#1-7
10月19日、20時4分。ラムレアのアパート。
犬猫失踪事件を解決しろ、というジェイの命を受けた二人は、各々の調査結果を話していた。
「ナカマガリダ町」
書店で買ってきたマガリダ市周辺のマップをテーブルに広げ、シェイランが指を差し示す。駅のある商業地から北、学校の集まるタマヨ町から東。
「そこで、不審人物がうろついてるって噂になってるらしくて」
「事件の犯人ですかね」
「わからない。でも、あたしが聞いたのはそこまで。レーメは」
「あいにく、ボクは何も」
シェイランはそれを責めるでもなく、小さく息をつく。二人はこれまで多くの友人を作ろうと努力してきたわけではない。まして失踪事件など、普通は会話のネタにも上がらないものだ。警察へ行け、で済む。
「難しいですねえ」
ラムレアは部屋の片隅に置いてある大型の双眼鏡を一瞥する。小高い丘から見渡すというのも考えたらしいが、無闇に町中を眺めても手掛かりは掴めそうにないと諦めたようだった。
「そもそも、この事件があたし達の“秘密”に関係あることなのか……あの人の言葉の全部を信じることもできない」
シェイランはジェイへの不信感を露わにした。確実に彼女は何かを知っている。だが二人の追及を弄ぶが如く、ジェイが出した提案は不可解なものだった。
「でも、他に何も手がかりがあるとも思えません」
「……明日、また電話する?」
「それしかないですかね」
迷ったらヒントをやる、とジェイは言っていた。謎解きごっこのようだ。何から何まで怪しい。が、それ故に、ジェイの話すことが全て虚言であるとも確証はできない。
「レーメ」
「はい」
「……こんな事に付き合わせちゃってるの、迷惑?」
珍しく、しおらしい態度でシェイランが呟く。何かを思い出したというシェイランとは違い、ラムレアの記憶にそういった異変はない。ヴェクトの事や薬のことなど、色々と腑に落ちないところはあるが、現状はいつも通りだ。
「いいえ」
ラムレアは即座に答えた。その言葉に、シェイランが顔を上げる。
「本当に?」
「今までボクが、シーちゃんのことを迷惑に思ったことなんて、一度もありません」
きっぱりと、そう言い切った。嘘偽りはない。
シェイランはきょとんとした顔でラムレアを見ていたが、やや間を置いて口を開く。
「今日は、あたしが夕飯作る。いつもレーメに作ってもらってばかりだから」
彼女なりの、回りくどい感謝のしるしなのだろう。だが。
「や。ボクが作ります。シーちゃんは座ってて下さい」
「どうして?」
「シーちゃんが作ると、色々ととんでもないことになりますので」
その言葉にも、嘘偽りはなかった。
ペンケースが宙を舞った。
―――
10月20日。10時32分。ラムレアのアパート前。公衆電話。
十五回目のコールでジェイが出た。
『思ったより早かったな。ハハ』
「あれだけの情報じゃ、あたし達も動けない」
『それで? 一応、どこまで掴んだか教えてもらおうか』
シェイランはコルタから聞いた“ナカマガリダ町で不審人物が目撃されている”という情報を伝える。
『ほう。ほうほう』
「それだけです。これ以上は」
『ヒントが必要、と』
相変わらず、ジェイの口調はどこか胡散臭い。本人も狙ってやっているのか、しかしシェイランにとっては彼女の言葉が全てだ。今のところは。
『なら、率直に言おう。いいか、一度だけだぞ。よく聞け。次にお前達にやってもらうことを指示する』
シェイランが息を飲む。
『ナカマガリダ町は、マガリダが発展する前に中心地だった古い町だ。狭いコミュニティだが住民同士の繋がりは深く、町内活動も盛んだった。だが最近高齢化が進んでな。町内清掃もままならん状況らしい』
「はあ」
突然知らない町の情報を言われても、とシェイランは拍子抜けする。
『住み良い暮らしは環境作りから。というわけで――クエストだ。お前達は、明日ナカマガリダ町で行われる町内清掃を行え』
「は?」
『名付けて“ナカマガリダ町ビューティフルタウン作戦”だ。お前達の活動が、ナカマガリダを救う! ……かもしれないぞ? ハハハ!』
―――
10月21日。10時30分。ナカマガリダ町、住宅街。
ジェイから得た情報を元に、安いジャージ(近所のホームセンターで買ったものだ)に着替えた二人は、集合場所へ向かう。果たして情報通り、そこには十人ほどの老人が集まっていた。
「……そちらの方は?」
「ラムレアといいます。それから、こっちはシェイラン」
腕に“ナカマガリダクラブ”と書かれた腕章を付けた老年の男性に声をかけられ、ラムレアはつとめて柔和に会話を交わす。人あたりの良い笑顔だ。
「はあ。おたくさん達は」
「学校のボランティアです。今日はそちらの清掃活動に参加させて頂こうかと思いまして」
「そんな話は聞いとらんが」
「おかしいですね。何かの手違いで情報が伝わらなかったのでしょうか」
クラブの長と思われる老人、アジク=オゴタマは、二人を不審そうに見る。“狭いコミュニティ”とジェイが言っていたのは事実らしい。周りの老人も皆、アジクと同じように二人をじろじろと見ている。
「……レーメ、本当にやるつもり?」
「ここは従うしかないと思いますよ。聞き込みは重要でしょう?」
シェイランは居心地の悪さに、そわそわと目線を彷徨わせる。と同時に、ここにきて堂々と説得力のある嘘を吐けるラムレアにも驚いていた。
「手違いだか何だか知らんが、許可のない者をクラブの活動に加えるのはな」
「そっちの娘は目つきも悪いし、髪まで染めとる。すぐにキレでもして、迷惑をかけられてもかなわん」
「そもそも最近の若い者は何をしでかすかわからないからな。ここ最近、若い奴は怪しいモンばかりだ」
「外れの廃墟も不良のたまり場になってるらしいしな。まったく、市は何をしてる?」
口々に反対の声が上がる。
「ちょ……」
シェイランが眉をひそめ、口を開きかける。ラムレアは笑顔のまま片手でそれを制した。
「オゴタマさん。せっかく若い方にお手伝い頂けるというのだから、いいじゃありませんか」
その時、ざわめく老人達の中から落ち着いた女性の声が響いた。
―――
同日。11時3分。ナカマガリダ町、住宅街。
「それで、そちらのお二人は恋人同士なのかしら」
優しげな顔の老婦人、フェブラ=ナダが、ゴミ袋を片手に問う。二人が無事この活動に潜り込むきっかけを作ったのは、このフェブラのおかげに他ならない。
「ええ」
ゴミ拾いトングで煙草の吸殻をつまみ、ラムレアは平然と答えた。
「羨ましいわねえ。彼女の事、大切にね」
「もちろんです」
少し離れた先にいるシェイランを見る。彼女は表情をこわばらせながらも、ビニール手袋をはめた手で空き缶を回収している。腑に落ちないという感情は抱きつつも、マジメに活動しているようだ。長い髪が髪留めで後ろにまとめられていた。
「あの子にも、あなたみたいな優しい彼氏が出来ると良いのだけど」
「あの子?」
「孫娘よ。優しい子なんだけど、どうにも大人しすぎて」
「そういえば、ナダさん。少しお伺いしても良いですか?」
掃除の手を休めずに、ラムレアは話を切り出す。
「最近、この町で不審者を見かけるって話、聞いたことはないでしょうか」
「あら、どうして?」
「いえ。お年寄りもいらっしゃることですし、危ないことなどはないかと」
フェブラは一旦手を止め、少し考える素振りを見せ、そして答える。
「……私は聞いたことないわねえ」
「そうですか」
遠くで、パン、と短くクラクションが響く。
「おおい、バスが来る。道をあけてくれ」
アジクが声を上げる。住宅街の狭い通路を、黄色いマイクロバスが横切っていく。ボディには決して可愛いとも言えない、微妙でユルいキャラクターが描かれている。
「あら“エンラちゃん号”ね」
「エン……?」
「地域のコミュニティバスよ。坂の多い町で、脚の悪い人も多いから、みんなよく利用するの。……あ」
そこまで言って、フェブラは何かを思い出す。
「そういえば、そのバスに最近、若い人が乗ってることがあったって噂になってたわ」
「それは」
「誰でも乗れるバスだから構わないのだけど、ほら、普通はみんな顔見知りでしょう? だから目立っていたって。それで、あまり人の降りないバス停で降りていくの」
「どんな人なんですか」
「私も直接は見ていないわ。でも、髪の長い男の人だって。それに、どこかで見た顔だって、誰かが言ってたわね」
―――
同日。12時30分。ナカマガリダ町、住宅街。
二時間ほどの清掃活動が終わり、シェイランがラムレアの元に帰ってきた。結局、一言も喋らずに黙々と作業していたらしい。その両手には、缶ジュースが握られている。
「それ」
「おじいさんがくれた。“若い娘にしてはよく働く”って」
子供のようにシェイランはそう呟く。
「えらいですねえ。シーちゃんは」
シェイランは複雑な表情を浮かべる。
「何か聞けたの」
「ええ。後でお話します。シーちゃんは?」
ラムレアが小声で返すと、シェイランもまたそれに答える。
「……この辺、昔から野良猫が多いんだって」