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第3話 ネラニの町

 暖かい陽光を感じた。


 空を見上げると、どこまでも突き抜ける鮮やかな碧が広がっていた。

 小振りな雲がいくつか、のんびりと気ままにただよっている。

 遙か遠方には、悠然とそびえる山々が連なり、その頂を白くグラデーションに染めている。


「すごい……」


 少女の心に響く衝撃は、力なくもれだしたその一言に凝縮されていた。


 現実よりも生き生きとした大自然が、コユキの眼下に広がっていた。


『あ、草原にでた?』

「うん。すごいんだね、最近のVRって」

『でしょ? 数あるVRMMOの中でも〈Fairy Round Online〉のグラフィックは頭一つ抜けてるんだよ』


 賞賛するコユキに、美咲は自分のことのように喜んだ。


『それじゃ、とりあえず支給品確認しとこうか』

「うん、了解」


 親友の言葉に従い、コユキはインベントリを開いた。

 パネルの上には、九マスの四角い空欄が並んでいて、そのうち二つが埋まっていた。

 学生時代、理科の授業で見慣れた丸底フラスコに赤い液体の入った絵と、茶色いバッグの絵が描かれている。


『ポーションと鞄か。とりあえず、ポーションのアイコンの上に指を置いてみて』


 コユキが指をポーションの絵と重ねると、新しい小さなパネルがあらわれた。

 元々の物よりも少し薄い、水色がかった半透明のパネルだ。


◆【下級HPポーション】

・わずかに体力を回復できる粗悪な魔法薬。まずい。

・HP10回復


「なんだかいろいろ不安になる説明文が出てきたんだけど」

『はは、初期に貰えるアイテムなんて、そんなもんだよ』


 一抹の不安を覚えるコユキに、美咲は乾いた笑みをもらす。

 そして、強引に話題を変えるように、次は鞄のほうを見てみろと言う。


◆【革のポシェット】

・革製の丈夫なポシェット。荷物を少しだけ多く持てるようになる。

・インベントリ+1/重量+5/インベントリアクセス+1


『おお、ポシェットはすぐに装備しちゃっていいかも。使いやすいだろうし』


 表示された説明文をコユキが読み上げ、それを聞いた美咲はそうアドバイスを施した。


「装備ってどうするの?」

『アイコンを二回クリックしたら実体化するから、それをそのまま身につけたらいいよ』


 アイコンを二回、つんつんと触れる。

 パネルの向こう側に小さな光の欠片が収束して、小さな革製のくたびれたポシェットを形作った。


「おおー」


 近未来的な光景に、思わず感嘆の声をあげる。

 ポシェットは一定時間空中にとどまった後、どさりと草原に転がった。

 コユキはそれを手にとって、まじまじと見つめた。


「すっごい、リアル」


 ポシェットは所々に傷があるものの、まだまだ実用できるものだった。細い革の肩掛け紐がついている。

 コユキはそれを斜めにかけた。


「ねえ美咲ちゃん。ポシェットの説明にあるインベントリアクセス+1ってなに?」


『さっきみたいにいちいちシステムウィンドウからインベントリを開かなくても、アイテムを実体化できるようになるんだよ。プラス一っていうのはアクセスできるアイテムの種類ね』


 習うより慣れろ、がモットーの親友の言葉に従い、コユキはポーションを実体化させる。


『あ、ポーションはちゃんと受け止めないと割れるよ』

「え? ひゃっ」


 時々忠告の遅い親友を恨みつつ、コユキはあわててポーションを受け止めた。アイコン通り、赤い液体の入ったフラスコで、コルクの栓がされてある。

 ポーションをポシェットの口に入れると、あきらかにポシェットの中には入らないはずの大きさのフラスコは、するりと収まった。

 ポシェットが膨らんでいる様子もなく、重さも感じない。


「こういうとこはゲームなんだね」


 そんな非現実なところをみて、コユキは眉尻をさげた。

 それから、ポシェットに手をつっこむと、硬質な冷たいガラスの感触があった。

 それをつかんでひっぱりだすと、やはりポーションだった。


「これは便利」

『そうだねぇ。たとえば戦闘する人なんかはポーチ型のを装備して、ポーションをすぐ取り出せるようにしてるんだ』

「そっか、回復アイテムなんかはすぐ使えないとだもんね」


 コユキの言葉に、美咲はそういうこと、とうなずいたようだった。


「あ、さっき一緒に1000Palって貰ったんだけどこれは?」

『ああ、それはこのゲームの通貨だね。インベントリの枠の外、えーっと下のほうだね。そこに表示されてるでしょ?』

「あ、あったあった」


 美咲の説明を聞きながら、視線でインベントリのパネルを探すと、たしかに1000と書かれた項目があった。コユキが試しに1Palだけ実体化させると、三センチほどの金貨があらわれた。

 この通貨だけは、さきほどの声の選択肢のどれを選んだとしても貰えるらしい。


『それじゃあコユキ、そろそろ町で落ち合おっか』

「うん、了解」

『丘の麓にある町で待ってる』

「分かった、すぐ行くね」


 顔を上げ、周囲を見渡したコユキは、すぐに遠方に外壁らしい影を見つけた。

 そうして、ぴょこりとウサ耳をゆらして歩き始めた。


「はろー、コユキ! ようこそネラニの町へ!」


 堅牢な外壁にぽっかりと開いた門をくぐると、陽気な声がコユキを引き留めた。


 ふりかえると、黒っぽい革の鎧に身を包んだ、赤髪の少女が立っていた。

 小麦色に焼けた肌は健康的で、鶯色の瞳は人好きのする愛らしさを秘めている。左腰には小振りなポーチ。そのベルトに三本の小型のナイフ。右腰には鞘に収まった大型のナイフ。


 一目で戦闘を生業としていると直感した。


「えと、美咲ちゃん?」


 なかば確信しながら、一応尋ねると、褐色の少女は首を横に振った。


「ノンノン! あたしはさすらいの暗殺者、赤猫のチェーシャだよ!」


 腰に手を当てポーズを決める少女は、よくみると赤い三角形の耳と細長い尻尾があった。

 コユキと同じビーストの、カト族のようだ。


「やっぱり美咲ちゃんか」

「ここではチェーシャなの!」

「あ、ごめん」


 フシャーと、本物の猫のように威嚇する彼女に、コユキは清く頭を下げた。

 たしかに、VRの中で実名をいうのはマナー違反だった。


「そもそもコユキ、なんであなた本名なの」


 周りのプレイヤーに聞かれないようにか、チェーシャは声を押さえてコユキに問いただす。


「コユキってありきたりだし、いいかなって」

「まあ、……うん」


 素直な性格ゆえに、嘘はつけないコユキの親友は、むずかしい顔になった。

 コユキ自身は特に思うことはない。

 名前を考えるのがめんどうだっただけ、などというとこの友達思いの親友はきっと怒るだろう。


「そういえば、みさ……チェーシャちゃんはこのゲームどれくらいやってるの?」


 話題を変えるためにも、コユキはチェーシャの瞳をのぞきこんで質問した。

 彼女がこのゲームをプレイしていることは知っていたが、いつから続けているのかは知らない。


「えっとね、発売が三ヶ月まえでしょ。あたしは第二次販売組だから、一ヶ月と少しかな」

「そっか、それなら随分差が開いてそうだね」


 そういって、コユキはしょんぼりと肩を落とした。

 しかし、当のチェーシャは不思議そうに首を傾げている。


「大丈夫だよ。あたし、まだスキルトータル六百と少しだし。それにコユキは生産者になるんでしょ? 差なんて計れないよ」

「そうかな」

「うんうん。生産者は素材提供してくれたり、自分で採集するにしても護衛してくれる戦士がいないと楽しめないし、戦士や魔法使いも生産者がアイテム作ってくれないとなんにもできないからね」


 持ちつ持たれつなんだよ。

 チャーシャはそう言い放って、さっぱりとした笑顔を作る。つられて、コユキもにへらと笑った。


「わたし、がんばるよ。がんばって、チェーシャちゃんを元気にできるお料理いっぱいつくるよ」

「うん! あたしが全力で食材集めてあげるんだから」


 美咲ちゃんはいい子だなぁ。

 コユキは心の中で独白し、またにへら、と笑った。


「そろだ、料理人になるんなら【大食い七面鳥(グラットン・ターキー)】に入らないとね」

「【大食い七面鳥】?」

「料理人を援助するギルドだよ。会員になれば簡単なレシピとか基本的な食材が買えるらしいよ?」


 町中に敷かれた石畳を歩きつつ、チェーシャは不思議そうな顔のコユキに簡単な説明を施す。


 ギルド、というのは大まかに同じようなスタイルのプレイヤーが所属する、援助組織のことだった。

 【大食い七面鳥(グラットン・ターキー)】は主に料理や醸造のスキルを主軸に置く料理人を援助するギルドだが、他にも近接物理系の戦士を育成する【栄光の護符グローリア・タリスマンズ】や魔法職を支援する【七柱の賢者(セブンス・セージ)】などが用意されている。


 大陸各地の町には各ギルドの支部が設置されていて、そこでプレイヤーは会員となったり直営店を利用したりできる。

 また、ギルド外のプレイヤーでも、依頼を出すことができた。

 依頼は各ギルドの掲示板に張り出され、報酬と労力を見比べたギルド員のプレイヤーによって達成される。対人的な話になるため、あまりにも条件が釣り合わないような依頼はずっと残ったままになる。


「へぇ。ちなみにチェーシャちゃんはなんていうギルドに入ってるの?」

「あたしは【真夜中の髑髏(ロストソウル)】ってとこ」

「どんなスキルの人が入るとこなの?」

「えーっと、まあ、内緒」


 純朴な瞳で首を傾げるコユキに、チェーシャは歯切れ悪くそっぽを向いた。その三角の耳は文句は受け付けないとばかりに、ぺたんと萎れている。

 コユキの白銀のウサ耳が、不思議そうに数度ゆれた。


「ずいぶん人が多くなってきたね」

「ん、そうだねぇ」


 町並みは、いつしか大きな噴水のある円形広場へと変わっていた。

 往来を歩くプレイヤーの数も密度を増し、外辺部では茣蓙を広げた生産者たちが思い思いの商品を並べている。


 いつかわたしも、あそこに並ぶ時がくるのだろうか。


 コユキはふとそんなことを思った。


「ここはスクエア広場ね。まあ通称広場だから。ここは待ち合わせに使ってる人も多いし、露店もよく出てるから、このネラニの町だと一番活気があるかな」

「広場広場……すごい名前だね。安直というか、なんというか」

「まあそれは、みんな思ってる」


 コユキの容赦ないつっこみに、チェーシャは指先でこみかみをかいた。


「それじゃ、【大食い七面鳥(グラットン・ターキー)】はこっちだよ」


 広場からは、各方角八方向に向かって放射状に大通りが延びていた。

 チェーシャはそのうちの一つに狙いを定め、歩みを進める。


「あ、待ってよ」


 周囲の町並みを見ていたコユキもあわててそれに続く。

 二人が入った通りは、そこかしこから食欲をそそる香りが漂っていた。

 立ち並ぶショーウィンドウには、きつね色のバケットやぐるぐると回転しながら炙られる巨大な肉塊などが明るい照明の下に陳列されている。


「ここは料理人街って呼ばれてる通りだよ」

「おいしそうなとこだねぇ」


 まるで上京してきた田舎娘のように、コユキはきょろきょろと視線が定まらない。

 そういえば、自分が初めてこの通りに足を踏み入れたときもこんな感じだった。

 チェーシャは自分よりも一回り背の高い友人の姿を見て、懐かしい気持ちになった。


「露店を卒業して、自分のお店を持った料理人が集中してこのあたりに看板を並べてるんだよ。ギルドが近いから、なにかと便利なんだって」

「けっこう現実的な理由なんだね」

「あとは日本人特有の右にならえ文化かな。何人かがここに料理屋構えたら、それに続いて爆発的に増えたんだよ。ほかのギルド周辺もそんな感じだよ」


 実際、ネラニの町の八つの大通りのうち、五つはそのような生産系のプレイヤーが分野ごとに分かれて店舗を構えていた。

 それは、生産者が所属するギルドに近くて利便性が高いという以外にも、戦闘系プレイヤーが目当ての物を探しやすいといった利点もあった。


「ほら、ここが【大食い七面鳥】のネラニ支部」

「うわっ」


 そうこうしているうちに、目的の場所に到着したらしい。

 チェーシャが足を止めて、よそ見していたコユキがチェーシャにぶつかって止まった。


「気をつけてよね」

「ご、ごめん」


 チェーシャは、仕方ないなぁ、といいたげに息を吐いた。


 【大食い七面鳥(グラットン・ターキー)】は、一見すると町並みにとけ込む赤煉瓦の洋館だ。ただし、周囲の館と比べ三倍ほどの高さがあり、各部に施された彫金は緻密で美しい。

 なによりも行き交う人々の目を引くのは、大きな玄関扉の上に掲げられたエンブレム。右向きの七面鳥と、クロスしたナイフとフォークを象った、金色のエンブレムだった。


「あたしはここで待ってるから。とりあえず入会してきたら」

「う、うん。がんばるね」


 ポーチの柱によりかかって、チェーシャは完全に待ちの体制に入った。


 どうやら、一緒にギルドの中までは来てくれないようだ。


 コユキはまるで初めてのお使いのように、ポシェットのベルトを握りしめて、開け放たれた扉の向こうへと入っていった。


 ――これじゃ、どっちが保護者か分からないなぁ。


 ふとそんなことを考えて、小さな友人は静かに笑った。


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