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第2話 新世界へ

 一瞬の浮遊感の後、小雪が目をあけると、そこはすでに現実ではなかった。


 真っ暗闇な世界。

 足下には白い硬質な床が広がっている。


「ようこそ、〈Fairy Round Online〉の世界へ」


 どこからとなく、美しい女性の声が響きわたった。

 小雪よりは年上だろう。だが、まだ若そうだ。


 ――お姉ちゃんくらいかな?


 小雪は、五つ年上の遠く東京で一人暮らしをしている自身の姉を思い浮かべた。


「まずは、フラウで生活するあなたを創ってください」


 そんな声が続き、小雪の目の前にパネルが現れた。

 青い半透明で、名前や性別などの情報を書き込めるようになっている。


「最近のVRって、すっごくきれい……」


 思わず、小雪は感嘆の声をあげた。

 彼女が最後にVRの世界へ入ったのは五年以上まえのことだ。

 それから、彼女が気づかないうちに、めざましい進化を遂げていた。


 ともかく、キャラクター作成は手早く終わらせよう。


 小雪は、あまり深く考えずに項目を埋めていく。


◆Name:コユキ

◆Gender:Female

◆Age:18

……


 順調に項目を埋め、次のページへとうつる。

 二枚目のパネルには、Species――種族という項目名と共に、無数の選択肢が表示されていた。

 さらに、小雪の目の前には大きな姿見があらわれ彼女の姿を映しだしている。

 いまの彼女は何の変哲もないただの人間の少女だが、種族をかえると外見にも特徴が現れるらしい。


「これ、どれを選んだら……」


 パネルに並ぶのは、ヒューマン・エルフ・ドワーフといった古来よりファンタジーではおなじみの名前から、ドラゴノイド・リザードマン・レイスなどの、小雪にはちんぷんかんぷんなものまで。


「まあ、たぶん。ヒューマンが一番クセがないよね」


 小雪がパネルに指をのばしかけたとき、不意に頭の奥から鈴の音のような高い音が響いた。同時に、彼女の指の先に小振りなパネルがもう一枚、新たに生成される。


「あ、はいはい」


 パネルに表示されているのは佐々木美咲の名前。自宅に帰った親友から、早速端末を通して通話が入ったようだった。

 小雪が迷うことなく応じると、彼女だけだった空間に美咲の声が届いた。


『やっほ、順調?』

「まだ始めたばかり。あ、そうだ」


 小雪はパネルに並ぶ無数の文字列を一瞥して、


「美咲ちゃん、種族っていうのはなにを選んだらいいの?」


 自分よりも詳しそうな親友にご教授願うことにした。

 しばらく、うーん、と唸る声が聞こえた後、美咲が話し出した。


「基本的に、ヒューマンが一番使いやすいよ。あとは小雪がどんなプレイスタイルにしたいのかにもよるかなぁ。

 ゴリゴリ脳筋プレイならドラゴノイドとかがいいだろうし、魔法使いなんかは使いたい属性によってもサラマンダーやウンディーネ、シルフィードなんていろいろあるし」


 プレイスタイル。

 友人の言葉に、小雪は考え込んだ。

 剣や金槌を振り回すような、荒事は得意じゃない。魔法は詠唱が気恥ずかしくて自分には出来なさそうだった。

 でも、なにか、わたしをこの世界へ連れてきてくれた彼女を助けたい。


 そういえば、生産要素があると美咲は言っていたような。


「美咲ちゃん」

『うん、なに?』

「生産要素って、どんなのがあるの?」


 美咲は、彼女の質問について、丁寧におしえてくれた。

 〈Fairy Round Online〉には、一つ以上のアイテムを合成・加工し、別なアイテムを作ることのできる生産という系統のスキルがあること。そして、その種類は〈料理〉〈醸造〉〈鍛冶〉〈裁縫〉〈木工〉〈調薬〉〈錬金〉の七つがあるということ。


「そんなにいっぱい……」


 自分の予想以上に豊富なスキル事情に、小雪は目を白黒させた。


『ほかにも、半分生産スキルみたいなのもあるんだけど。まあ、この様子じゃいま伝えてもパンクしちゃうかな』


 小雪が混乱しているのを感じ取ったのか、美咲は曖昧な笑い声をもらした。

 結局、小雪は料理を主軸においたプレイスタイルに決めた。

 七種の生産スキルのなかで、もっとも分かりやすく、なにより他のものは自分には合わない悟ったからだ。もっとも、裁縫なら何度か現実世界でもやったことはあるから、第二候補くらいには入れておく。

 親友の希望を聞いて、美咲はすぐに己が最適だと考える種族を提案した。


「ビースト?」

『そうそう。分かりやすく言えば獣人かな。

 動物の耳とか尻尾とかが付いてて結構ビジュアル的にも人気が高い種族だよ。器用さにもある程度補正がついてて、筋力値も高いの。それに、ラピ族なら気配が薄くなって敵から見つかりにくくなる……らしいよ』


 その言葉に従い、小雪はパネルを操作する。

 何度かスクロールすると、ビースト族という項目が現れた。

 ビースト族のなかでもいくつかに細分化されているらしく、ドク・カト・ラピ族の三種類がある。

 それぞれ選択してみると、犬・猫そして兎の耳と尻尾が、姿見にうつる彼女の体にあらわれた。


「か、かわいいっ」


 思わず、といったふうに小雪が声をもらした。

 姿見にうつるのは、もふもふとしたお団子のような尻尾を生やし、長い耳をゆらす、デフォルメされた彼女の姿。現実とは大きくかけ離れた姿だ。


 ――これは、いいかもしれない。


 小雪は迷わず決定した。パリン、という音が響いて、実像の小雪にもラピ族の特徴が反映される。


「あ、案外、尻尾って敏感なんだね」


 あらたに増えた感覚器官は服とすれてむずむずとしたくすぐったい感触を伝えてくる。

 これはゲーム内では、尻尾の部分を切って外にだした方がいいかもしれない。

 小雪は心のメモ帳にそう書き留めた。


「あ、次は外見かな」

『外見は特にステータスにも影響しないから、好きなようにカスタマイズしていいよー』

「うん、ありがと」


 友人からの保証にしたがって、小雪は第二の自分を作り上げていく。

 純日本人的な黒髪は、艶のある白銀に変える。思い切って、現実ではぜったいにできないような腰まである長髪にした。それだけで、ずいぶんとウサギらしくなった。

 さらに、最後の仕上げとして、ウサギといえば、という理由で瞳の色をルビー色に変える。


「かわいい」


 姿見に映るのは、どこか幻想的な美少女だった。

 先ほどまでの、冴えない少女とはまるで違う。

 贅の限りを尽くして作り上げられた西洋人形のようだ。

 小雪の口から漏れ出した言葉を聞いて、美咲が早く見たいとぼやく。


「じゃあ、これで」


 決定すると、さらに小雪の体が作り替えられる。

 三秒後には、自身が褒め称えた美少女の姿になっていて、なにやら気恥ずかしかった。


「ラピ族の少女、コユキ。あなたを歓迎しましょう」


 さっきも聞いた、女性の声がまた響く。


「これからあなたが向かうのは、幻想大陸フラウ。

 そこには、無限の可能性が広がっています。――あなたは、どのような暮らしを送りたいですか?」


 そんな質問が聞こえ、パネルがあらわれた。

 戦士、魔法使い、商人、農夫という四つの選択肢が表示されている。


「美咲ちゃん、これは?」

『えっとね、アイテムが貰えるんだよ。あたしは戦士を選んだけど、下級ポーション五つと初心者用武器BOXが貰えたよ。

 小雪なら商人でいいんじゃない?』

「そっか。ありがとう」


 美咲にお礼を言って、助言通りに商人の欄を選択する。


◇【革のポシェット】【下級HPポーション】【1000Pal】を入手しました!


 軽快なサウンドと共に、小雪の視界にログが流れる。パネルとは違って、小雪が視界を動かしてもそれに付随して、常に彼女の視線の先に文字が表示され、少したつと徐々に薄くなって消えた。


「これからフラウで生きるあなたのために、質素ですがプレゼントです。ぜひ、活用してください」

「あ、ありがとうございます」


 どこにいるかも分からない声に、小雪は闇に向かってぺこりと頭を下げた。


『小雪って、そういうとこ律儀というか、生真面目というか……』

「れ、礼儀正しいとか言ってよ」


 音で察した友人も、呆れたように言い放つ。

 小雪は頬を朱に染めた。


「左手を右から左へ振ってください。そうすれば、私の力であなたのすべてを映し出す鏡があらわれます」

「えっと、こ、こうかな?」


 声に従い、左手を突きだして右から一直線に振る。

 蒼く輝く光の軌跡が空中にのこり、そこから見慣れたパネルがにゅるりとあらわれた。

 上部にいくつかのタブがついていて、それぞれステータスやインベントリと書かれている。

 声の主の力で情報を映し出す鏡、という設定のシステムウィンドウのようだった。ここから各種ゲーム的な設定や、ログアウトができるようだ。

 右上にあるバツ印を押すと消えるのは分かりやすい。


 いろいろと操作を確かめたあと、小雪がパネルを消してしまうとまた声が響いた。


「それでは、出発の時が来たようです。またいつの日か、次は直接会えることを楽しみにしています――」

「こ、こちらこそいろいろ教えていただいて、ありがとうございました」


 声が消え、闇の世界に罅が入る。


 細く、稲妻のように屈折しながら、次第に罅は大きくなっていく。


 やがて罅は闇を覆い、闇がガラスのように砕け散った。


「キャッ」


 小さく悲鳴をあげ、小雪はぎゅっと目をつむる。

 そして、彼女が目を開いたとき。

 そこは広い広い草原のただ中だった。


『ようこそ、〈Fairy Round Online〉の世界へ』


 通話越しに聞こえた親友の声は、確かに微笑みを含んでいた。

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