アニマルチェンジクラブ
『あなたも別の動物になってみませんか?』
なんともチープな謳い文句が書かれた、アニマルチェンジクラブの看板に見事心を掴まれた彼女が言った。
「ねえねえ、別の動物になれるんだって。面白そう、入ってみようよ」
そんな彼女の言葉に、彼氏はうんざりした様子で言う。
「ここはつまらないからやめておこう」
「入った事あるの?」
「…いや、ないけど」
「じゃあいいじゃない。入ろ、ね」
と、彼女は気乗りしない彼氏の手を引き、アニマルチェンジクラブの扉を開けた。
受付で簡単な説明と手続きを済ませ、隣の部屋へと通された二人を、担当者は満面の営業スマイルで迎えた。
「本日はようこそおいでくださいました。私共は、少しでもお客様に満足のいくアニマルライフを過ごして頂きたく…」
今まで何千回と話してきたであろう営業トークを慣れた口調で繰り広げた担当者は、ふいに言葉を止め、突然彼氏の顔を見て聞いた。
「失礼ですがお客様、この間も当クラブをご利用されましたよね? 二回目のご利用、実にありがとうございます」
担当者は深々とお辞儀をし、彼女は「え?」といった表情を浮かべ、横に立つ彼氏を見た。だが、彼氏は、
「な、何を言っているんですか!? 僕はここに来るのは初めてで、誰かと人違いしてるんじゃないですか」
と、担当者と彼女を交互に見ては、慌てて否定する。「そうかなぁ…」と、何故か納得のいっていない担当者だったが、彼氏の急かす言葉に、気を取り直して自身の業務を進めた。
「それではお客様、変わってみたい動物をこちらの中からお選びください」
担当者に渡されたアニマルチェンジ一覧表を見た爬虫類好きの彼女は、初めからチェンジする動物を決めていたらしく、蛇を指差す。
「私、蛇がいい。チェンジするなら蛇がいいわ」
チェンジする動物などなんでもよく、早くこの場を去りたかった彼氏はすんなりと彼女の提案を受け入れた。
「わかりました。蛇でよろしいですね? では、こちらへどうぞ」
担当者は人一人がやっと入れる程の大きさの『チェンジカプセル』と呼ばれる、卵型の装置にそれぞれを案内すると、二人はその中に入り、担当者は装置のスイッチを押した。装置はそれに従い、小刻みに微震動を繰り返した後、チェンジの完了を知らせるブザーを鳴らせた。
担当者は彼氏、彼女の入った装置のドアを順番にゆっくりと開けていく。開け放たれた装置の中からは、見事蛇にチェンジした二人が姿を現した。
「ご気分はいかがですか?」
「私蛇になったのね!! 最高だわ!!」
蛇になった自分の身体を確認した彼女は感動の声を上げる。別の動物にチェンジしても言葉を話せるのは、もしもの時を考えてである。
「彼氏様はいかがですか?」
「…うん、まあ」
素っ気なく答えた彼氏に、担当者は切り出した。
「装置が作動している間、ずっと思い出していたのですが、やはりお客様、この間もいらしてくださいましたよね?」
「しつこいな、人違いだって言ってるだろ!!」
「いいえいいえ、人違いなどではございません。とてもお綺麗な女性の方とご一緒でしたので、よく覚えております」
担当者の言葉を聞き捨てならないと反応したのは彼女。
「ちょっと!! 女性の人と来たってどういう事よ!! 私ここに来るの初めてなんですけど!!」
「だからこの人の人違いだよ…」
そこでようやく、余計な事を言ってしまったと悟った担当者は、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「女性の人って誰よ!? あなた、浮気したわね!! 悔しい!!」
彼女の金切り声が辺りに響く。
「ま、待て!! 落ち着け!! 一番愛しているのはお前に決まっているだろ!!」
「嘘ばっかり!! じゃあ何で浮気なんかしたの!?」
「…魔が差したんだ。…そういう事ってあるだろ? なあ、あるよな? あるでしょ?」
「ないわよ!! 許せないわ!!」
「お、落ち着け!! 許して!! 勘弁してくれ!!」
「うるさい!!」
と、彼女は怒りに身を任せ、彼氏の首を絞めようとするが、相手が蛇なのでどこが首なのかがわからず、また、絞める為に伸ばそうとした手も、蛇の自分には存在しない事に気づく。彼女がまだ不慣れな身体に手間取っているその隙に、彼氏は装置の中に入ると、担当者を責め立てた。
「こうなったのもお前のせいだからな!! 早く装置を作動させろ!!」
「元の身体に戻りますか?」
「ばか野郎!! 空を飛んで逃げるんだ!! 鳥にしてくれ…」