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狂熱のアルターズ  作者: 黒周 ダイスケ
一章 ストレンジ・ラヴァーーズ
7/27

#1-6

 10月19日。7時6分。ラムレアのアパート。玄関。


「本当に入ってましたよ」

 差出人不明の小包を開け、ラムレアは中身をシェイランに見せる。中にはこれまで二人がヴェクトから受け取っていたカプセルが入っていた。一週間分。

 神妙な面持ちで、制服姿のシェイランもそれを見る。アパートを出る時間はまだ先だが、さすがに早く目が覚めてしまった。

「やっぱり、ジェイは私達のことを知ってる。このアパートの住所も、教えたわけじゃないのに」


 ――昨日、ジェイは電話口で二人にこう言った。


『お前達にはこれから私の出すミッションに従ってもらう。ついでに、ヴェクトが渡していたクスリも、これからは私が渡す。まずは証拠の為に、明日の朝に一週間分届けてやる。引き続き、飲み続けろ』


 ラムレアは小包の奥を探る。これまで飲んでいた赤と青のカプセルとは違う色をした、緑と白のカプセルが二錠。


『どうしてもこれ以上ミッションが続かないと思ったら、送った緑と白のカプセルを飲め。それがリタイアの合図だ』


 間違いない、と二人は確信する。ジェイは、どこからか自分達を監視している。


『ではさっそく始めよう』


「今日は、学院に?」

「行く」

 テーブルに置かれたシリアル(ラムレアもさすがに朝食を作る気力はなかった)を食べ、シェイランは立ち上がる。


『ミッション・ワン。“マガリダで多発している犬猫失踪事件を解決しろ”。ただし警察に頼るのはノー。お前達だけで解決するのが条件だ。もし分からないなら電話をかけろ。ヒントを出してやる。……どうだ、私は親切だろ? ハハハ、ハハ!』


 ―――


 同日。9時20分。ヤマノ学院、三階教室、ホームルーム前。


「顔色が悪いようだけど」

 シヅメが声をかけてくる。何でもない、とシェイランは手を振り、口を開く。

「あのさ。この前、犬とか猫が行方不明になってるって、シヅメ、言ってたよね」

 シヅメは頷く。

「まだ続いてるみたいだけど。それがどうかしたの」

「犯人の写真が、この前電柱に貼られてた」

「みたいね」

「手がかり、知ってる?」

 シヅメがきょとんとした顔で、目を瞬かせる。

「あ、違うの。そうじゃない。ただ、あたしの知り合いにも被害にあった人がいて、それで、何とか解決したいって」

 シェイランは慌てて言葉を繋ぐ。自分でも妙な台詞だというのは承知している。

「んんん」

 シヅメが唸る。噂話に詳しい彼女でも、さすがに難しいか。

「警察行った方が早いと思うけど」

「それはダ……ううん、それでもいいんだけど。一応」

「ワケありと見た」

「そんなところ、かな」

「うーーーん。まあ、ワケは聞かないよ。でも、ちょっとユーリョクな情報はないかな」

 シェイランは友人の心遣いに感謝する。

「分かった。ありがと」

 チャイムが鳴り、自分の席に戻ろうとするシェイランに、シヅメが何かを思い出したのか、声をかけた。

「隣のクラスの、さ」

「?」

「コルタって男子がいるの。コルタ=ジャスナ。そいつがこの前、“家に警察が来た”って言ってた……ってのを、友達が言ってたよ。関係あるかわかんないけど、教えとく」

 シェイランは顔を上げ、礼を言う。

「んー。私が言うのもなんだけど、あんまり変なことに首突っ込まないほうがいいと思うけどなー。あのさ、それより若者の青春は、運動で気持ちよく汗を流すことに――……」

 シェイランは手を振って、自分の席についた。


 ―――


 同日。12時20分。ヤマノ学院。昼休み。


「コルタ。お前のお気に入り、結局誰なんだっけ」

「あ、え。僕は、その……」

「シアリィ、とか言ってなかった?」

「う、うん」

 仲の良い男子に茶化されながら、コルタはジャムパンを片手に俯いて頷く。趣味を悟られているようで、どこか恥ずかしい。

「お前、あの中継動画だけ録画してたもんな」

 どこの学級でもそうあるように、大勢の生徒がいれば、いくつかのグループが存在する。中でもコルタの所属するグループは、所謂“オタク”に類する。当然、女子とは無縁だ。

「や、わかる。わかるぞ。でも、ああいうちんちくりんなのより、断然俺は――……」

 眼鏡を光らせ、男子の一人が個人端末を片手に語ろうとしたその瞬間、がらがらと入口が音を立てて開き、一人の女子が入ってきた。


「コルタ=ジャスナ、って、誰?」


 はっきりと通る声で、女子はそう言った。昼食時のクラスが一瞬、しん、と静まり返り、やがてクラスメイトの視線がコルタに向く。視線の行く先で判別したのか、女子はコルタの姿を捉えると、すたすたと歩み寄りはじめた。

「お前、その……知り合い?」

 無言で首を横に振る。染めた長髪と、着崩した制服。もちろん、コルタのようなグループの人間には縁のない“女子”である。

「ちょっと、いい?」

「あ、え、あ、う」

 ずい、と近寄られ、耐性のないコルタはへどもど狼狽える。周囲の男子は一歩引き、固唾を飲んで見守る。助け船を出す気もないらしい。クラスの視線は二人に注がれ続ける。

「この前、あなたの家に警察が来たらしいけど。用件は何だったの?」


 顔が近寄る。これまでコルタの人生において、ララミー(妹)以外の女子を間近で見ることなど無かった。“可愛い”というより“美人”と言ったほうがしっくり来る、整った顔立ち。化粧っ気のない、しかし潤いのある唇から発せられるのは、有無を言わせぬ事情聴取のような物言い。コルタは呆気に取られながらも、知っていることを答える。


 ――最近、謎の男がコルタの住む自宅付近で目撃されているということ。警察に白黒の写真を見せつけられたが、コルタも、その家族も見覚えはなかったということ。


「あと、近隣で犬や猫がいなくなったということは?」

「ない……です」

 何故か敬語になる。

「あんたの住んでる場所は?」

 コルタは条件反射的に、郵便番号から番地までを答えた。

「わかった。ありがとう」

 そこで話は打ち切られた。シェイランは律儀に頭を下げ、踵を返して足早にクラスから出ていく。


 うだつの上がらない学院生活。そこに突然現れた美少女。そこから始まる非日常。そういった類を、期待しなかったわけではない。そういった展開の物語を、コルタは好んで読んでいた。だが。


「……それだけ?」

 パンから零れ落ちたジャムが、ぺちゃり、とコルタの太腿に落ちる。


 そんなものはない。


 ―――


 同日。15時13分。トウカ大学。食堂。


「犬とか、猫の?」

「はい。何か身の回りで変わったことなどありましたら」

 ユエルは唸る。あまり雰囲気の良くない話題だ。まして一週間前にイーシャが亡くなった手前、切り出そうかと迷った部分もあったが、ラムレアは結局ユエルに事件の事を聞いてみた。


 あれから、ユエルは大学へもそれなりに顔を出しているようだった。

「わからないなあ。学生アパートはペット禁止のところも多いし」

「そうですか。変なことを聞いてすみません」

 今日はもう、午後の授業は無い。にも関わらず、ユエルは時計を気にしていた。

「どこか行かれるんですか?」

「ちょっとね。サークルに」

「サークル?」

 ラムレア同様、確かユエルはどのサークルにも所属していなかったはずだ。まして新歓の時期ならともかく、この中途半端な時期にどこかに入ったというのか。

「それじゃ、行くね」

 手を振り、ユエルは足早に食堂から出ていった。


 ユエルの様子がおかしかったわけでもない。他人には他人の事情がある。

 それでも、少し気になった。

「……考えすぎですかね」

 ラムレアは頭を掻き、大学を後にした。

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