第18話 ハーブの可能性
ティミーの頼もしさに浮足立ったコユキは、しばらく調理室内でゆらゆらと踊り、全身で喜びを表現した。
チェーシャにも内緒にしているが、コユキは楽のほうへと感情が振り切れると、たまにこのように一人で摩訶不思議な踊りを踊ることがあった。
手足をふにゃふにゃと揺らし、くるくると回転すると、どうしようもなく楽しい気分に浸ることができるのだ。
気が済むまで踊り明かしたその後、彼女は顔を赤らめつつ落ち着きを取り戻し、皿の上のサンドウィッチに視線を向けた。
「そういえば、さっきティミーさんに伝えたサイズだとちょっと大きすぎるかな」
コユキがティミーに伝えたサイズの入れ物だと、端のほうがつっかえて入らない可能性がある。
長期保存可能な物に改良するついでに、サイズも考慮しなければならないだろう。
「しかし、どうやればあの※がとれるのかなぁ」
コユキはサンドウィッチの前に現れるパネルの注記を、心の底から忌々しそうに見つめた。
あれさえなくなれば、おそらくランチボックスの作成は可能になるのだろう。わざわざあのような注釈が付いていることが、なによりの証明になる。
そこまでは確信していて、だからこそコユキは難しい顔になった。
おそらく、今まで彼女の他にも弁当を作ろうとしたプレイヤーは数多いるのだろう。
しかしそれでも成し遂げられず、今だ弁当の作成方が出回っていないという事実は、その難しさを何よりも雄弁に物語っていた。
「ぐぅ、どうすればいいの……」
腕を組み、ウサミミを揺らして考えるが、一向に妙案は浮かばない。
今までの先人たちが、考え実行してきたようなありきたりなものではいけない。
そう思い考え込むほどに、だんだんと頭の中が煮詰まって、ドロドロの飴のようになってしまった。
「はぁ。気分転換に、ハーブ事典でも読むか」
こんな状態では思い浮かぶものも浮かばないと、コユキは多少自棄になりながら、ストレージに入れていたハーブ事典を取り出した。
流石に、何百ページもある分厚い事典全てをスキャンしてストレージに放り込むことはコユキの精神的衛生上できないが、面白そうだと思ったりゲームでも応用できそうだと思ったことはおおよそ全て取り込んでいる。
ある程度厳選したとはいえ、なかなかの分量であるそれを、コユキはパラパラと流し読んだ。
ハーブとは、つまりはそのあたりに生えている草のなかでも体に良かったり、何かしらの効果がある有用植物のことを言う。
まだ薬学が発達していない太古の時代から、ハーブは経験則に基づいて活用されてきた。
たとえば、中世に存在したと言われる魔女。魔女とはつまり、賢い女性であり、彼女らは薬草の扱いを蓄積し継承してきたのだ。
「そういえば、ヨーロッパの方の魔女って箒じゃなくて薬草の束に乗って飛ぶんだっけ」
小さなころに聞き覚えた話を思い出し、コユキは知識がつながるのを感じた。
魔女たちが焼かれ、科学万能の時代が到来してもなお、ハーブの力を引き出す技術は脈々と受け継がれてきた。それがつまり、ハーブに備わる確かな自然的な能力の証明になるのだろう。
ハーブの活用法には、大きく分けて二つある。
一つはハーブの葉そのものを利用する方法。
葉を煎じたり、水や油で抽出したり、粉末に加工したりと様々に手を加える方法だ。
もう一つは、ハーブに含まれる油、精油を利用する方法。
こちらは軟膏やローション、フレグランス剤、入浴剤などに加工できる。
コユキのように、料理方面へ扱う場合は前者としての利用方法が多いのだろう。
「たぶん、精油は〈調合〉とか〈錬金〉とかそっちの方面が専門なんだろうなぁ」
〈調合〉は、ハーブを利用して様々な薬品を作るスキルだ。そちらの方の研究はかなり進んでいるらしく、大手薬剤師クランがガイドラインを作っているという噂もあった。
反面、〈錬金〉というスキルについて、コユキの知っていることはほとんどない。存在自体は知っているのだが、イマイチどういったものを作るスキルなのか、はっきりとした答えを聞いたことがない。
ただなんとなく、彼女の主観で『錬金術ならハーブとか怪しい薬とか使ってそう』といったくらいの認識である。
ともあれ、探すのは長期保存への手がかりである。
コユキは事典の前置きを飛ばして、ハーブの名前と効能が羅列されているページを開いた。
「アーティチョークとかクローブくらいなら、聞いたことあるかな」
パラパラと斜めに読んで、ほう、と彼女はため息をつく。
予想以上にハーブの種類は多かった。
彼女でも聞いたことのあるような名前があると思えば、ダンディライオンやイチョウなど、首を傾げるようなものまでしれっと並んでいる。
ちなみにダンディライオンは、つまりタンポポのことである。コーヒーにするとおいしい。
「あ、これなんかどうだろ」
そんな中、彼女の目に留まったハーブがひとつあった。
「タイムか。なんか聞いたことはあるよね」
開いたのは、瑞々しい緑色の小さな葉が無数に集まった写真。
効能のところに記されていたのは、高い抗菌性だった。
タイムとは、かつてはミイラ作成から香炉など多岐にわたる用途で使われてきたハーブだ。ポリフェノールの20倍を誇る並外れた抗菌性のため、古代より悪魔とまで呼ばれた病に立ち向かい、勇気の代名詞とまでなった。
「これなら、※も取れるかも!」
そう思い、いきり立ったコユキは、はたとある事実に気が付いた。
「そういえば、この世界だとタイムはないんじゃ」
そう。今彼女の手元にあるのはブルーやイエローなどといった抽象的な色の名前であらわされたハーブのみ。タイムやアーティチョークというほどまでは細分化されていない。
「ぐぬぬ、どうしたものか……」
抗菌性をもったハーブがあることは知った。しかしそれは現実世界のことだ。
「この世界にも、タイムみたいなのはあるのかなぁ」
ぢくぢくと不安が彼女の心を刺した。
しかし、そんなことでへこたれるようなコユキではない。
「あるかもしれないし、無いかもしれない。それなら試して試して、見つけちゃえばいいんだよね!」
ぎゅっと両手を握りしめ、己を鼓舞した。
無いと決まったわけではないのだ。それを試さずして諦めるのは早すぎる。
コユキはインベントリから集めていたハーブを全て取り出す。
イエロー・グリーン・ブルー・パープル・ピンク・レッド……。
森に群生していた色とりどりのハーブを、とりあえずは一通り集めている。
「――よし!」
ぎゅっと唇を結んで、コユキは袖をまくり上げた。
まずは細かく刻んで炒って粉末にしてみよう。
次はすりこんでみよう。
次は水に抽出、
次は油に、
蜂蜜に、
お酢に。
彼女の頭の中では、あらゆる方法でハーブたちが刻まれていく。
何十、何百という手順をシミュレーションしながら、コユキは初めのハーブを一株掴んだ。




