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狂熱のアルターズ  作者: 黒周 ダイスケ
一章 ストレンジ・ラヴァーーズ
6/27

#1-5

 三日目、14時32分。■■■■砂漠。


『ああああ熱い熱い熱いぃいいいいいいッ!』


『“ファイアリザード”! こんなところまで……』

『隊長ッ! 砂の中から来ます! 一体だけじゃない、何体も――ぎゃっ!』

『マリル!』

『こっちは、行く手を塞がれてます!』

『奴らめ、拠点を落とすだけでなく、我々全てを焼き払おうとしているのか』

『あああああッ! た、隊長、リーナが! リーナにも、火が……!』

『……やむを得ん! 動ける者だけで行くぞ! 突っ走れ!』

『リーナ、マリル……あの子達、まだ燃えて……それを、置いていくっていうんですか?』

『バカ、わかるでしょ、あの子達はもうダメだ。あんたまで死ぬ気なの!?』

『だって……』


 *BEEP*


 ―――


「うっ」


 10月12日。22時3分。ラムレアのアパート。


 “代理戦争”中継の模様を見ていたシェイランが、突如口を押さえ、トイレに駆け込んでいった。ラムレアはテレビを消し、様子を窺いに走る。

「げぇ……げほっ、げほっ」

 丸まったまま嗚咽と咳を繰り返すシェイランの背中をさする。

「どうしたんですか、シーちゃん」

「……げほっ……う……ううん、なんでもない」

「なんでもないようには見えませんけれど。もしかして、テレビですか」

 中継の模様を見た瞬間、シェイランの様子がおかしくなった。二人とも、好んで見ていたわけではないが、これまで一度も見なかったわけではない。それが今になって突然、彼女だけが拒否反応を示したのだ。

 トイレを流し、肩を貸しながらシェイランをリビングに連れていき、座らせる。水を一口飲ませると、彼女はぐったりと背中をソファに預け、天を仰いだ。

「……なんかね、あたしもわからないんだけど、あの戦ってるAIを見てたら、色んな感情が、どーっと流れ込んでくるような感覚があって」

「まさか」

 場所は違えど“代理戦争”は実際に行われていて、中継もリアルタイムだ。だが戦っているのはAIである。人間ではない。

 シェイランは残っていたコップの水を飲み干す。落ち着いたか。

「もう大丈夫。何だったんだろう、今の。すごく突然だった」

「疲れてるみたいですし、今日はもう寝ましょう」

「うん……。あのさ。一緒に、寝てくれる?」

「いつものことじゃないですか」


 ―――


 10月17日。18時4分。ヴェクト・クリニック診察室。


 室内に沈黙が流れる。

 真剣な面持ちで向き合っていたシェイランに、ヴェクトがため息をつき、口を開いた。

「サッパリ忘れた、って顔じゃないネ」

「うん。ドクター。忘れようとしても、やっぱり忘れられなかった」

 一週間前のように暴れることもなく、シェイランはつとめて冷静に応える。

「その“違和感”が強くなったのは?」

「踏切事故を見た時と、それから“代理戦争”の中継を見た時」

 ヴェクトはカルテにメモを書き込んでいく。

「ちなみに、ラムレアくんは?」

「ボクは特に」

 ヴェクトは器用にペンを回し、二人の返答を聞いていく。

 一通りの対話が終わった後、ヴェクトは椅子の背もたれに身体を預け、しばらく思案するように視線を彷徨わせた。シェイランもまた、ヴェクトを見つめたまま動かない。


 やがて、ヴェクトは机から一枚メモ用紙を取り、電話番号と思しき数字を書き込んでシェイランに手渡した。


 “XXX-XXXX-XXXX 10:00~12:00 平日のみ コールは十回以上鳴らすこと”


「これは?」

「電話するも良し、しないも良し」

「意味がわからない。誰の番号なの?」

 メモを手に、シェイランが不審そうに訊ねる。

「申し訳ないけど、答えること、できないヨ」

 ヴェクトの態度が明らかに変わった。

「アナタ達、もしこの番号に電話したなら、もうここに来る必要はないネ。後のことはソイツに聞くとヨロシ。そうでなければ、また来るヨロシ。どっちにするかは、任せるヨ」


 頭に疑問符を貼り付けたまま、二人は診察室を後にする。

 帰り際、二人の背中に向け、ヴェクトは小さな声で一言、こう口にした。


「――……世の中、知らないほうが良いこともあるネ」


 ―――


 10月18日。10時2分。ラムレアのアパート前。公衆電話。


 電話の上には、両替した大量の小銭。

 平日昼間。シェイラン曰く“無断で学院を休んだのは初めて”らしい。


「あたしだって、怪しいとは思ってる」

 狭い電話ボックス内で、身体をくっつけ合う二人。シェイランは手にしたメモを何度も見返している。

「でも、ドクターは何かを隠していて、その答えに辿り着く鍵を渡してくれた」

 他の病院への紹介かもしれない、という線は既に消えている。少なくとも二人の調べた限りでは、メモに書かれていた番号はどこにも存在しなかった。個人端末用にしてもメチャクチャな番号だ。

 既に電話ボックスに入ってから、十分が経過している。秋の爽やかな陽気とはいえ、日差しに照らされたボックス内は蒸し暑くさえある。シェイランの頬を伝う汗を、ラムレアは至近距離で眺める。表情はあくまで真剣で、不安げだ。


 決心が決まったのか、シェイランは右手で受話器を手にし、硬貨を三枚投入した。

 勢いのまま、メモに書かれた番号を叩く。


 PPPPPPPP


 コールが鳴る。つまり“存在する”番号ということだ。


 一回。二回。三回。四回。

 ラムレアも耳を立ててコールを聞く。

 シェイランの左手は、ラムレアが着ているトレーナーの裾を強く握っている。

 五回。六回。七回。

 ドクターは“掛けても、掛けなくてもいい”と言っていた。つまりこれはシェイランの選択だ。ラムレアの知る限り、彼女が初めて自発的に下した選択。それだけの覚悟があったということだろう。ラムレアも彼女に従った。一蓮托生だ。

 八回。九回。十回。

 シェイランが息を飲む。

 十一回。十二回。十三回。

 まだ出ない。


 PPPPPPPP PPPPPPPP PPPP――


 十六回目でコールが止む。

 電話の中の硬貨が、ガチャン、と落ちる音がした。


 ―――


『……う……』

 小さな呻き声が聞こえた。

「もしもし。……もしもし?」

 シェイランが応答する。

『……あー……んん』

「もしもし。あの、その……聞こえますか」

 寝起きのような声。女性だ。シェイランは言葉に詰まる。舌が回らない。電話して、それから何を言おうか考えていたのに、すっかり頭から消え失せてしまった。

 電話の向こうでは、呻き声が続く。

「あの」

 まずい。このままでは切られてしまうかもしれない。シェイランは必死に言葉を繋ぐ。

「聞こえますか。あの、あたし、ドク……ヴェクトさんに、この番号を教えられて」

『……なに』

 初めて言葉が出た。

「ヴェクトさんが、この番号に掛けろって言って、それで」

『あんた、誰』

 女性が低く呻く。シェイランははっと気付く。名前を名乗ってなかった。

「あたし、シェイランって言います。ヴェクトさんのクリニックにかかっていたもので、それで、この番号に電話しろって言われて」

 違う。もっと順序立てて話さなければ。

『しぇい、らん??』

「はい」

『……』

 電話の向こうでがさがさと音がする。ベッドをめくるような、身体を起こそうとしている音のようにも聞こえる。しばらくシェイランは無言でその声を聞き、次の言葉を紡ぐタイミングを計る。そして。

「……もしもし」

『ヴェクトじゃないの、あんた』

 一転、ハッキリした声で応答がくる。

「はい。あたしはシェイランです。それで、その」

『アー、待って。ちょっと待て』

 がさがさ。がさがさがさがさ。

「あの」


『で?』


「シェイラン。それからもう一人います。ラムレアっていいます」

 うまく舌が回らない。それでもシェイランは受話器を握りしめ、順序立てて話す。

「あたし達はずっと、ヴェクトさんのクリニックにかかってました」

『……』

「それでこの前、あたしがその、少し記憶が不確かに……ううん、いえ、“今の記憶が本当かどうか怪しくなった”ってことがあって……それで、そのことをヴェクトさんに伝えたんです。そうしたら、この番号を渡されて、それで」

『……』

「それで」

『……も一回、名前』

「え?」

『なまえ。なーまーえ。二人の。OK?』

 粘つくような口調で返す女性。

「あたしはシェイラン。あと、横にいるのが、ラムレア、です」


 沈黙。ほんの十秒ほど。シェイランにとっては限りなく長い沈黙。

『なるほど』

 女性の声は、ただそう呟いた。そして。


『なるほど。なるほど。ハハハ。なーるほど。ハハハ! ハハハハハハハハハハ!』


 突然、堰を切ったように女性は笑った。音が割れるほどの声で、けたたましく笑った。

 二枚目の硬貨が電話に吸い込まれた。ラムレアは硬貨を一枚追加して、引き続き電話に集中する。シェイランは受話器から左手を離し、今度はラムレアの手を握った。


 ―――


 10月18日。10時13分。某所。


「なーーるほど。なるほど。なるほど。シェイランに、ラムレアか。そうか、こいつはケッサクだ。やっぱりそう来たか。ハハハハハハ」

 女は椅子に腰かけ、テーブルの上にあった電子タバコを手に取り、手際よくカートリッジを差しこむ。先端のLEDが発光し、口から甘い香りの煙が吐かれる。

 起き抜けの脳が覚醒する。

『……あの』

 対して、電話の向こうの少女は不安げに言葉を返す。

「いや、悪い。悪い。こっちの話だ。で? あのヤブに私の番号を渡されて、それで?」

 女の目が好奇心に輝き、テーブルの上のタブレットを起動させる。立て続けに電子タバコを吸い、煙を吐く。カーテンから差し込む陽の光が、煙ではっきりと筋を作る。薄暗い部屋が甘い香りで満たされた。

『ヴェクトさんは言ってました。電話するもしないも自由だって。もし電話すれば、もうクリニックに通う必要はないって。……それで、掛けました。それだけです』

「ほう。ほうほうほう」

 女は心底楽しそうに口元を歪める。

『……あとは、なにも……』

 くくく、と含み笑いを漏らして、女は黙る。

『あの』

「まあ、まあ。ちょっと待ってくれ」

 手にした個人端末を肩で押さえ、女は座ったまま椅子をぐるぐると回転させる。

 なるほど。“そうあってほしい”とは思ったが、まさか本当に“そうなる”とは。

『あなたは、誰なんですか』

「覚えてないか?」

『?』

「ハハハ。意地が悪かったな」

『どういうことなんですか』

 少女の……シェイランの声に警戒の色が加わった。無理もない。

「私の名前はジェイ。ジェイだ。当然本名じゃないが、これからはそう呼べ。私の名前なんぞどーでもいい」

『ジェイさん。あなたは、何を知ってるんですか』

「何を知ってるか、か」

 電子タバコをテーブルに置き、ジェイは再び笑う。


「知ってるさ。何もかもな」


『何も、かも』

「そう。何もかもだ。お前達が何者かも、全てな」

『あなたは、一体』

「まあ、落ち着け。電話したのは良い根性だ。お前が本当に欲しい答えを、私は知っている。だが今は全てを教えることは出来ない。物事には順序というものがあるし、いきなり私はお前達と会うつもりもない」

 タブレットを操作し、ジェイは目当てのページを次々と開く。豆粒のような文字を読む。

『わけがわかりません。ジェイさん。何を隠してるんですか』

 シェイランは抗議するように言う。苛立っているらしい。

「私の話を聞け。いいな? 電話をかけて来たということは、お前達には相応の覚悟があると判断した。私は、それが本物かどうかが知りたい。――なあに、少しばかり私の命令通りに“動いて”もらうだけだ」

『命令、って、何ですか』

「不満か? なら、この話は無かったことにして、私は電話を切る。またあのヤブの元に行くといい」

 たっぷりと焦らす。

『まっ、待って。待ってください』

 沈黙。そして。

『何でもします』

 ジェイは目を光らせた。喰いついたか。


「言ったな。今“何でもする”と言ったな?」


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