、【大食い七面鳥(グラットン・ターキー)】の本部にある書庫には、一定ランク以上のギルド員以外は閲覧が許可されないレシピなどもありますね」


 そこまで一息に説明し、受付嬢はふぅ、と吐息を吐いた。

 そして、詳しいことはこちらに書いていますのでご熟読ください、と言って手元の紙をコユキに手渡した。


「これにて、入会手続きは終了です。早速依頼を受けられる場合は、あの橙色の看板の受付まで、依頼書を持って行ってください」

「ありがとうございました」

「こちらこそ、コユキ様のご活躍を心よりお祈りしております」


 始終笑顔で一連の手続きを終わらせた受付嬢は、コユキが立ち去るまで軽く手を振り、また後方のプレイヤーに向けて声を掛けた。


 コユキは人混みをすり抜け、会館の外へ飛び出した。


「おまたせっ」

「やあ、早かったね」


 ポーチの柱にもたれていた赤いネコ耳の少女に声を掛ける。

 薄く目を閉じていた彼女は、少しきょろきょろとあたりを見渡した後、コユキに気が付いてにっこりと薄い笑みを浮かべた。


「これでコユキもようやく駆けだしプレイヤーってとこかな?」

「うええ、まだ駆けだしなのか」

「そりゃそうでしょ。あなた、プレイ開始からまだ何時間も経ってないよ」


 軽い言葉の応酬を繰り返しながら、二人は町中を歩く。

 石畳の敷き詰められた、アンティークな町並みは、古代のヨーロッパに迷い込んだような錯覚にとらわれる。赤い煉瓦づくりの建物も、時折人混みを押しのけ走り去る馬車も。すべてが異国の情緒に溢れていた。


「そういえばチェーシャちゃん」

「ん?」

「チェーシャちゃんが良かったらなんだけどさ――」


 緊張した面もちで、コユキは口を開いた。

 チェーシャは不思議そうな表情で、コユキの白い髪を見ていた。不思議と、なにかを期待しているような面もちである。


「あの、クラン、結成しない?」


 ついさっき熊の男性に教えて貰った、クランという集まり。それを一緒に作ろうと、コユキは隣の親友にもちかけた。

 チェーシャは少しの間立ち止まり、口を小さく開けて呆けていた。


「あ、ああ。いいよもちろんこちらこそ! あー、びっくりした!」

「え、え? なんで?」


 ふぅ、と胸をなで下ろす親友の反応に、コユキの脳内にはクエスチョンマークが溢れた。


「いやー、なんでもないよ。うんうん」

「???」


 へんな美咲。


 訝しげに親友を見ながらも、コユキは彼女が同意してくれたことにうれしくなった。

 それこそ、行動力に欠ける彼女がすぐに行動に移したくなったくらいには。


「よし、じゃあ今すぐ行こうよ。神殿っていうところで結成できるんでしょう?」


 しかし。


「あー、コユキ」

「どうしたの?」


 苦虫を噛み潰した表情に、コユキはきょとんとする。


「この町、神殿ないんだよね」


 数秒間、コユキの脳は活動を停止した。受け止めた言葉の理解を、脳が拒否したというべきか。

 しかし、続けて繰り出された言葉を脳は否が応でも明快に理解した。


「神殿があるのは隣のアクダラの町。こっから平原越えて、森越えて、も一つ平原越えたトコにある町」

「ええええぇーーー!?」


 残酷な宣告に、コユキのウサ耳をしょんぼりと萎れた。ルビーの目は濡れ、今にもこぼれ落ちそうだ。


「ご、ごめんよ。あたしががんばって強くなって、コユキを護衛しながらアグダラの町まで連れてってあげるからさ? ね?」


 思わぬ親友の反応に度肝を抜かれたチェーシャは、まるで稚児をあやすように彼女に話しかけた。時に頭をなでなでし、時にインベントリからイチゴ味の飴を取り出し。ちょっとした大騒ぎである。


「――――する」

「へ?」


 うつむいたコユキがぼそりとつぶやいた。


「わたしが、チェーシャちゃんを全力で支援するんだから。おいしい料理いっぱいつくって、すくすく成長してもらうんだから!」


 がばっと顔をあげた彼女の瞳はもう濡れてはいなかった。闘志に燃え、熱く未来を睨んでいた。ウサ耳は二振りの剣のようにピンと反り立ち、彼女の鋼の意志をありありと映し出している。


「お、おう」


 あまりの感情の起伏に、長くつきあってきたはずの親友もたじたじである。


「というわけで、わたし、頑張って料理スキルをあげて一人前の料理人になるよ!」

「よしきた。それならあたしが食材を集めてあげるよ」


 きりりと鋭い眼差しのコユキに、生来より活発でノリのいい性格であるチェーシャも賛同した。

 どちらともなく手を差し出して、互いに強く握りしめる。


「クラン結成に向けて!」

「がんばろー!」

「「おおー!」」


 二人の声が町中に木霊する。


 道行く人々が、小さな少女たちの決起をほほえましく見ていたのを、まだ知らない。

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