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第1話 プロローグ

 ――なんだろう、これ。


 七瀬小雪は赤い無地のプラ板を受け取って、小さく首をかしげた。

 縦五センチ横三センチほどの小さな長方形。

 いや、一センチに満たない程度の厚みがあるため、直方体という方が正しいだろうか。

 側面には薄い線があり、そこから開けることができるようだった。


「はい、プレゼント。いやぁ、ほんとこれどこの店行っても品切れでさ。見つけるのに苦労したんだよ」

「えっと、ごめん、美咲ちゃん。私にはこれがどういった代物なのか見当もつかなくて」


 初夏。

 だんだんと日が長くなり、気温も湿度も増してきたこのごろ。

 祖母とともに冷たいそうめんを楽しんでいた小雪のもとへ、件のプラ板を持ってきたのは、佐々木美咲という少女だった。


 小柄な身長に、当人の予定よりもずいぶんと成長の遅い胸。大きな鳶色の瞳。ふんわりと柔らかい栗色の髪。よく日に焼けた褐色の肌も相まって、全体的に幼い印象を相手に持たせる。小雪の古い友人だ。

 今日は若葉色のシャツにデニムのショートパンツを着合わせて、より一段と幼さを全面に押し出している。というのに、当の本人は「大人の余裕と色気をそこはかとなく感じさせるファッション」と評している。


 彼女の細い鼻筋を見つめて、小雪はこまったように眉間にしわを寄せた。

 美咲は小雪のベッドの上で胡座をかき、白い歯をこぼしてあどけない笑みを浮かべる。

 周りに目がないからといって、大胆な少女だ。


「まあまあ、とりあえず。開けてみなって」


 こういう笑い方のときの彼女は、梃子でも動かないような頑固者になる。

 自分で開けて中身を確かめるほうが建設的だろう。

 幼稚園以来、小、中、そして高校までずっと一緒だった親友の性格はよく知っていた。


 小雪は追及をやめ、プラ版の側面の線に爪先を滑り込ませる。

 パキッという音が小さく響き、プラ版が開かれた。


「これは……」


 中に収まっていたのは、黒く、プラ版より一回り小さい板。

 二ミリほどの薄さで、表面には〈Fairy Round Online〉と金文字で刻印がされてある。


「メモリーカード?」

「そう。いま話題沸騰中の大人気VRMMORPGのね!」


 噂だけは、世事にうとい彼女も知っている。

 最近サービスが開始されて、その高い自由度から素晴らしい人気を誇っているタイトルだったはずだ。

 第一次販売はものの数時間で完売。数十倍の在庫を用意して挑んだ、第二次販売も即日で売り切れたとか。

 ニュースでも、小売店に何日も前から泊まり込む客のインタビューが流れていた。

 親友の、入手に苦労したという言葉も、自分の想像以上だったにちがいない。


「なんで美咲がこれを?」


 しかし、なぜそれを自分にプレゼントしてくれるのか。小雪は分からなかった。

 美咲自身がこのゲームをプレイしているのはなんらおかしいことでもない。

 彼女と違って、彼女の親友は三度の飯よりゲームが好きと豪語するほどのハードなゲーマーだ。


 だが小雪は違った。美咲とは正反対と言ってもいいだろう。

 ゲームといえば真っ先に思い浮かぶのはじゃんけんだし、過去にプレイしたことのある電子ゲームといえば、テレビモニターの前でピコピコとボタンを操作するレトロゲームだけ。

 VR――仮想現実に没入するタイプのものは、あまり体を動かすのが得意でない小雪にとってあまり興味の引かれるものではなかった。


「このゲームなら、小雪でも楽しめるかと思ってさ。最近暇だって言ってたでしょ」


 栗色の短髪の先をいじりながら、親友は照れくさそうに明後日の方向を向きながらそっけなく言い放つ。

 小麦色に焼けた親友の頬は、少しだけ朱色に火照っていた。


 美咲ちゃんはいい子だなぁ。


 思わず喉まで出かかった言葉を、小雪は努めて押さえ込んだ。

 こんなことを口に出してしまった日には、彼女は布団に潜って出てこなくなる。

 それは、正直非常にめんどうくさい。


「たしかに暇なんだけど――」


 小雪はたしかに、高校も卒業しぽっかりと空いた時間を持て余していた。

 一昔まえなら学業の次は労働があり、忙しいこと限りなかったが、人工知能や機械工業の発展のため、人類から労働という言葉が消えて久しい。

 大学へ進学して学びたいこともないし、仕事にするほど好きなこともない。

 そういった理由で、小雪は絶賛無職だった。


 ちなみに友人の美咲も定職には就いておらず、彼女の家の近所で雑貨屋のアルバイトをしているだけだ。

 以前、小雪がアルバイトをする理由を聞くと、ガチャを回したいから、という不毛な答えが返ってきた。


「でも。わたし、VRはちょっと苦手……」

「大丈夫。このゲーム生産要素もあるから、RPGだけど戦わなくてもいいし」


 小雪が渋るのを予測していたらしい美咲は、つらつらと言葉を並べ立てる。

 普段はぐーたらと寝ているかゲームに没頭している残念少女なくせに、この小柄な親友はときどきなんでもそつなくこなす有能少女に早変わりする。


「〈Fairy Round Online〉はスキル制っていうのを採用しててね。

 プレイヤーは無数にあるスキルを組み合わせて独自のプレイスタイルを作り上げることができるんだ。あたしは戦闘特化のハンタープレイだけど、領地経営してたり牧場やってたり、中には世界中の魚釣るぞって釣り竿片手に旅してるようなプレイヤーもいるよ」


 だから、ね。いっしょにやろうよ。

 ベッドの上から言外にそう語る親友の、濡れたように輝く瞳をみて、小雪は口端をあげた。


「わたし、あんまり分からないから。いろいろ教えてね」

「うん! いいよもちろんドンと来いだよ!」


 美咲は目を見開いたかと思うと、飛び上がって歓声をあげた。

 そういった大げさな表現も、彼女を幼くみせる要因の一つなんだろうか。

 親友から貰ったメモリーカードをつまんで、小雪はふとそんなことを思った。

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