第15話 衝撃
「〈スピンラッシュ〉ッ! そろそろだよっ」
チェーシャは飛来したトンボを一撃で切り伏せて、後続する二人を奮い立たせる。
「走れっ!!」
その檄に鞭打たれた駿馬のように、二人も声を上げて森を走り抜ける。
視線の先にはただひとつの目標を捕らえて。
暗い森の奥には、眩しい光が待ち構えている。
「もう少し!」
思わずコユキが呟いた。
あと数十メートルもないだろう。
木々の間を風のように進む。
蹴り上げた落ち葉がゆらゆらと舞う。
――あぶない!
コユキが、チェーシャへと襲い掛かる蟻を見つけた。
彼女の死角にうまく隠れ、ガチガチと大顎を鳴らしている。
「〈三つの舞い風〉!」
コユキが声を発するよりも早く、疾風が蟻を切り刻む。
『ギィィ!?』
予想の外からやってきた攻撃によって、大蟻は驚愕の後地面に伏した。
「ありがとっ」
「油断しないでよね」
一瞬遅れて蟻の存在に気付いたチェーシャは、不敵な笑みを浮かべた。
ティミーもまた、あたりを警戒しながらも口元をほころばせる。
そうして、ようやく。
「とう、ちゃく!」
先頭を走り抜けていたチェーシャが、光の中へと飛び込んだ。
そこは、丸く円形に開かれた広場だった。
俯瞰すれば、そこは深い緑の布にあてられたパッチワークのようだろう。
豊かに茂る木々が消え、色とりどりの花と背の低い草が燃えるように咲き誇っている。
「へぁぁぁ」
「ふぅ、疲れたわね」
後ろを走っていたコユキとチェーシャもなだれ込み、柔らかな草の絨毯に倒れこんだ。
「あれ、虫たちはここまで来ないんだね」
コユキが後ろを振り向き、そのことに気が付いた。
あれだけ猛攻を仕掛けていた虫たちは、野原と森の境界で立ち止まっている。
まるで壁に阻まれているように、ガチガチと悔しそうに顎を打ち鳴らしていた。
「ああ、ここはちょっとした休憩地点になってるんだよ。いるのはあのフォレストシープだけ。ノンアクティブだから自分からは襲ってこないよ」
「そうなんだ……」
コユキが草原を見渡すと、確かに白いもふもふとしたヒツジたちがのんびりと若い草をはんでいる。
オルタナの丘にいたヒツジよりも、一回り大きく、そして丸まった太い角を持っている。
彼らは大人しい気性らしく、闖入者であるコユキたちに顔を向けることもなかった。
「ゆっくりできるし、いいところだね」
「でしょう? ここハーブ系もいろいろ採れるから集めておいたら?」
足元を見れば、たしかに色とりどりのハーブが至る所に生えていた。
中には草原では見たこともないような色のものもある。
コユキはためしに、手近な一つをカマで刈り取った。
「ブルーハーブだね」
「他にも緑と黄色、赤のハーブがあったはずよ」
コユキはティミーの言葉を聞いて、それぞれの種類を少しずつ集めた。
「ティミーさんはハーブ使わないの?」
「鍛冶師がハーブをどうするのよ……」
ティミーは呆れたようにコユキの白い耳を引っ張った。
「いたた!? 耳は結構敏感なのっ」
「ほほう? いいことを聞いたわね」
「にゃぁぁ」
コユキの抗議もむなしく、逆に目を輝かせたティミーは彼女の耳をいじり始めた。
右へ左へ耳を動かすだけで、コユキの体がおもしろいように動く。
「名づけて、コユキ・コントローラーね」
「ひどい……」
満足した様子で彼女が手を放すと、コユキは力が抜けたように倒れこんだ。
「なにをバカなことやってるの……」
そんな二人に、チェーシャは肩を落として言い放つ。
「む、チェーシャ・コントローラーもしてあげようか?」
「遠慮しとくよ!」
わきわきと両手を怪しく動かすティミーに、チェーシャの容赦ない言葉が突き刺さった。
「こういうところでご飯を食べたいねぇ」
ふと、草の絨毯に寝転がっていたコユキが呟いた。
広場にあおむけになれば、森の木々が額縁になり、蒼天の絵画が現れる。
さらさらと頬を撫でる風が刻一刻と流れる雲の姿を変えていく。
きっと、こんなところでみんなで一緒にピクニックしたら気持ちいいだろうな。
コユキは綿あめのような雲を見ながら、そっとほくそえんだ。
「あー、コユキ」
そんなコユキを目の端に、チェーシャが気まずそうに耳をかきながら言った。
「――料理系のアイテムはフィールドじゃ食べられないよ」
がばりとコユキが背を起こした。
ルビー色の瞳には驚愕が現れている。
「え、えと?」
「そのままの意味よ。料理はフィールドじゃ食べられないの」
チェーシャが事情を話す。
コユキの小さな口が半開きになり、プルプルと震えた。
一瞬後、
「え、ええぇぇ!?」
絶叫が森中に響き渡った。
「な、なんで!? 町の中じゃちゃんと食べられてたよね?」
「町中だと問題なく食べられるんだよ」
あっけらかんと言い放つのは、チェーシャ。
「今だと料理は完全に嗜好品よね。ただ空腹度が回復すればいいだけって考える人もいるし」
さらに追い打ちを掛けたのはティミーである。
こんなところでも発揮される二人のコンビネーションに、コユキの精神的HPは猛烈に削られていく。
「料理はそんなものじゃないのに……!」
やっとの思いで口に出したそれは、二人の曖昧な笑みによってかき消えた。
「――――る」
力なく俯いた彼女が呟く。
「え?」
「絶対に、フィールドで料理を食べてやる!」
顔を上げ、立ち上がった彼女が高らかに宣言する。
ウサミミも、ズボンの下から膨らむ尻尾も彼女の意志の固さをありありと示していた。
「そんな目をしないで! わたしはやり遂げてやるんだから」
稚児を見るような二人に、コユキは猛犬のように噛み付いた。
「絶対に料理はフィールドで食べられるよ!」
その理由は、とティミーが問えば、待ち構えていたようにコユキは指を立てる。
「だって、〈生存〉のテクニックにある〈たき火設置〉って、たき火で料理ができるって書かれてるんだもの」
「でも、あれは簡易的な安全圏の構築と夜間の光源確保がメインだしなぁ。釣り上げた魚をその場で捌いて、塩焼きに加工するくらいにしか使われてないよ?」
「そこまでできるのになんで食べられないの!?」
「いやだって、新鮮な方が料理したときの品質がよくなるんだよ」
驚きの新事実にコユキはあんぐりと口を開く。
「わ、わたし、昨日釣ったグラスフィッシュそのままインベントリにあるんだけど?」
「「あー……」」
聞けば、〈鑑定〉スキルで見ることのできるアイテムのステータスの中に品質という項目があり、魚や野菜などの食材系アイテムは収穫から時間が経つごとにそれが低下してしまう。それを阻止するためには、なるべく速めに加工する必要があるということだった。
「なんで教えてくれないの……」
がっくりと膝を付く彼女に、チェーシャは申し訳なさそうに手を合わせた。
「ごめん、ぶっちゃけ忘れてた」
「ひどいよぉ……」
「ま、つまり〈たき火設置〉の料理できる理由はそういうことね」
そういって締めくくろうとするティミーに、しかしコユキは猛然と反論する。
「絶対そんなことないよ! きっと、なにかみんなが見落としてることがあるはず」
コユキは顎に手を当てて、真剣な表情となる。
久しぶりに彼女のそんな表情を見たチェーシャは、とりあえずスクリーンショットを撮った。
堂々と盗撮する彼女に、ティミーが呆れた視線を送るが、薄く笑うだけでやめようとはしない。
そんな二人に気付いた様子もなく、はっとコユキはティミーに顔を向けた。
「ティミーさん、鍛冶では武器以外にも小物も作れるんですよね?」
武具を作れない鍛冶師であるティミーは、戸惑いながらも即座に頷いた。
「え、ええ。一応作れないものはまだ見つかってないわ」
にやり、とコユキが頬角をあげる。
「それなら……、お弁当箱を作ってくれませんか?」
その言葉に、チェーシャがスクリーンショットの手を止め、ティミーが口を手で覆う。
「お、お弁当って――」
「お願い、できませんか?」
真剣な顔のコユキに、ティミーはたじろぐ。
「ま、まずお弁当箱って、プラスチックでしょう?」
「……」
一瞬ぽかんとしたあと、錆びついたブリキのように、ギギギ、とコユキはチェーシャへ視線を移した。
「あの、チェーシャちゃん。お弁当って」
「お弁当屋さんで売ってるレーションみたいなアレでしょ?」
「ちがうよ!?」
「じゃあ、都会で売ってる一つ五千円以上するあれ?」
「そういうことでもなくて!」
自分と二人の認識の違いに気が付いたコユキは、へなへなと耳を萎らせる。
そうして、ひとつ深いため息をついてから、また口を開いた。
「別にお弁当箱はブリキやアルミで作ってもいいの。缶詰は金属製でしょう!?」
そういえば、とようやく手を打つ二人の姿に、コユキはやるせない気持ちでいっぱいになった。
――これもフードメーカーの普及による弊害なのね。
フードメーカー。
社会に広く普及し、今や一家一台とまで言われる家電製品。
材料さえ放り込めば、あとはレシピ通りに美味しい料理を全自動で作ってくれる夢のような製品だ。
「ほんとに、最近の若者はすぐにフードメーカーに頼るから……」
脱力したコユキは、まるで悟り切った老人のような言葉を言い捨てた。
「今時料理する人なんてよっぽどの料理好きか暇人だよ」
「器具も実際に買うとなるとなかなかいいお値段するしねぇ」
いくらフードメーカーが普及したからといって、料理人がいなくなったわけでない。
コユキの家庭などがそのいい例だ。
それに趣味と実益を兼ねて料理店を開く人も多く存在している。
それでも、いつでも手軽に絶品料理を提供するフードメーカーの影響は絶大だった。
現代では、学校や職場はもちろんのこと、街角にも自動販売機のようにフードメーカーが設置されている光景が珍しくなくなった。
その結果が、弁当という文化の著しい減少を招いていた。
かくいうコユキ自身も、弁当の存在を知っているだけで実際に作ったことはなかった。
一応彼女の家の戸棚にはいくつかの弁当箱が眠っている筈だが、使う機会が訪れたことはここ最近ない。
「とりあえず、町に帰ったらお弁当箱を作ってほしいの」
「まあ、やるだけやってみるけど……」
コユキの依頼に、ティミーは自信なさげに頷いた。
「明日はチェーシャちゃん、バイトだったよね?」
「う、うん」
「じゃあ明日、わたしはお弁当作りに専念するから」
静かに、しかし熱烈な闘志を瞳に燃やす彼女に、二人は頷くことしかできなかった。




