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第14話 風の乙女

「ここから先が森だよ」


 フィールドへと繰り出した一行は順調に平原を進軍していた。

 彼女らが立ち止まったのは草原の末端、草々の背が高くなり木々へと姿を変え始める境界だった。


 チェーシャはいつもの服装に加え、重量限界ギリギリまでのポーションを準備。

 コユキもまた、戦力を持たない代わりにポーションを載積した荷物係を務めている。

 彼女たちのように一緒になって行動する二人から最大五人までの集団をパーティといい、パーティ間でのアイテムのやりとりは、一部に限りトレードを省略することができた。


「草原はまだあたしの戦力だけで十分だったけど、ここから先はティミーにも手伝って貰うね」

「任せてちょうだい」


 チェーシャの言葉に、薄い紫紺のローブ姿のティミーは頼もしい返答を返した。

 彼女は町にいるときとフィールドで、普段着と戦闘着を使い分けているらしく、その姿は丈の短いサリーのようにも見える。

 雪のように白い彼女の肌を、ことさらに強調していた。


「それで、コユキはひたすら〈擬態〉を続けてればいいからね。失敗した時とか、敵に見つかっちゃった時は私たちが容赦なく殲滅するから」

「りょ、了解」


 告げられた作戦に、コユキは緊張気味に頷く。


「それじゃあ、行くよ!」

「「おう!」」


 そうして、一行は薄暗い森の中へと足を踏み入れた。


 が――


「きゃぁぁぁああああああ!!!」

「いやっ! いやあああああっ」

「ふたりともしっかりして! 落ち着いて前を見て!」


 そこはまさに地獄だった。

 先ほどまでの牧歌的な雰囲気の丘陵地帯は姿を変え、糊のようにべったりとした空気がこもる薄暗い森。

 ブンブンと絶えず小虫の羽音が響き、どこか生臭いにおいが立ちこめていた。


 しかし、そんな内部の様相に驚愕している暇は、コユキとティミーには与えられなかった。


 やがて現れるモンスター。

 巨大な顔ほどもあるトンボ。丸太のようなぶよぶよとした芋虫。子犬ほどの蟻。

 それらが無数の群となって三人を襲いかかった。


「いやぁっ! 耳かじらないでぇ」

「しっかりしてコユキ! 〈擬態〉を使い続けて」


 木の上から跳躍し、耳の先にかじり付いた蟻を涙目で振り落とそうとするコユキ。

 蟻を短剣で一閃してチェーシャは冷静に指示を下す。


 幸いなのか、本人はおおいに疑問に思うだろうが、コユキの〈生存〉スキルと〈擬態〉の熟練度には猛烈な勢いで経験値が累積される。それもすべて周囲のモンスターの数と強さによるものだ。


「うう、早く町に戻りたい……」


 ティミーはと言えば、数分前の威勢のよさは風で吹き飛び、杖を抱えてしゃがみ込んでいた。


「ティミーは召喚魔法でなんでもいいから召喚してこっち手伝って!」


 初めての森に怯えるティミーにも、チェーシャは男気あふれる檄を飛ばす。


「あ、そ、そうね……」


 彼女の言葉にはっとしたティミーは、慌てて立ち上がる。


「えと、えっと……」


 しかし、プレッシャーに弱いのか、ティミーはなかなか行動に移せない。


 そのうちに、だんだんとチェーシャの被弾率が高くなっていく。


「早くっ」


 半ば悲鳴のような声があがる。


 もはやチェーシャのゲージは半分を切った。

 彼女自身も行ったとおり、平原までとは違い、森は一人だけでは進めない。


 ――わたしに、できること。


 隠れてばかりのコユキは一瞬の迷いのあと、ぎゅっと拳を握る。

 震える足を叱咤して駆け出す。

 口を大きくあけて、空気を吸った。


「ティミーさん! 落ち着いて」


 彼女の細い腰を、力強く抱きしめる。

 しなやかなラインを、あたたかな体温を感じる。


「落ち着いて、周りをよく見て。自分のなすべきことを」


 普段とは違う、淡々とした口調のコユキ。


「コユキちゃん……」


 一瞬の驚きの後。

 ティミーは抱えていた細長い杖構え、詠唱を始めた。


「ありがとう……。『大いなる神々の御子、安寧の徽章、英霊の御霊――』」


 ティミーの一言に呼応するようにして、紫に輝く幾何学模様の魔法陣が展開される。

 絶えず流動し、一定の形を保たないそれは、まるで意志をもった生物のようだ。

 彼女のローブの裾が暴風にはためく。

 淡青色の短髪が重力から解き放たれる。


「『賭す代償は我が秘力、求むは未だ達せぬ幻法――』」


 詠唱中、無防備なティミーを、チェーシャは力を振り絞り赤き風となって守る。

 一度でも攻撃を許せば、即座に術式は崩壊してしまう。


「『迅風に乗り数多を切り裂く精霊よ、盟約の元に顕現せよ――』」


 魔法陣は増殖し、彼女の長身を覆う。

 やがてそれは杖の先にまで波及した。


 目を見開く。


 杖をしならせ、蠢く怪虫たちへと突き出す。


「〈召喚(サモン)風の乙女(シルフィード)〉!」


 閃光が走り抜けた。

 木々がざわめき、木の葉が舞う。


「きゃあっ」


 思わずコユキは目を閉じた。


『――我が主の命のままに』


 鈴と。

 清らかな春の清流のような声が聞こえた。


「標的は向かってくる敵全てよ」


 落ち着いたティミーの声が聞こえる。


『御意』


 コユキが再び目を開くと、そこにあったのは一方的な蹂躙だった。


 踊るのは、薄黄緑色のワンピースを着た細身の少女。

 プレイヤーではない。

 意志を持たないシステム。造られたNPC。

 しかし、濃い緑色の長髪に映えるような、陶器のような肌は生気に溢れている。

 彼女の背中には二対の虹色に輝く透明な羽があった。


 くるり、くるり。


 軽やかに彼女が舞うと、風の刃が飛び散った。

 怪虫たちは声の出ない顎を開き絶叫する。

 錆びた鉄のような断末魔が木霊する。


「すごい――」


 テクニックを使うことも忘れて、コユキは幻想的な光景に呆けていた。


 風の乙女の華麗な踊りによって、昆虫たちは一定の円形内には立ち入ることを許されない。


「さすがは魔法だよねぇ」


 チェーシャも赤い短剣を構えたまま、感心の声を上げた。


「ありがとう、コユキちゃん。

 それに、ごめんね、チェーシャちゃん」


 戦闘を精霊に任せるティミーは、額にうっすらと汗を浮かべながら、すっと頭を下げた。


「いいよ。こうやって体勢を立て直せるのはティミーのおかげだし」


 一度召喚してしまえば、自分で敵と相対する必要がないのは召喚魔法の利点の一つである。

 チェーシャは慌てて彼女の頭をもどした。


「これからは絶対に取り乱さないわ。約束する」


 強い思いを瞳に込めた彼女に、チェーシャは困ったように頬を掻いた。


「――うん。分かったよ。それじゃあこれからはよろしくね」


 これでその話はおしまい。


 そう言って、チェーシャは改めて目の前の戦闘を眺める。


「それにしても、これこそが召喚魔法だよね」


 今だ猛烈な勢いで昆虫どもを駆逐する小さな少女を見て、チェーシャは賞賛の声をあげる。


 召喚魔法。

 それは異界から強力なモンスターを呼び出し、契約を結ぶことで使役する魔法。


「この魔法で呼び出せる、つまり契約できるモンスターはサービス開始直後の今でもすでに30以上が見つかってるわ。

 契約条件はピンキリだけど、なかでもこの〈風の乙女(シルフィード)〉はかなりの難易度で有名よ」

「でも、これだけ強いなら納得だよね」

「まあ強い分、術者に対するデメリットも大きいんだけどね」


 ティミーは初めて魔法を見たコユキに解説をはじめた。

 その間に、チェーシャはコユキからポーションを受け取り傷を癒す。


「まず召喚魔法の特徴として、召喚するモンスターは事前に契約を交わす必要があるんだけどね。それがまた大変なのよ」


 絶賛奮闘中の〈風の乙女(シルフィード)〉を契約したときのことを思い出しているのか、ティミーは疲れ切ったような表情になる。


 召喚魔法で呼び出せるモンスターは大きく分けて三種類。

 動く死体や骸骨などの禍々しいモンスター、アンデッド。

 獣のような外見をして、特殊な能力を持つ幻獣。

 そして、〈風の乙女(シルフィード)〉のような属性攻撃に特化した精霊だ。


「それぞれによって契約の仕方も違うんだけどね。

 精霊はひたすら術式を組み替えては召喚していって、お目当てのモンスターが出るまで続けるの」


 確率的には召喚できる保証はされてるんだけどね、と彼女は遠い目になる。


 おばあちゃんが若い頃に流行ってた、ソーシャルゲームのガチャみたいなものかな?

 と、コユキは自分で納得した。

 若気の至りね、と祖母もまたティミーのような目をしていたのを妙に覚えている。


「それに、よしんば目当てのモンスターと契約したとしてもね。

 詠唱時間は長いわ、唱えてる最中に攻撃受けると術式が破たんしちゃうわで大変なのよ」

「なんだか、立ち回りが難しそうですね」

「多分、あたしは魔法使いにはなれないよ」


 先ほど、ティミーが落ち着いて召喚できたのはチェーシャが時間を稼いでいたからだ。


 もし一人でこの敵の嵐の中で――


 そこまでで、コユキは考えるのをやめた。

 聞いていたチェーシャも難しい顔になる。


「ついでに精霊は召喚中MPをどんどん持ってかれちゃうのよね。もちろん今も私のMPはどんどん減っていってるわ」


 そういって、彼女は自分のステータスを見せた。

 二秒で一ポイントほどの速度で、彼女のMPゲージは削れている。


「普段採掘するときはもっと低位の精霊を召喚してるのよ。草原の岩場程度なら、〈小妖精(ピクシー)〉で十分対応できるの」


 〈小妖精(ピクシー)〉は、手のひらほどの小さな人型の精霊で、背中に揚羽蝶のような大きな羽が生えている。

 駆け出しの召喚士が初めて契約するモンスターの一匹だった。


「あれなら十五分くらいは余裕で維持できるんだけど、この子は三分が限界かな」

「それでも三分は持つんだね」


 案外長い持続時間に、チェーシャは驚く。


「このローブ、MPの自然回復補正が掛かってるのよ。それに〈自己治癒〉スキルもある程度上げてるからね」


 そういって、ティミーはひらひらとローブを揺らした。


「よし、そろそろ時間みたいね。私はしばらく使い物にならないから、チェーシャちゃんよろしくね」

「了解。コユキは〈擬態〉使い続けててね」

「うん。おっけー」


 ティミーが自分の残存魔力を確認しつつ、カウントダウンを開始した。


「そろそろね。――三、二、一」


 乙女が霞のように揺らぎ、掻き消える。

 防波堤がなくなり、また、昆虫たちは三人へと殺到した。


「あたしが道を拓くから、二人は遅れないように」

「任せて!」

「がんばるっ」


 高らかな声を上げ、彼女たちは力強く木の葉を蹴った。


 紅の刃が迫り来る昆虫たちを切り刻む。

 羽を落とし、顎を裂き、肉を断つ。


「もう少しで昆虫地帯は抜けるから、がんばって!」


 道を切り開くチェーシャが叫ぶ。

 後続する二人は彼女の邪魔にならない程度の距離を保ち、必死に追従する。


 鬱蒼と茂る巨木が乱立する暗い森。

 木々の合間を縫って彼女らは激侵を続ける。

 ティミーの召喚した〈風の乙女(シルフィード)〉によってもたらされた時間によって、体勢を立て直したチェーシャは、殺到する敵をものともしない。


「〈スピンラッシュ〉」


 たまに囲まれたとしても、すぐさま範囲攻撃で切り刻む。

 強引に開けた活路に体をねじりこみ、続く二人の為に周囲の敵を退ける。


「コユキ、ポーション頂戴!」

「うん!」


 それでも希に昆虫たちの牙はチェーシャに届く。

 コユキは声が飛ぶたびにポシェットからフラスコを取り出して前方に投げ入れる。


「ティミー、スイッチ」

「分かったわ!」


 そして、チェーシャが傷を癒す間殿を務めるのは、エルフの少女ティミーの役割である。

 チェーシャが後ろに下がると、彼女は杖を構える。


「『風よ、蹂躙せよ』――〈三つの舞い風(トリプルダンス)〉」


 緑色に輝く三つの半月形の刃が昆虫たちを怯ませる。

 〈風の乙女(シルフィード)〉と契約することで術者自身が扱える簡易攻撃魔法である。

 威力こそ召喚した精霊や四元素魔法の術式に比べ劣るが、その圧倒的な詠唱の短さと燃費の良さからなる物量で敵を圧倒する。


 低威力のため敵を突破するほどの力はないが、チェーシャが癒える時間を稼ぐくらいはできる。


 ――さっきみたいなのはごめんよ。


「よし。ありがとうティミー、スイッチ」

「おーけー」


 見事な連携で、ティミーは身を翻しチェーシャが前線へ復帰する。

 八割ほどに体力を減らしたティミーに、コユキはポーションを差し出した。


「さあ、どんどん進むよ!」


 そうしてまた、赤い刃が道を切り開く。

 数分前とは確実に違う、確かな信頼に基づく鮮やかな連携だった。

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