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哀れな同志ができた(これで私の負担が軽減されるといいけど)

この頃一児の母どころではなく、二児の母になったような気がする。

私より年上の子供を二人も持った覚えなんてないのに。

「なあなあ、紗綾。今日の昼ご飯は何?俺は味噌ラーメンがいいんだけど」

「私はチャーハンがいいなあ」

「……はあ、後でどっちも作ってあげるから、ちょっと待って」

「わーい!」

「楽しみー」

今日の昼ご飯のリクエストは中華らしく、私が来た初日よりは大分中身が詰まってきた冷蔵庫を見て必要な材料があることを確認する。

どうせ費用は全部三国持ちだし、それどころか私を養ってもらっているのだから(手刀を落として気絶させて無理矢理攫って来たとは言え)、出来るだけご飯のリクエストには応えようと思っていた。

そこに梓ちゃんが加わるということが予想外であっただけで。

梓ちゃんは三国の保護者をやっていたが、私という人間がやって来たことによってその役割から解放されることをいたく喜んでいた。

そんな梓ちゃんは情報屋や詐欺師、時々三国と同じ暗殺者紛いのことをやっては大量のお金を稼いでいるらしい。

収入は三国には劣るが、高給取りのサラリーマンの二、三倍はあると言っていた。

要は梓ちゃんも金持ちで、三国同様に金銭感覚がかなり狂っている。

それをこの間貰ったブランド物のワンピースで思い知った。

二万円くらいする高級なワンピースをぽんっと渡してきて、これは普段着として使っちゃっていいよ、と満面の笑みで言われた時は卒倒するかと思った。

こういうものはちょっとお高そうなレストランで着るものなのでは無いかと聞いたら、それならもっと良い物を着ないと駄目よ、と怒られた。

理不尽だ。

今までは五百円くらいのダラダラとしたジャージを普段着として着ていた私にとってはついていけないお金持ちの世界だ。

その梓ちゃん曰く、

「自分一人分だけ作るのって虚しいし面倒臭いし、紗綾ちゃんの料理の方が美味しいもの」

恐らくだが前者が本音で後者が建前だろうと勝手に思い込んでいる。

私はこれでもネガティブな方なのだ。

それでも褒めてもらえたのは嬉しいから、梓ちゃんの分もしっかり作ろうと思う。

私の分は二人の余りでいいだろう。

そう思って麺を茹でたりご飯と溶き卵を炒めたりしていると、何の前触れもなく玄関のチャイムが鳴った。

今日の訪問者は三国も覚えが無いらしく(梓ちゃんの訪問を忘れていたことはカウントしない)、梓ちゃんと顔を見合わせて億劫そうな顔をした。

「俺たち狙いの刺客?そろそろ諦めてくれないかなあ」

「無理でしょう。あんたは殺し過ぎだから。もしもあんたが死んだとしても、可愛い紗綾ちゃんは私が養ってあげるから安心していいわよ」

「それは何があろうと駄目。俺が死ぬような場合に陥ったら、紗綾も道連れに果てるから」

「私は道連れにされるのね」

物騒な会話をしていた二人の前にそれぞれの昼食を置くと、好物を目の前にした幼稚園児のように顔を輝かせて、殺人鬼と情報屋とは思えないような笑顔を浮かべる。

「いただきまーす」

「美味しそうね。いただきます」

「まだ熱いから、火傷しないようにしてよ、二人とも」

と言ったが、遅かった。

「あつっ、いたっ、」

味噌ラーメンを一口食べた三国が瞳に涙を滲ませて慌てている。

言わんこっちゃないと溜息を零した後、あらかじめコップに入れておいた氷水を三国に手渡しする。

それを一気に飲み干した三国は、理不尽にも私に対して恨めしげな目を向けてきた。

「私が注意する前に食べ出したのは何処の誰?」

「……俺です」

「はい、自業自得。食べ終わったら舌にアロエを塗ってあげるから、先に食べちゃいなさい」

「はーい」

「紗綾ちゃん、三国のお母さん役が板に付いてきたわね」

「あんまり嬉しくないですよ、それ」

にやにやと笑う梓ちゃんはそれでもたいへん可愛らしいが、洗い物をしながらこれ以上母親らしくなるのはどうだろうかと自問自答している。

私、まだ高校生なのに。

いや、自殺しようとして殺人鬼に攫われている時点で普通の高校生であることを望めないか。

つらつらと下らないことを考える。

_ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポンピンポンピンポンピンポン

「そろそろ鬱陶しいわ!」

「あ、布巾投げた」

「確かにこれってイライラが溜まるわよねー」

今だに連打され続けているチャイムが壊れないかと心配しながら、なんでこうも連打ばかりするんだと文句を言いたくなった。

最初の時の梓ちゃん然り。

「三国、ちょっと見て来なさい!これ以上喧しいのは嫌!」

「はいはーい。了解です」

流石の三国も今も鳴り響いているチャイムには苛々していたのか、眉間に軽く皺を寄せ玄関の方へ行った。

「チャイム外せたらいいのに…」

「そしたら私が入って来れなくなるからダーメ」

「三国から合鍵を貰っては駄目なんですか?」

「紗綾といちゃいちゃするのを邪魔されたくなーい、とか巫山戯たこといって寄越さないのよ」

「何を言っているんだ、あれは?」

思わず頭を抱えて蹲った私に梓ちゃんが憐れみの視線を注いでいるのがはっきりと分かるので顔を上げたくない。

「まあ、昔から自分の領域に自分が知らない間に入り込まれるのが嫌らしくて、絶対に合鍵は渡さなかったけど」

「え?それって私アウトじゃない」

「紗綾ちゃんは特別なの」

何が特別なんだと聞きたいが、聞いてしまったら後戻りできなくなりそうな予想ととんでもない爆弾を抱えることになりそうな予感がするので聞くのは止めにした。

「あれ?弓弦じゃん。一体どうかしたの?」

「…俺は梓に呼ばれたんだか」

「梓に?」

三国ともう一人、男の声がする。

結構低くて落ち着いた雰囲気のその声を聞いた途端、梓ちゃんは大きな目をまん丸にして硬直した。

まるで彫像のようだ。

「ヤバイ、忘れてた…」

「何を?」

「あいつ、今日は仕事が無いって言っていたから、どうせなら紗綾ちゃんに会わせようと思って三国の家に来るように言っていたのに、」

「それを三国に伝え忘れて、梓ちゃんも忘れちゃったんだ」

梓ちゃんも三国と同じで、人との予定を忘れやすいようだ。

すっぽかされた方は怒っているんだろうなあ、と考えていると、梓ちゃんはぶるぶると体を震わせて玄関の方を怯えた様に見詰める。

「怒られる!絶対に怒られる!」

「嗚呼、そうだ。俺は今、非常に怒っているぞ、梓」

「弓弦!」

言葉と共に現れたのは、寝癖を直していないのか、ツンツンと跳ねた焦げ茶色の短髪に三白眼気味の黒眼を持つ、三国とは違った系統の、精悍な美男子だった。

少し草臥れた白いワイシャツにジーパンとラフな格好をしている。

「えっと、あの、その、」

「……」

顔から冷や汗をダラダラと流して青白い顔をする梓ちゃんは病人にしか見えないが、弓弦と呼ばれた男はそれを淡々と睥睨している。

戻って来た三国はテーブルについて味噌ラーメンを食べ始めていた。

「俺はお前に何度も言ったよな?お前が誘って来たのなら、予定を忘れるなと。俺から誘ったのなら忘れられても仕方ないと諦めよう。なのに、お前から誘ったのにも関わらず忘れるのはどうかと_」

その弓弦さんとやらは梓ちゃんをフローリングに正座させると、仁王立ちでお説教を開始する。

そっと距離を取った私は、その光景を無視して味噌ラーメンを食べ続けている三国の方へ避難しておいた。

「ねえねえ、あれって放置しておいて平気?」

「平気平気。大丈夫だよ。何時もあんな感じだから」

「何時も?」

「そうだよ。何かしらの用事で梓が弓弦を誘うんだけど、嫌がらせかって言うほどにその予定を毎回忘れるんだ、梓は。俺以上に忘れっぽいんだよね。まあ、俺との約束も忘れるけど」

くどくどと説教を受ける梓ちゃんを見て三国は、仕事に関しては何があろうとも忘れないのになあ、と心底面白そうにけたけたと笑っている。

本当にこいつは性格が悪いな。

「弓弦って、あの人の名前?」

「嗚呼、紗綾には紹介してなかったね。あれが梓と一緒に俺の世話を焼いてくれた奴で仕事仲間でもある辻弓弦だよ。苦労性の胃痛持ち」

「それは全部二人の所為でしょ」

ぱっと見だが、あの人は私と同類に思える。

子供のような二人の面倒を見て、時には叱責して(梓ちゃんはかなりの頻度で怒られていそう)、保護者をやっていたんだろう。

思わず同情する。

憐れみに近い眼差しで辻さんを見ていると、それに気が付いたらしい辻さんが此方へやって来た。

梓ちゃんを正座させたままで。

「こんにちは。君が三国に拾われちゃった自殺志願者の美少女の花苑紗綾ちゃんで合ってるかな?」

「はい、そうです。というか美少女の下りは一体誰が…」

「梓だよ。気が強くて、どっか壊れていて、負けん気が強いのに儚い女の子、という三国のどストライクの子だとはそれはもう大はしゃぎながら連絡してきた」

「色々と否定したいところもあるのですが、やっぱり梓ちゃん情報なんですね」

正座をずっとしているので足が痺れたらしい梓ちゃんは、辻さんに気付かれないように足を崩している。

その顔はやはりまだ青白い。

「こんな不出来な奴でごめんね」

「それ、梓も言っていたよ!仕事仲間に対してひどいなあ」

「俺はお前らの保護者だったからな。言いたいことくらい言わせてもらうし、これからお前の保護者になる子に正しいことを言うのは当然だろう」

「あ、やっぱり保護者をやっていたんですね」

「簡単にバレるよな」

遠い目をして苦笑を浮かべる姿は哀愁を帯びている。

きっとこの問題児二人の所為で、色々と神経を擦り減らして来たんだろうな。

胃痛持ちらしいし。

「まあ、梓は忘れっぽいのさえ何とかすればマトモだから俺と一緒に三国の世話を焼けたが、やっぱり問題児ではあるな」

「ですね」

諦めた顔で相槌を打った私に辻さんは梓ちゃんと全く同じ、哀れみの込もった眼差しを向けてくる。

私も同じ眼差しを辻さんに向けた。

「これから宜しくな、紗綾」

「はい。こちらこそ宜しくお願いします、辻さん」

差し出された手をぎゅっと握る。

同情を多分に含んだ声は、何かあったら相談しろと言っているようにも思えた。

問題児二人を相手にする中で、たった一人でも同志が出来たことはかなり嬉しい。

私も胃痛持ちになりそうな気はするが。

「あ、俺のことは弓弦で構わない。三国も梓も名前なのに、俺だけ名字なのは違和感があるからな」

「分かりました。宜しくです、弓弦さん」

満足そうに頷く弓弦さんは途轍もなくいい人で苦労性で、この三人の中の良心なんだろうなと感じだ。

「梓!正座を崩していいとは言っていないぞ!」

「そろそろお説教は止めて!」

多分、いい人なんだと思う。

その長いお説教さえなければ。

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