第16話 料理の可能性
「そうだ、コユキ。お弁当はともかくスキルの方はどうなったの?」
「えっとね、〈生存〉はレベル26になったよ。――うん、熟練度もそこそこ集まってる」
コユキがステータス画面を確認しながら答えると、チェーシャは満足そうに頷いた。
「それならボスに挑んでも大丈夫そうかな」
「この森のボスってなんだっけ?」
コユキと同じく、あまり町の外の情報を持ち合わせていないティミーがそう尋ねる。
チェーシャは口角を上げて、草原でなごやかにうずくまる白い毛玉を指さした。
「あのフォレストシープの大きいヤツらしいよ」
その答えに、二人はあからさまに肩の力を抜いた。
もし昆虫だったとしたら、森を突破できる自信がなかった。
「よし、それじゃあ今日のところはいったん町に戻ろうか。また後日、ボス攻略に向けて集まろうよ」
パチンと両の手を叩き合わせて、チェーシャが締める。
右の二人も異存はなく、賛成の意を示して頷いた。
「あ、でもまた昆虫ラッシュかぁ」
しかし、足を進めようとしていたコユキは、半分ほど体を翻したところで顔をしかめた。
ここまでの道中に襲いかかってきたおびただしい数の虫たちが彼女の頭をよぎる。
見れば、ティミーもまた顔を青くしていた。
「まだワープ系のアイテムってこのゲームにはないからねぇ。嫌なら死に戻りする?」
「この世界って死んだらどうなるの?」
「町の教会で生き返るよ。スキルがランダムで下がっちゃうけど」
「死に戻りなんていやよ!?」
「死に戻り……ふむ……」
チェーシャの言葉に、真剣な表情で考え込むコユキを、ティミーは恐ろしいものをみるような顔で揺さぶった。
お願い目を覚まして、冗談でしょ!? などと、まるで低予算のC級洋画に出てくるヒステリックな母親のようである。
「へ、あ――。じょ、冗談だよ!」
「そうかしら……?」
意識が戻り、慌てて取り繕う彼女に、ティミーは怪訝な様子である。
「はいはい。それじゃあ、さっさと帰るよ」
いつまでもうだつの上がらない二人に業を煮やしたのか、チェーシャはさっさと歩き始めた。
その顔には呆れの色が濃くでている。
「あ、待ってよー」
「おいてかないでよ!」
そんな彼女を、二人は慌てて追いかけた。
「あ゛ー……」
「女の子がなんて声だしてるの」
時は進み、ネラニの町の広場。
這々の体で帰還した一行はベンチに腰掛け、エルフの少女はファンタジーな町並みをブチ壊しそうな声を上げていた。
「はい、二人とも。ラビットステーキだよー」
そんな二人に、小さな紙の包みを三つ抱えたコユキがやってきた。
彼女は〈大食い七面鳥〉に寄って、二人に振る舞う料理を作っていた。
満腹度も減少し、そろそろ何か食べないとデバフがついてしまう時間だった。
差し出された包みを受け取り、チェーシャとティミーはその瞳を輝かせる。
「おおー! おいしそうねぇ」
「これ、昨日のと違っていい香りがする……」
くんくんと鼻をならすチェーシャに、コユキは感心したように口を丸くした。
「気づいた? 実はハーブの風味をつけてみたんだ」
「そういうことか」
「へぇ、ハーブってそんな使い方もできるのね」
思わぬハーブの活用法に驚いた様子に二人に、コユキは種明かしをする。
「実は昨日、おばあちゃんからハーブの辞典を貸して貰ったんだよ」
昨夜、琴からハーブに関する入門書を借り受けたコユキは、それから使えそうな部分だけを抜粋してデータ化し、自らのストレージに取り込んでいた。
ゲーム機本体のメモリーにあれば、ゲーム内でも参照できるため、それを活用していたのだ。
「ハーブって、調合でポーション作るだけじゃなかったのね」
目から鱗、とばかりにティミーの口から声が漏れる。
「さすがはコユキだね!」
チェーシャも生産方面には明るいわけではなく、コユキの発見した事実に対して素直に驚いている。
しかし、そんな二人に当のコユキは複雑な表情を浮かべた。
「でも、これくらいのテクニックはもう他の人もやってると思うんだよねぇ」
「え、そうなの?」
「てっきりコユキが初めてなのかと……」
きょとんと顔を見合わせる二人に、彼女は事情を説明する。
「実は、ハーブが料理で使えそうだなっていうのはハーブを見つけたときから薄々感じてたんだ。ハーブの匂いがギルドでかすかに漂ってたし」
「そ、そんな情報で察したの……」
「昔からコユキって、妙に感覚が鋭いよね」
なんなく言い放つコユキに、ティミーたちはまた別の意味で驚いていた。
チェーシャの言うとおり、コユキはもともと嗅覚や聴覚などの五感が鋭い。そのせいで大きな音やまぶしい光が苦手で人見知りの一因になっていたりもするのだが、たまにこういった恩恵にあずかれることもあるのだ。
「ま、そんなことより。さっそく召し上がれ」
そういって、コユキは二人に食事を促した。
三人そろってベンチに座り、包みを開く。
「わぁ」
香ばしいハーブと油の匂いが、白い湯気と共に解き放たれる。
小麦色の焼き目がついたそれに、三人は一斉に白い歯を突き立てた。
「ふわぁ……! なにこれ、とってもおいしいっ」
「さすがはコユキだね、将来お嫁さんになってよー」
ティミーが驚いたように声を上げ、チェーシャが幸せそうに頬をゆるませる。
そんな二人の言葉に、コユキはうれしそうに耳を傾けていた。
「あれ、なんかバフがついてる」
最初にそれに気が付いたのは、ステータス欄を開いたチェーシャだった。
ステータスなど各種パラメータに影響を与えるバフ・デバフが表示されるエリアに、彼女の見慣れないものが表示されている。
「〈HP自然回復速度上昇Ⅰ〉……?」
小さな赤いハートが描かれたアイコン。
時間経過と共に少しずつ減少していくそれは、表示によるとあと二十分続くらしかった。
「なんだろう、これ」
「私にもついてるわね」
異変に気が付いた二人も、各々のステータス画面を開く。
そうして、全員のステータスに、同様のマークが表示されていることがわかった。
「魔法をかけられた?」
「いや、町中じゃ一部を除いて魔法詠唱はできないわ」
「ポーションを飲んだわけでもないし」
うむむ、と異口同音に唸る三人。
唐突に、コユキが立ち上がった。
「そっか、料理か!」
「え? あ、そういうこと」
「どういうことなのかしら!?」
ぽむ、と手を打つコユキに、チェーシャはすぐに察したらしい。
唯一分かっていないティミーに、彼女は説明した。
「ハーブだよ。たぶんコユキが使ったのはグリーンハーブなんだよ」
「グリーンハーブって……ああっ!」
ようやく理由を察し、ティミーは思わず立ち上がった。
ハーブ類は主にポーションの作成に使用される。
そして、中でもグリーンハーブは体力の回復に効果があり、HPポーションの材料として重宝されているのだった。
「へえ、料理にするとこういうバフが付くようになるのねぇ」
想像よりも奥の深い、アイテム活用の方法にティミーは思わず唸った。
現在の三人のHPゲージは全て赤に染まっているため、その回復量の程は分からない。しかし、それでも二十分という長時間に渡る効果が彼女らを力強く支援することに違いはない。
「ブルーハーブならMPで、イエローならST回復効果が付くのかもね」
「そうかもねぇ。また今度試してみるよ」
チェーシャの予想はある程度現実味があり、コユキも後々試すことを心に決める。
「しかし、なんでこれ掲示板にも情報流れてないのかね?」
チェーシャはそういって、掲示板を開く。
しかしそこには料理に関する情報が少なく、当然ハーブを使用した料理のことも表示されていない。
そんな彼女に、ティミーがおずおずと声をあげる。
「たぶん、ポーションに加工したほうがいいからじゃないかしら」
「そうなのかな?」
「だって、ポーションならハーブ単体で作れるし、瞬時に回復できるし。それに、料理と違ってフィールドで使用できるもの」
「それもそっかー」
その説明に、チェーシャは納得したようだった。
うんうん、としきりに頷いている。
「むぅ、納得行かないなぁ」
しかし、二人の隣に立つ少女はうさみみを荒ぶらせて、少々ご立腹の様子である。
「料理だって、お弁当にすれば食べられるもん」
もん……。
少々、精神年齢が退行している気がする親友に、チェーシャは耳をピクリとふるわせる。
「――あ、もう時間だ」
チェーシャはパネルに表示される現実時間を見ていった。
午後からはバイトが入っている。
数年前から働かせてもらっている、なじみの雑貨店だ。
もう少し、むっすりと頬を膨らませるコユキを見ていたい気もするが致し方ない。
「ごめんね、二人とも。バイトの時間だから落ちるよ」
「おっけー。それじゃあまた会いましょうね」
「あ、いってらっしゃい」
頑張ってねー、と手を振る二人に見送られながら、チェーシャはその世界から姿を消した。




