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狂熱のアルターズ  作者: 黒周 ダイスケ
プロローグ
1/27

カラオケ・ブリーフィング

 12月23日。17時11分。

 マガリダ市マガリダ駅前から徒歩八分。カラオケボックス「ブラボー・エコー」403号室。


「……そ、し、て! 我が誓うはーッ! 闇のぉー! さだめぇーーーッ!」


 マイクを握りしめ、メーリエはとうとう一曲全てを歌いきってしまう。

「イエー」

「いぇーーいぃいい!」

 アウロムがテンションの低い拍手をし、ゴスロリ風衣装の少女メーリエは無い胸を誇らしげに張る。身振り手振りを交えた気合の入った歌唱で、ツインテールにまとめたピンクのウィッグが微妙にズレている。

「うまいですねえ、メーリエ」

 地味なパーカー姿の青年、ラムレアがニコニコと笑いながら、メーリエを称える。上手かどうかもわからなかったが、褒めれば扱いやすくなる。メーリエはそういう生き物だ。

「きひひ……そうでしょうう!? なんたって、私の十八番なんだから」

 メーリエが気味の悪い笑い声をあげた。その頬と鼻には真新しい絆創膏が貼ってある。あれだけ念を押されておきながら、また喧嘩してきたらしい。

「あ、飲み物切れてますね。何か頼みます?」

「俺はビールだ」

 ボア付きのジャケットを着た男、アウロムが即答する。長髪に無精髭という出で立ちで、一見するとマトモな人間には見えない。そしてそれは間違っていない。

「私、メロンソーダ」

「はいはい。シーちゃんは? いつものルイボスティー?」

「……」

「シーちゃん?」

 ラムレアは首を傾げる。アウロムもメーリエも首を傾げた。


 楽しげな三人を前に、一人の少女が部屋の隅で肩をわなわなと震わせていた。

 マガリダ市立ヤマノ学院。その着崩した制服に身を包んだ少女。

 シーちゃん。こと、シェイランである。

「あのさ」

「うん」

「はい?」

「何か」

「ここに何しにきたか、分かってる?」


「カラオケ」


 即答したメーリエの頭頂部を、シェイランが叩いた。


「なっ、殴るこたないじゃん。ここにしようって言ったのはシェイランだっつーのに」

「計画を話すのに都合がいいから。歌うために来たわけじゃない」

 涙目で頭をさするメーリエに、シェイランが反論する。

「落ち着いて下さい、シーちゃん」

「レーメは黙ってて」

「シェイラン。気持ちはわかるが、楽しめる時は楽しむのがいい。人生とはそういうものだ」

 アウロムが分かりきった顔で諭し、煙草に火をつけようとする。

「ここは! 禁! 煙!」

「融通の利かないリーダーだ」

「そうなんですよね。もうちょっと柔軟になってくれると、ボクも嬉しいんですけど」

「……聞こえてるから」

「「あ、はい」」


 ―――


「――ここに、あたし達が集めた資料がある」

 マイクや飲み物を横にどけて、シェイランはテーブルの上に資料を広げる。紙束、ファイル、MOディスク。

「で、それを放つ、と」

「そう。マガリダテレビのテレビ塔。そこに潜入し、放送局を乗っ取る。決行は二十五日、午前二時ちょうど」

「できますかね」

「私達に、もう後戻りなんて選択肢はない」

「だよねええー」

「ここまで来れば、仕方がないな」

 火のついていない煙草を咥えて、アウロムが頷く。

「作戦にはこれを使う」

 シェイランがテーブルの上に四つの紙袋を取り出し、ラムレア、アウロム、メーリエに投げ渡していく。がさがさと音を立てながら、メーリエが中身を確認する。

 どぎついピンクに彩られた“カワイイ・モンスター”のマスク。

「今さら顔隠したって、意味なんかないと思うんだけど」

「様式美、ですよ」

 ラムレアが取り出したのは“仮免ライナー”のマスクだ。

「俺はそちらがいい。ラムレア、交換しよう」

 アウロムは自身の“トイ・ブレイカー”のマスクをラムレアに差し出す。

「うむ。有難い」

 渡された“仮免ライナー”のマスクをアウロムは満足そうに眺め、顔に装着する。

「ロム、逆ですよ。それ、逆向き」

「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ」

 何がツボに入ったのか、メーリエが笑い転げる。


 続いて、テーブルにはマガリダテレビの図面が広げられた。図面にはペンでいくつか丸印や線が引かれており、その上をシェイランが指でなぞっていく。

「配置はこの通り」

「りょーーかい」

「このルートは、その……最後まで誰にもバレずに、というのは無理そうですね」

「しかも、放送を止めさせちゃダメなんだよね。むっずかし」

「わかってると思うけど、一人も殺しちゃいけない。そんなことしたら、目的を果たしてもあたし達が不利になる」

「殴っちゃうのは?」

「場合による」

「ちょっといいか。……俺だけ、どうも無理がある配置のようだが」

 マスクから半分だけ顔を覗かせ、アウロムが眉根を寄せる。

「でも、ここはロムにお願いするしかない。任せられる?」

「良いだろう。その代わり、作戦が終わったら頼みを聞いてくれ」

「何?」

「決まっているだろう。猫カフェだ。俺にはもうカネがない。奢ってほしい」

「終わった後も営業してればいいんですけどね」

「ってゆーか、ロム、あそこは出禁になったって言ってなかったっけ?」

 口にストローを咥えたまま、メーリエが言う。

「まだだ。隣町ならまだ手はある」

「あっそ」

「続けていい?」

 シェイランが咳払いする。

「どうぞ」

「装置はレーメが持って、あたしと裏口から行く。それで、開始から五分経ったら、メーリエは……――」


 ―――


「まるでボク達、テロリストみたいですね」


 おおよその説明が終わった後、ラムレアが言った。

「そりゃ、こんだけのことすればねー」

「……そうだな」

 四人の行動が成功すれば、この社会のバランスは崩れ、より生きづらい世界になるだろう。そんなことは、ここにいる誰もがわかっている。


 PPPPPPPPPPPP


 壁掛けの電話が鳴り、四人は反射的にそちらを向く。ラムレアが受話器を取る。

「しつれいしまーす。ただいまブラボー・エコーでは、お食事とくべつキャンペーンをやっておりまーす。いまならポテトがはんがくですがー、いかがなさいますかー」

 間の抜けた店員の声。

「あ、結構です」

「またよろしくおねがいしまーす」

 受話器を置く。

「ひひ……ちょっと、びっくりした」

「そうだな」

 メーリエがメロンソーダを飲み干す。アウロムが空になったグラスを横取り、氷を口に流し込む。ぼりぼりと噛み砕く音がボックス内に響く。

「それ、私のじゃん」

「気にするな。ビールを飲むと、喉が渇くんだ」


「ねえ、ところでシーちゃん」

 にこにこと笑いながら、空気を変えるようにラムレアが訊ねる。

「なに」

「ボク、シーちゃんが歌ったところ、もう一度見たいです」

「は?」

「あ、もしかして、それって“アレ”?」

 メーリエの顔が明るくなる。

「あのさ、ここに来たのは……」

「また一曲。ね、一曲だけでいいから、歌ってくれません?」

「ちょっと。だからあたしは」

 対照的に、みるみる顔が曇るシェイラン。頭の中で“あの出来事”を思い出したらしい。出来れば封印しておきたかった記憶、といったところだ。

「きひひひ。私も、シェイランが歌うところ、見ってみたーい」

 メーリエが元気よく手を挙げ、マイクを手渡す。

「見ってみったい!」

「……」

「「見ってみったい!」」


 403号室に、マイクを投げる音が響く。


「何故俺なのだ!」

「頑丈そうだから!」

 マイクを投げつけられ、抗議の声を上げるアウロムに、シェイランが逆ギレ気味に返す。


 ――結局、根負けしたシェイランは適当な歌を選曲し、途中まで歌って止めた。

 メロディがわからなくなったのが腹に据えたのか、苛立ち紛れに投げられたリモコンが宙を舞い、再びアウロムに直撃する。

「シェイランはアレだな。意外とチョロい系ヒロイン、というやつか」

「そうなんですよ。根は素直なんです。昨日だって――」

「……聞こえてるから」

「「あ、はい」」


 ―――


「お時間じゅっぷんまえでーす。えんちょー、なさいますかー」

 再び壁掛けの電話が鳴り、ラムレアが断った直後。


「あのさ。せっかくだし、私達のグループ名、決めない?」

 メーリエがそう提案した。

「あたしは、どうでもいい」

「どうでもよくないし」

 口を尖らせるメーリエ。

「まあ、もし事件になった時、名前が無いのは困るだろう。何より、こういった事にはインパクトが肝心だからな」

 なぜかアウロムが深く頷き、メーリエを擁護する。

「私達で考えていい?」

 シェイランは“勝手にすればいい”とばかりに右手を振った。

「やった! んじゃアウロム、決めよ!」

「俺もか」

「当たり前じゃん」


 ―――


「――シーちゃん。もう一度聞くけど、本当にやるんですよね」

 曲目リストを手に、ああでもないこうでもないと論議を交わす二人を見ていたシェイランに、ラムレアが声をかけた。

「ここまで来たら、もう戻れないから」

 シェイランは作戦の立案者にして、リーダーだ。いささかの間を置き、そう答える。

「今なら、止められるかもしれませんよ?」

 その“間”を読まれたのか、ラムレアが問う。

「レーメは……この世界、変えたくない?」

 問い返す。

「ボクは、まあ。色々危険なこととかあるし、それが心配なだけですけど」

 ラムレアはシェイランに向き直り、にこりと笑った。

「シーちゃんの決めたことなら協力しますよ。――だってボク達、恋人じゃないですか」

「ありがと」

 小さな声で、シェイランは感謝の言葉を伝えた。

「帰り、スーパーに寄りましょうか」

 ラムレアが突然話題を変える。

「食材、まだあったはずだけど」

「明日はもしかしたらボク達にとって最後の休み、最期の日常かもしれません。というわけで、今日の夕飯は一段と豪華なものにしたいんです」

「最期の、か」

 シェイランはその言葉を小さく復唱した。そう言われると、改めて重大さを痛感する。安寧を振り捨て、日常を捨てるつもりでこの計画を上げた。だがこれで本当によかったのか。固めた決意が、もう一度、ほんの少しだけ揺らぐ。


「なので、夕飯は精の付くものにしましょう」

「なんで?」

「今夜は久しぶりですからね」

「……なにが?」

 顔を曇らせたシェイランに、ラムレアは耳元で答えを返す。


「――――」


 シェイランは顔を真っ赤にし、ラムレアの頭頂部を叩いた。


 ―――


「――決まった!」


 退出時間三分前。メーリエが顔を上げ、きっぱりと言い放った。手元のメモ用紙には、いくらかの単語が汚い文字で書き殴られている。

「俺はこちらの方が良いと思ったのだが」

 アウロムはやや不満げだ。

「はいはーい。もう決まったじゃん。観念しなって」

「それで、何にしたんですか?」

 ラムレアが訊ねる。

「きひひひひ……ま、ま、ちょっとお待ちなさって」

 メーリエは気味の悪い声で笑いながら、メモ用紙を裏返してペンを走らせる。


 机の上に置かれたメモ用紙の文字を、ラムレアとシェイランが覗き込む。


「私達に、ぴったりのネーミング」


 ―――


 狂った世界の理を、欺瞞を、仕組みを破るもの。真実を暴くもの。

 その為に生まれてきた生き物。その為に立ち上がった、四人の“狂信者”。


 “ファナティック・アルターズ”。

 ――それが、彼らの名だ。

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