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第12話 三人目

「昨日の今日でまた出会うとは思わなかったわ」

「わたしもです」


 ティミーは突然現れた二人に驚きながらも、快く相席を勧めた。

 コユキたちもそれに甘えて、彼女の向かいに腰をおろして、しばし談笑に興じる。


「この人が昨日コユキが言ってたエルフの鍛冶師さん?」


 ティミーとは初対面のチェーシャがコユキに確認する。


「はじまめして。もうコユキちゃんから聞いてるとは思うけど、エルフのくせに鍛冶師を目指してるへっぽこよ」

「そんなことないよ。エルフの鍛冶師ってかっこいいと思う」


 自虐を交えて自己紹介するティミーに、チェーシャはどこか憧れたような視線を送っていた。


「そうだ、二人もなにか食べに来たんでしょう? 注文したら?」

「あ、そうですね」


 ティミーに促され、コユキは壁際に立てられていたメニューを開く。

 ドリンクから始まり、サンドイッチ、コロッケやエビフライのプレートに、オムライスなど、豊富なメニューがずらりと並んでいる。

 中でも目を引くのは、この店の売りでもあるスパゲティの種類の豊富さだった。


「スパゲティだけで五ページ分も……」

「私もまだ一週間くらいしか通ってないけど、これ全部制覇するには何日かかるのやら……」


 ミートソースやカルボナーラなどのオーソドックスなものから、フルーツミックスやデスソース生クリームなどの頬をひきつらせるようなものまで。

 よくもまあこんなに考えたものだと、コユキは感心した。


「ちなみにこの店、ホール食品がメニュー監修してるらしいわ」

「監修って、ただの商品開発の墓地なんじゃ……」


 ティミーの口から飛び出たのは、大手食品メーカーの一つである。


「あたしはハバネロ抹茶餡明太子スパゲティ!」

「「うわぁ……」」


 二人の間からメニューをのぞき込んでいたチェーシャは早々に料理を決めた。

 悪魔でも裸足で逃げ出しそうな文字の羅列に、コユキたちはそろって顔を青くした。


「あの、チェーシャちゃん。それやめといたほうが……」


 友の舌の安全を気遣うコユキの制止も空しく、チェーシャは注文を確定する。

 メニュー上の文字列をタップするだけで注文が確定する便利性が恨めしかった。


 程なくしてテーブルの上に大皿が出現した。

 調理の手間などもいらない、データ世界ならではの機敏さである。


 抹茶が練り込まれているのか、緑色のパスタの上には明太子とハバネロの赤。それに隠れるようにして、黒い粒餡が顔を覗かせている。


「うっ」

「……」

「おお~、いっただっきま~す!」


 二人が顔を見合わせて複雑な顔をする中、チェーシャはフォークを勢いよく突き立てた。

 そしてそれを、なんのためらいもなく口に運び――


「おいしい!」

「ええっ!?」

「はぁ!?」


 予想外の台詞を叫んだチェーシャは猛然と勢いを上げ、禍々しいそれを口に運び続けた。


「ん、コユキもいる?」

「へ!? あ、あはは。わたしは、えと、このペペロンチーノにしとくよー」


 自分の分が減るのは嫌だがコユキになら一口くらい、と言いたげに悩ましい表情の親友に、コユキは内心を押し殺しながら丁重に断った。


「あんなもの食べたら〈悪食〉の熟練度上がっちゃうよ」

「コユキちゃん。あの子……」


 ぷるぷると震え出すコユキに、未だに自分が見たものが信じられないと言わんばかりのティミーがそっとささやいた。彼女のもつフォークはまるでバイブ機能か獣の魂でも実装されたかのようにブルブルと猛っている。


 自分以上に取り乱す者がいると、かえって冷静になれるという。

 コユキは自分の震えが収まっているのを確認すると、悟りきった顔でペペロンチーノを注文した。


「ちょっと変わってるけど、いい子ですよ。――いい子なんだけどなぁ」


 ペペロンチーノの安定したおいしさとビジュアルを噛みしめながら、コユキはしみじみと言い放った。




「そういえばティミーさん、露店の方はどうですか?」


 食事も一段落つき、食後のコーヒーを楽しみながら、コユキは尋ねた。

 そんな問いに、ティミーは難しい顔になった。


「やっぱりあんまり売れ行きはよくないわね」

「まあ日用品ってあんまり需要ないからねぇ」


 デザートに、ビッグセブンフレーバーソフトクリームパフェデラックスwithクアトロミックスベリーキャラメルチョコレートソース、というおそらく何かの呪文かと思われる巨大な七色のソフトクリームが載ったパフェにかぶりついていたチェーシャもそう言った。


「このゲームってけっこうリアルですけど、道具ってあんまり使わないんですか?」

「そだねぇ。道具類の耐久度の高さが致命的。買い換える頻度が武具とは全然違うからね」


 砂糖をたっぷりと入れたアールグレイで唇を湿らせて、ティミーはほっと息をはいた。


「そんなんだと、材料集めるのも大変でしょ?」

「大丈夫。〈召喚魔法〉と〈採掘〉を上げてるから、自分で採りに行ってるわ」


 細いシルエットからは想像のできない肉体派である。

 コユキは薄暗い鉱山に単身潜り込んで、巨大なツルハシを岩盤に打ち付けるエルフを想像して、くすりと笑みをこぼした。


「私だってほんとは鉱石とかは採掘師から買いたいんだけどねぇ」


 売ってくれる人がいないのだと、ティミーはぼやく。

 サービスが始まってまだ間もない世界だ。プレイヤーの手によって産出されるアイテムは、絶対数が少ない上にほとんどが力を付けたクランに根こそぎ買い取られるという。


「いわゆる攻略組ってヤツだね」


 そのあたりの知識に明るいチェーシャが解説を交える。


「最前線に立ってゲーム攻略を目指してる人たちが数の力で稼いで稼いで、そのお金で防具やら武器やら強化して、さらに前線引き上げてるんだよ。

 攻略が速まればそれだけ世界が広がるってことだから損してるわけじゃないよ。もうちょっと落ち着いてきたら売ってくれる人も出てくるよ」

「まあ、気長に待つしかないでしょうね」


 くったりと水平に伸びる細長い耳をしならせて、ティミーは紺色の目を細めた。

 いつの間にか、チェーシャは恐ろしいほどの量の甘味の化け物を完食して、満足げに丸いおなかをさすっている。


「そういえば、ティミーさんはクランに入ってるんですか?」


 コユキが耳を倒す。


「ううん。今は独り身だよ」


 聞けば、未だネラニの町からでたこともなく、細々と生計を立てていたという。

 傍らで耳を傾けていたチェーシャが目を開いた。

 トントンとコユキの肩を叩き、ひそひそと耳打ちする。


「ねえコユキ――――」


 親友の口から出た言葉。

 コユキは驚いて目を見開いた。


「わたしも丁度思ってたとこ!」


 怪しげな様子の二人に、ティミーは不思議そうにしていた。

 話し合いが終わり、考えが同じことを確認した二人が彼女に向き直る。


「どうしたの? なんだか悪い顔してるよ」


 ティミーの指先がぷるぷると震え始めた。


「ねえティミーさん」

「は、はい」


 コユキが声をかける。


「もし良かったら、わたしたちとクランを作りませんか?」


 一瞬、理解が追いついていないようであった。

 震えていた手が止まり、彫像のように硬直している。

 予想外の反応に、二人は顔を見合わせた。


「ほ、ほんとに?」


 なんとか絞り出すように、ティミーが言う。

 二人はほっとして、しっかりと頷いた。


「わ、私武器や防具なんか作れないよ?」

「わたしは、そういったものは使いませんし……」

「あたしはいっつも作って貰ってる鍛冶師がいるからね」


 じわりと彼女の瞳がうるんだ。


「ありがとう。ありがとね! 私、こんなプレイスタイルだから、クランに入れるなんて思いもしなかったわ」

「まだ結成すらしてないんですけどね」


 感激するティミーに、コユキはばつが悪くなりもじもじと体をくねらせた。


 そして、こういうときに強いのがチェーシャという少女だった。

 彼女は立ち上がり、コユキとティミーの手を引っ張る。

 そして、互いに手を重ねあわせて、


「それじゃ、三人でクラン結成にむけて、がんばってこー!」


 高らかに宣言した。


「おー!」

「ええ。お、おー!」


 閑散とした店内なのをいいことに、二人も続いて高らかに声を上げた。




「これが後に言う、ブルー・ムーンの誓いである……!」

「チェーシャちゃん、そういうのはちょっとイヤかも」

「なんで!?」


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