え、なんで攫われているの?(三国の所為だ、絶対)2
三国side
空っぽの部屋。
俺の大切な存在だけが消えた部屋。
「紗綾は何処なんだ!」
大声で怒鳴ってみても、何時も苦笑を浮かべて家事をしている紗綾はどこにもいない。
荒らされた形跡は無い、だが部屋に土足で踏み入った跡がある室内。
何時も綺麗に拭かれているフローリングには僅かだが泥がつき、足跡がくっきりと残っている。
紗綾ならば絶対にそんなことはしない筈だし、汚れに気が付いたら直ぐに掃除するのでこのまま放置されているのはおかしい。
加えて、昼ご飯用なのか、テーブルの上に中途半端に並べられた大きめの皿の横に置かれていたのは、洒落た封筒に入った一枚のカード。
少し厚い、質の良い黒い紙に右下の隅に薔薇の花が描かれ、血のような紅色で文字が書かれていた。
一見すると美しくみえるそれの内容は、巫山戯ているとしか言い様がないものだった。
「…ヨルムンガンドは、そんなに俺に滅ぼされたいのか?半壊じゃ足りなかったのか?」
文章を読み終えて、俺は苛立ち紛れに奴等からの招待状である黒い紙を握り潰す。
あの時、奴等を全壊にまで追い込んでおけば良かったと、今更らしくもない後悔をした。
『死神と謳われる歴戦の暗殺者様。
貴方が大切に囲っていらっしゃった鳥籠の中の姫君を、我々が誘拐させて頂きました。
愛しき姫君を返して欲しくば、指定の場所までお早めにいらして下さいませ。
下の者たちが憎い貴方の愛する姫君に何をするかは分かりません。
我々を半壊にまで追い込んだ貴方を心よりお待ちしております。
世界蛇であるヨルムンガンドより』
怒りのままにぐしゃぐしゃに丸めた招待状をごみ箱へと投げ捨てる。
ズカズカと大股で寝室へ入って、ずっと机の上に置きっ放しになっているパソコンを開いて起動した。
紗綾には教えてないが、廃墟ビルから攫った当初に、実はばれないようにこっそりと紗綾の体にGPSを取り付けてあるのだ。
それは弓弦が作ったもので、そこらで売っているものとは訳が違う素晴らしいとしか言えない作品。
殺人衝動を持つ俺を狙う輩は古今東西何処にでもいる。
こう言ってはあれだが、俺は歴戦の暗殺者や希代の殺人鬼とまで呼ばれ畏怖される存在。
仕事をする上では凄腕だと有名なので稼ぎやすいが、逆に言えば沢山の人を殺したり組織を壊したりしたのでかなりの恨みを買っている。
俺が一人の少女を囲い込んでいるという情報は裏社会でそこそこ出回っているから、攫われた時の為に紗綾にGPSを付けて、場所を特定出来るようにしておいた。
奴等は場所を指定したが、それが本当に合っているかは分からない。
だから、GPSで紗綾の居場所を突き止める必要がある。
遠からず紗綾が攫われる可能性はあると知っていたのだが、やはり大事に大事に囲っていた籠の鳥を手元から取り上げられるのは苛つく。
紗綾は俺だけのもの。
誰かと共有するつもりもなければ、誰かに奪われるのも我慢ならない。
そんな奴等は此の世に要らない。
だから、紗綾に手を出す奴等は完膚無きまでに叩きのめして完全に滅ぼす。
二度と紗綾を攫おうだなんて馬鹿が現れないように、哀れな見せしめとなってもらう必要があるから。
しかも、ヨルムンガンドは俺が一度半壊にまで追い込んだ組織。
裏社会ではあだ名を貰うほどに強いのだろうが、俺や梓、弓弦にとっては雑魚も同然の弱小組織。
弱い奴等が何人集まっても変わらないのに、愚かにもまた俺に喧嘩をふっかけてきたのだ。
今度は、俺の何よりも大切なものに手を出してまで。
奴等に覚悟はあるのだろうか。
俺を怒らせたことに対する覚悟。
今日は半壊なんて生温いことはしないで、奴等を一人残らず惨殺して組織を全滅させる。
もしも紗綾を殴ったり蹴ったり、苦痛を強いたり、泣かせたりするようなことがあれば、耐え切れないほどの拷問をした末に殺してやる。
楽に死なせてやらない。
梓や弓弦もこのことを聞けば、嬉々として奴等を拷問にかけるだろう。
紗綾とは少しの間しか一緒に過ごしていないが、俺が気に入ったのだから、性格が似ているあいつらが気に入らない訳がないし、遠ざけようとしていない時点であいつらも紗綾を大切にしている。
一般人の感覚が抜け切っていない紗綾の前では温厚な面しか見せていないが、本当のあいつらはとんでもないくらい恐ろしいし悍ましい。
俺と同類の異常者だ。
梓は大切だと思う奴等以外には相当な鬼畜で腹黒だから、奴等をきっとみっともなく泣き叫んで殺してくれと願うほどに痛め付けるだろう。
弓弦は無表情のまま静かに怒り狂って、ナイフや銃で殺すなんて優しいことはしないで、奴等を一切の慈悲なく嬲り殺しにするに違いない。
そういう俺も、紗綾には見せられないような顔で奴等を皆殺しにする。
これはもう決定事項。
ヨルムンガンドは選りに選って、裏社会で最恐と名高い俺たち三人が、真綿に包むようにして大切にしている紗綾に手を出したのだから。
死して償え。
生まれてしまったことを後悔するほどの苦痛を与えてやる。
「あ、もしもし、梓?紗綾が攫われたから潰してくる。どうせお前ら二人は仕事中だろ?終わらしてから来いよ。取り敢えず半分くらいはお前らにくれてやるからさ。場所はメールするわ」
梓に連絡を付けておけば、どうせ弓弦にも連絡されるに決まっている。
二人にかけるのは面倒だから梓の留守電に一方的に連絡を付けると、電話を切ってポケットにしまった。
ヨルムンガンドに指定されたのは、港にほど近い位置にある倉庫街の203倉庫。
俺が調べた紗綾の位置情報もそこで合っていた。
ということは、指定した場所に関しては間違いないということ。
まあ、俺に多大な恨みがあるのだろうから、違った場所を指定しては俺を殺して復讐するということが出来ないと考えれば当然のこと。
港にほど近い倉庫街はある年を境に使われなくなっており、その時から同業者が色々と有効活用している場所だ。
海が近いから遺体処理には持って来いの場所だし、倉庫の中ではヤクザなどがリンチも行え、此方に不利なものも海へと捨ててしまえるから。
海に捨てればまず見つからない。
そういう意味合いで使われやすい倉庫街は物騒で常人が入って来ることは基本無いから、思いっきり暴れても問題ない。
203倉庫を指定してきたのは、俺が半壊する前のヨルムンガンドのアジトだったからだろう。
あの時の生き残りがどんな手段を使っても俺を殺そうとトラップを仕掛けたり、増員の手筈を整えてたりする可能性は非常に高い。
それほどに俺は恨みを買っている。
「まあ、もし仮に紗綾を傷付けたなら、地獄を見せてあげるよ。傷付けていなくても、地獄を見ることには変わりない、か」
虚空に向けて小さく呟く。
壁に掛けられた黒いコートを羽織ると、普段は使わない車のキーをポケットに滑り込ませる。
部屋には抵抗したような跡が見られないから、紗綾は睡眠薬を使われて攫われたのだろう。
上手く行けば、俺たちの恐ろしい姿なんて見せずに紗綾を取り戻せるかもしれないからその方が有難い。
何時も使っているあのバイクでは紗綾を安全に部屋へ戻すことが出来ないから車で行くしかない。
後、死なない程度に痛め付けるのだから銃も持っていこう。
俺がナイフを持つと奴等を切り刻んでしまうから、どうして残してくれなかったんだと二人に怒られる。
銃で手足を撃ち抜いてしまえば動けないから逃げようもない。
その後にやって来た二人とじっくり拷問をすればいい。
紗綾が起きていた場合は、拷問を二人に任せて俺は紗綾を連れて部屋に戻ろう。
一応一般常識が残っている紗綾は怯えているかもしれないから、早々に奴等は叩き潰す。
頭の中で二、三個のパターンを考えながら、部屋を出てマンションのエレベーターで地下へ降りる。
これを機に紗綾が完全な引き篭もりになって、保護している俺に依存してくれたらいいなという歪んだことも思いながら。
「さてと、姫君を取り戻しに行きますか」
最初に怒り狂っていた頭はもうだいぶ冷えた。
冷静な思考を取り戻してしまった俺ほど怖いということは、梓と弓弦の二人しか知らないこと。
だから、俺は奴等を完膚無きまでに叩きのめせる。
「俺のことを余り見くびらない方がいいよ、ヨルムンガンド。お前らが例え何十人集まろうと、俺に敵う筈が無いんだから」
ヨルムンガンドの奴等には死を望むほどの制裁を。
俺の愛しい籠の鳥に手を出したのだから、死をもって償わせる。
顔に浮かんでいるであろう狂気の笑みを自覚しながら、俺は車へ乗り込んだ。