第17話 頼れるお姉さん
チェーシャがログアウトすると、束の間の静寂が二人の間に訪れた。
ティミーは残り少なくなったステーキを口に運び、静かに咀嚼する。
コユキ謹製のラビットステーキは、どうやら彼女の味覚にヒットしたらしい。
コユキが最後の一口を食べるころには、彼女のものはすでになくなっていた。
「ふぅ、美味しかった……」
しみじみといった様子で呟き、名残惜しそうにラビットステーキの包み紙を握っていたティミーの手から、それが光の粒子となって砕け散った。
「ごちそうさまでした」
自分の包み紙も消失したのを見届けて、コユキがベンチから立ち上がった。
勢いで、彼女の布の服の裾が軽くはためいた。
「それじゃ、ティミーさんはこれからどうするんですか?」
軽く首を傾げルビー色の瞳を向ける彼女の方を向いて、ティミーは唇に手を当てる。
「んー、コユキちゃんに頼まれたお弁当箱を作ってみようかなって思ってるわ」
「ありがとうございます!」
私もピクニックしたいしね、といってはにかむ彼女に、コユキは瞳を輝かせた。
彼女の喜びを表現し、頭上のうさみみがぱたぱたと揺れる。
「それじゃあ、わたしは料理研究をしてきますね」
そういって意気込むコユキに向かって、ティミーはほどほどにね、と笑いかけた。
「じゃ、また落ち着いたら連絡入れるわね」
「分かりました!」
そうして、二人はベンチを立つ。
ティミーは消耗品を補給するため、一度雑貨屋へ行くと言った。
彼女の青い髪が人に紛れるのを見送って、コユキもまた石畳の上を歩き出した。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは!」
〈大食い七面鳥〉に入ると、案内役の青年がにこやかに声をかける。
それにコユキは軽やかに返して、二階へと駆け上がる。
「スキルレベルも上がったし、ワンランク上の部屋を使ってみようかな」
そういって、彼女は〈2〉と刻まれたプレートのさがる扉を開いた。
〈1〉の部屋よりも一回り広くなったその部屋は、相変わらず石造りの質素な設備だ。
ただし、竈は二つに増設され、作業台は広くなっている。
「おお! こんなのもあるんだね」
とりわけ、彼女の目を引いたのは、部屋の片隅に設置されたちいさなオーブンだった。
鉄製の四角いそれは、下部に薪が数本くべられている。
パチパチと火花が散り、上部にある格子をオレンジ色に照らしていた。
「これでチキンステーキを作ったらおいしそうかなぁ」
設備一つで、作ることのできる品目は格段に増える。
コユキの家にこのようなレトロな趣のオーブンはないため使ったことはないが、使い方は体で覚えていけばいいだろうと割り切った。
小さい頃、林間学校でカレーを作った竈と同じようなものだろう。たぶん。
「さて、それじゃあお弁当開発プロジェクトの始動だね!」
誰もいない調理場で、コユキはぐっと両手を握った。
だが、辺りを見回し、インベントリを眺めた後、すぐにがっくりと肩を落とす。
「そういえば、まだお米ってないんだよねぇ」
この〈Fairy Round Online〉では、今だ米や小麦といった穀物が発見されていない。
サービス開始から日が経っていないこともあり、現在のトッププレイヤーの到達地点でも、ネラニの次の、そのまた次の町までだ。
そして、その過程でそういったものはまだ収穫がされていなかった。
ギルドのショップでも販売はされておらず、現状では肉と野菜、魚などがこの世界での主な食材なのだった。
どうしたものか、とコユキは備え付けの小さな椅子に座って考え込む。
弁当といえば、日本が誇る食文化の一つである。
となれば、基本的に米が主役になってくる。
しかし、この世界にはまだ米はない。
だんだんと、彼女の眉間に皺が寄ってきた。
「お米を使わない……。だったらパン食? サンドウィッチとかかなぁ」
ひらめきは唐突だった。
たしか、バゲットならばショップでも売っていたはずである。
それを思い出して、コユキはキッチンを飛び出した。
「まさか、バゲット一つで五百Palもするとは……」
予想以上の出費に心と懐を痛めながら、コユキはキッチンに舞い戻る。
インベントリから取り出されたそれは、小麦色に香ばしい香りを放つ、大きめのものだった。
「とりあえず、これでチキンサンド……じゃなくて、ラビットサンドを作ってみよう」
そうして、コユキは手早くラビットステーキを作る。
「パンもある程度加工した方がいいよね」
フライパンに調味料セットの一つであるオリーブオイルを敷いて、十分に加熱した後バゲットを放り込む。食感と一緒に、オリーブオイルの香りが付く。
さっと火を通して、ぱりぱりになったら、そこに先ほど作ったばかりのラビットステーキを挟み込んだ。
「うん、ちゃんと〈ラビットステーキサンド〉になってる」
アイテム名を見たところ、そういったものは作れるようだった。
ひとまずの進歩に、コユキはほっとため息をつく。
「でも、これじゃだめなんだよねぇ」
コユキは完成したサンドウィッチを眺める。
注視すれば、半透明の小さなパネルが現れて、アイテムについての注釈が表示される。
◆【ラビットステーキサンド】
・ラビットステーキを焼きたてのバゲットで挟んだ一品。
香ばしい香りと肉汁が、食欲をかき立てる。
※持ち運びには適さない。
「持ち運びには適さない、か」
説明文の最後に、ちょろっと表示された小さな注意事項。
ぱっと流し見れば気づかないほどの地味な色合いに悪意を感じる。
「お弁当にするには、これをはずさないとだよねぇ」
先は長そうだとコユキは悟り、天井を仰いだ。
そんな彼女の脳内に、ピロンと電子音が響いた。
ログを見てみると、ティミーからメッセージが届いている。
見れば、今通話してもよいか、といった内容のようである。
「ティミーさん、どうしたんですか?」
丁度手も空いている。コユキはすぐに個別通話を接続した。
すると、それほど間をおかずティミーの声が届き始めた。
『調子はどうかなって思ってね。どう、順調?』
「えっと、はい。お米とか、穀物が見つかってないのを思い出して、サンドウィッチにしようかと」
『サンドウィッチ! 私、大好きよ』
コユキの言葉に、ティミーはうれしそうに声を半音あげた。
聞けば、彼女の家庭は毎朝の食卓に食パンが並ぶ、パン食の一家らしい。
『うーん、でもサンドウィッチなら鉄製のお弁当箱は合わないかしら?』
「う、それもそうですね……」
自身も薄々感じていた事実を突きつけられ、コユキは言葉に詰まる。
『それじゃあ、木でバスケットでも作ってみようかしら』
「――え!? ティミーさん木の加工もできるんですか」
『あれ、言ってなかったっけ?』
「聞いてないです!」
彼女の思わぬ発言に、コユキは目を見開く。
当人きょとんとした声色でそれに答えた。
『鍛冶師って言っても〈鍛冶〉スキルだけ持ってるわけじゃないのよ。レベルは低いけど〈木工〉も持ってるわ』
なんでも、武器の柄や本番前の試作などで、少なからず木材を加工する場面もあるのだとか。本職の鍛冶師なら、そのあたりは餅は餅屋とばかりに木工師に依頼するのだが、武器の作れない貧乏鍛冶師であるティミーにはそんな贅沢はできない。
そういった本職とは外れたスキルを習得するプレイヤーは珍しくない。
基本的に、そのほうが費用面で負担が軽くなるからだ。
『あんまり複雑なものは作れないけど、バスケットくらいならすぐに作れるわよ』
「おお……。それじゃ、バスケットを一つお願いしてもいいでしょうか」
『お姉さんに任せときなさい! サイズはどのくらいがいいかしら?』
頼もしいエルフの少女に、コユキは感涙に瞳を潤ませながら、要望するバスケットのサイズを伝えた。
『それじゃあすぐに作るから、できたら連絡入れるねー』
「ありがとうございます!」
誰もいない調理場で、がばっと頭を下げる。
通話は切れていたが、彼女の瞳には一筋の光明が見えたきがした。




