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狂熱のアルターズ  作者: 黒周 ダイスケ
一章 ストレンジ・ラヴァーーズ
9/27

#1-8

 10月22日。14時27分。ヤマノ学院。教室。


「や」

 昼下がりの休み時間。クラスにいた男女の視線は、教室の隅に注がれていた。

 アステラが、シェイランに声を掛けたのだ。

「……何?」

 片やマガリダでも有数の秀才、片や人付き合いの少ない偏屈な金髪少女。一見共通性など何もない、アンバランスな組み合わせ。並大抵の女子ならば一発で落ちるであろう爽やかな笑みを浮かべるアステラ。仏頂面で睨むシェイラン。二人の間に沈黙が流れる。

「この前の1,000m走、すごく速かったね。見てたよ」

 やがてアステラはそう言った。と同時に、クラスの女子からどよめきが起きる。少し離れた机の上では、シヅメが不可解な表情でこちらを見ている。

「だから?」

「速く走るコツとかさ、気になって。色々聞かせてほしいんだ。……それで今度さ、ミノザの女子達と遊ぶんだけど。良かったら一緒に来ない?」

 どよめきが強くなる。

 大抵の場合において、アステラが直接声をかけることは稀だ。ダネモスをはじめ、取り巻きの男子はアステラの力を利用して女子を誘うし、女子はアステラと接触を図るべく行動する。故に、この事態は多くのクラスメイトを驚かせた。

 シェイランはしかし、この美男子の誘いを訝しげに見つめ、こう答える。


「遠慮しとく」


 ―――


 10月22日。17時5分。ヤマノ学院。教室。


「ねー。やっぱりマズかったんじゃないかなー」

「シヅメだって、別に興味はないんでしょ。同じじゃない」

「いや、その、断り方というかさ。思いっきり睨まれてたよ」

「アステラなら、別に何とも思ってなかったように見えたけど」

「違う。周りの女子に」

「どうして?」

「あ、や、どうして、っていうかね」

 授業が終わり、ざわつく教室の隅で、シヅメはシェイランを諭していた。

 決して全ての女子がアステラを追いかけているわけではない。シヅメもまたその一人(“タイプじゃない”のが主な理由)だ。

 だがクラスにおけるアステラの影響力は大きい。“穏便な断り方”というものはある。それをシェイランは無遠慮に言い放ったのだ。この一件で、シェイランはしばらく白い目で見られるだろう。仕方ないと言えば仕方ないし、どうこうできるわけでもない。

「よくわかんないよね、シェイランってば。すぐ帰っちゃったり、かと思えば犬猫の事件のことを探ったりして」

 元々群れたがらない性質なのは知っていたものの、シヅメは改めてシェイランという少女の不可思議さを実感する。

「あ、そうだ。帰らなくちゃ」

「言った傍から!?」

「ごめん。あの事件のこと、また何かわかったら教えて。今度フォーティーファイブのダブル奢るから」

 そう言って、シェイランは小走りで教室から出ていった。短いスカートが翻り、長い脚であっという間に消えてしまう。


「ううーん……」

 陸上部に勧誘しようと声をかけたのが最初だ。近寄りがたい雰囲気はあったが、話してみれば気のいい友人である。ついぞ部に入るつもりは無かったようだが、シヅメはシヅメなりにシェイランのことを心配していた。


「やっぱり、彼氏とかいるのかなあ」


 ―――


 同日。同時刻。ヤマノ学院。体育館。


 バスケットボールが見事な放物線を描き、ゴールに吸い込まれていく。ぼん、と床にボールが落ちると共に、見ていた数人の女子から歓声が上がった。

「やぁっぱり勝てねえわ、アステラくんには!」

 首を振りながら、ダネモスが降参のポーズを取る。夏までボクシング部に所属していたこともあるダネモスは、体格こそアステラより優れていたものの、それでも敵わない。

「わからないかな。こう、ゴールじゃなくて、その先を見据えるんだ。それに合わせて投げればいい」

「難しいこと言うぜ」

「じゃ、次は俺の番な!」

 男子の一人がボールを拾い、位置につく。

 アステラがコートの外から出ると、すぐに数人の女子が寄ってきた。

「ねー、アステラくん。あんなの、誘うことなかったんだよ。私にしてくれればよかったのに」

 化粧の濃い顔で女子が言う。“あんなの”とはシェイランのことだ。

「そう。それじゃ、君、来る?」

「えっ! いいの!?」

「大歓迎」

 アステラは女子に笑いかけ、日時を教えた。女子は歓喜の声を上げ、凄まじい指捌きで個人端末に予定を書き込んでいく。成績優秀、スポーツ万能にして、誰とも隔たりなく付き合う人の良さ。それがアステラのカリスマを裏付けているのだ。


「ちょっといいかな」

 離れた場所の女子達に手を振りながら、アステラはダネモスを手招きする。

「今度の合コンの話?」

「それはもうメンバー決まったよ。そうじゃなくて、この前の頼み事」

「あ……ああ!」

 ダネモスがほんの一瞬だけ表情を曇らせ、すぐに笑って応える。

「あれな。ち、ちゃんとやってるぜ!」

「うん。悪いけど、よろしくね」

「おう。それで、その」

「大丈夫。キリのいいところになったら教えて。希望通りに振り込んでおくから」

「よし。いつもすまねえな。また明日にでも、仲間と動く」

「助かるよ。――あ、そうだ」

 何かを思い出したように、アステラは少しだけ眉を上げる。

「?」


「あと、追加オーダー……ってほどでもないけど。これは“出来たら”でいいんだけどさ――」


 初秋の体育館。熱のこもる館内。粘つく汗をかくダネモスと対照的に、アステラは涼しい顔で淡々とダネモスに“それ”を告げた。


「……」

「ま、無理にとは言わないから」


 ―――


 10月24日。9時20分。トウカ大学、生物工学部校舎、B棟。


「思い出した」

 ラムレアの隣についたユエルが、不意に言った。

「この前、話したじゃない」

「何をでしょう?」

「ほら。この授業を担当してるゼンダ教授が“その道だと有名だ”って話」

 いつものようにユエルからペンを借り、テキストを手前に寄せながらラムレアは応える。

「この前に人から聞いたんだけど、本当は私達相手に授業なんかしてる人じゃないんだって。大学に在籍してるから仕方なく教えてるだけで。だから、いつもやる気ないんだって」

「ええ」

「――素体研究、って、わかる?」

「いえ」

「“天使”の素体。政府が主体になってる研究チームの一員らしいよ。それもすごく重要な立場みたい」

 ラムレアは無言でその言葉を飲み込む。“天使”。代理戦争における人工生命体の通称だ。

 そういえば、シェイランはあれきり代理戦争の中継やニュースを一切観なくなった。思い出すだけでも吐き気がするようになったのだという。

「調べたんですか?」

「サークルの人が教えてくれたの」

「この前の」

「しばらく、入ってみようかと思って」

 どこか遠い目でユエルは呟く。イーシャを亡くした傷が癒えきってないのだろうか。どんなサークルだかは聞いていないが、深く突っ込むつもりはラムレアには無い。当人の問題だ。


 ―――


 同日。18時8分。ナカマガリダ町、商店街。


 シェイランとラムレアはコミュニティバスを待つべく、バス停の前にいた。昼過ぎからは小雨が降り出しており、道行く人はそれぞれ折り畳み傘を差したり差さなかったりとまちまちだ。


 一昨日、昨日と、二人はコミュニティバスに乗ってくるという“不審人物”らしき男を見つけるべく、調査を続けていた。他に有力な情報はない。念のためジェイにも連絡を取ってみたが「そのまま調査を続けろ」と素っ気なく返された。

 シャッターの降りた店の前で雨宿りをしながら、シェイランは黙ってバスが来るのを待っている。

「お昼、食べました?」

「購買のパンを一つ」

「今度からお弁当作りましょうか」

「どうせ起きないくせに」

「起きますって」

 ポケットからミントの飴を一つ取り出し、シェイランに渡す。シェイランはそれを口に放り込むと、再びバス停の看板をじっと見つめだす。


 間もなく、バスが来た。前金払いの前部乗車。先頭を行くラムレアは二人分の乗車賃を払い、二人掛けの座席に腰掛ける。

 コミュニティバスは循環式の路線で、住宅街の狭い通路をすり抜け、やがてこのバス停に戻ってくる。怪しまれぬよう、終点の三つほど前にあるバス停で降り、スーパーで買い物をして帰る流れだ。

「もしかしたら時間が違うのかもしれませんね。明日、僕が昼に乗ってみましょうか」

 バス停をいくつか過ぎても、乗り込んでくるのは老人ばかり。時間帯を微妙にずらしながらバスに乗ること三日。本当に来るのだろうか。夕方ではないのかもしれない。

「あれ」

 シェイランが何かに気付き、窓の外を指差す。

「猫、ですね」

 一匹の野良猫が塀の上にいた。片耳の折れた三毛猫だ。通るバスに怯えることもなく、じっとこちらを見ているような気がした。

「降りてみます?」

「猫を追いかけても……」

 その時、窓から目を離そうとしたシェイランの視界の隅に、道路を歩く人影が見えた。

「あ」

「?」


 シェイランは席から勢いよく立ち上がり、降車ボタンを押した。


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