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殺人鬼に囚われた少女(すまん、助けてやれん)

弓弦side

「ねえねえ、そろそろあの二人を止めない?煩い…ゴホンっ、梓ちゃんが可哀想なんだけど」

「煩いが本音なんだね、紗綾は」

「……だって、姦しいし」

「更に表現が酷くなってないか?」

困ったような苦笑を深めた三国からそっと視線を逸らした紗綾は、ただの少女にしか見えない。

確かに容姿は美しいし、僅かでも触れれば散ってしまいそうな儚い花のような雰囲気があるが、それでもやはりただの少女であった。

三国という狂った殺人鬼に囚われてしまわなければ。

まあ、自殺志願者である時点で普通ではないだろうが。

彼女もまた、歪に壊れてしまっているのだろう。

俺たちと同じように。

殺人鬼や暗殺者、情報屋といった裏に属する者と普通に接することができるということはそういうことである。

「弓弦さん、梓ちゃんを叱るのはそこまでにしていただけませんか?ご飯が冷めちゃうし、洗い物もできないので」

「そうか。それは済まなかった。君にまで迷惑をかけるつもりなんてなかったんだが…」

それは本当に済まないことをしたと思う。

普段は三国しかいないし、洗い物は基本的に梓か俺がやっていたから、今までは特に誰にも迷惑をかけなかった。

散々迷惑をかけられている三国は除く。

しかし、紗綾は三国と何の契約をしたらしく、家事全般を紗綾が請け負うようになったのだから、そこらへんは配慮すべきだった。

「きちんとお説教することは大切ですから気にしないで下さい。ただ、ちょっとだけ短くして、音量を下げてくれるとありがたいですね、此方としては」

「これからは気を付けよう」

「あの、私のことを忘れていませんか、紗綾ちゃん?」

此方を伺うようにおずおずと手を上げた梓の足はぷるぷると震えていて、多分もう限界なんだろうと分かった。

立った時に大変そうだ。

手を貸すつもりはないが。

「忘れていませんよ。折角止めてあげたんですから、さっさと食べて下さいね」

「はーい。……何か、紗綾ちゃんの尻に敷かれている気がする」

「気の所為ですよ、きっと」

「……はい」

にこにこと大変良い笑みを浮かべた紗綾に、梓は何も言えずに降参したとでも言うような笑顔を見せる。

俺と三国以外にはドエスな梓には珍しい光景に俺は目を見張った。

梓は親しくない人間や嫌いな人間、身内と認めていない人間にはそれはそれは腹黒鬼畜として振る舞う。

それをしないということは、紗綾を身内として認めたということ。

目を見張る俺とは違い、三国はこのことを知っていたのか分かっていたのか、相変わらず読めない笑顔を浮かべていた。

「驚いているでしょう、弓弦?」

「…嗚呼。この中でも梓は特に警戒心が強い。それなのに紗綾を認めたということは、あいつは俺たちにとって安全なんだろうな」

「俺ってばいい子を見つけちゃったなあ」

「…傍観者の立場の俺としては紗綾が哀れでならない」

何か騒いでいる梓に抱き着かれて諦めた顔をしている紗綾を見ながら同情の視線を遣る。

監禁されているのに気が付いているのだろうが、それをスルーできてしまうだけのスキルが余計だった。

いや、精神の安定という意味では必要なのか。

そんな俺の心情を読み取ったのか否か、三国は餓鬼のように首を傾げている。

「なんで?俺に狂おしいほどに慈しまれて愛されるんだから、幸せじゃない?」

「お前が一般人なら俺も何も言わないよ。けど、お前みたいな変人かつ変態かつ狂人かつ殺人鬼に愛されて囚われるなんて、流石に哀れというか可哀想だろう」

深々を溜息を吐き出して一息に告げると、すっと三国の眼光が研ぎ澄まされたナイフのように鋭くなる。

三国はぱっと見はただの爽やかな優男にしか見えないが、歴戦の暗殺者で希代の殺人鬼という二つの面を持つ危険人物。

警察からはトップシークレット扱いされ、裏の重鎮からも警戒されるほどの異常者。

三国が出す殺気は俺が出すものなんかとは比べ物にならないほど恐ろしく悍ましい。

「……俺から彼女を引き離したら、幾ら弓弦でも容赦しないからね」

「そこは分かっている。手を出そうとか引き離そうとか思わないから、その殺気を何とかしろ」

「ふふふふ。そうだよね。弓弦は梓一筋だもんね」

「…うるせぇ」

ばれているとは思っていたが、はっきりと言われるのはこそばゆい。

変わらず紗綾に抱き付いてはしゃぐ年相応な梓を眩しそうに見詰めていると、三国がとんでもない爆弾を投下してきた。

「あと、多分だけど紗綾も気付いていると思うよ」

「何だって⁉︎」

「弓弦と梓の遣り取りを見守る目が生暖かくて、何か噂好きの近所のおばちゃんみたいだったよ。本当に弓弦は隠すのが下手だよね」

「…マジか」

そう呟いて、俺は埃一つないフローリングに崩れ落ちた。

紗綾の掃除の賜物だろう。

いや、今はそれよりも大事なことがある。

紗綾は結構色々と鋭そうに見えるが、そんなことにまで気が付かなくていいだろう。

もしかして、容姿が綺麗だから今まで恋愛沙汰に巻き込まれて止むを得ず鋭くなってしまったのだろうか。

それなら俺はあいつに同情こそすれ、恨むことはできない。

例え生暖かい目で見られようとも。

「あの、何で弓弦さんは床に手をついて絶望に打ち拉がれるポーズをとっているの?」

「ポーズじゃなくて、本当に絶望に打ち拉がれているからね、紗綾」

「……三国、何か言ったの?」

「正しく言うならば、俺の所為じゃなくて紗綾の所為だね」

「え?何で私?何も言っていないよね?」

そうだ。

確かに紗綾は何も言っていない。

気が付いてしまっただけで。

俺の心をぼっきりと折ったのは、他の誰でもない三国だ。

今けたけたと笑っている三国だ。

「うん。紗綾は何も言ってないよ」

「なら何で…」

「男心は面倒臭いからさ、気にしちゃダメだよ」

「そういう三国も男でしょう」

「ん?俺はいいんだよ。ちゃんと隠せているから」

お前の恋心というか狂愛は俺や梓にはバレバレだと言ってやりたいが、それはきっと計算してやっていることだろう。

俺と梓に、紗綾を自分の腕の中に囲い込む為の手助けをさせる為に。

紗綾が三国の狂愛に気が付いて逃げ出そうとする前に。

「まあ、放っておいてあげなよ」

「紗綾ちゃん、早くドーナツを作りましょう!」

「ほら、早く行ってあげな」

「う、うん。あの、弓弦さん、色々と頑張ってください。梓ちゃんのこととかも」

その言葉を聞いて今度こそ俺は顔面から床に突っ伏した。

最後の最後でとどめを刺された気分がする。

それを見て更に笑い声を大きくする三国と慌てる紗綾、そんなこともお構いなしに紗綾を呼び続ける梓。

とんでもないカオスだ。

最終的には何故か梓と三国が喧嘩していて、どっちが紗綾のドーナツを多く食べられるかという論争というか闘争になっていた。

全く意味が分からない。

「……保護者は辛いですね」

「……嗚呼。保護者は辛い」

俺と紗綾は、この二人の保護者役から降りることは一生出来ないのだろう。

今それを実感した。

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