類は友を呼ぶ(私は含まれない)
「ちょっと三国!靴下は籠に入れてと言ったでしょう!それと、ご飯をポロポロこぼさないの!」
「もー。紗綾は俺の母親みたいだなあ」
「あんたの生活能力が皆無だからこうなるんでしょう!」
自殺しようとしたあの日から既に四日が経っていた。
人の適応能力は思いの外高いもので、三国(苗字じゃ嫌だから名前で呼んでくれと言われたので)の世話を焼きながら一度も部屋を出ることなく日々を過ごしている。
今も仕事から帰ってきて服を着替えた三国が脱ぎ捨てた靴下を洗濯籠に入れたり、作ってあげたオムライスのご飯をこぼす三国を叱咤して洗濯物を干している。
「本当にいい加減にしなさいよ!私が死んだらどうするのよ!」
「当分は殺さないから平気だし、今までみたいにハウスキーパーを雇えばいいかなって思っているよ」
朗らかに言い放たれたその言葉に眉根を寄せる。
私が初めて三国の部屋を見た時は汚過ぎて人の住める所では無かった。
三国の言葉から考えるに彼はハウスキーパーを雇っていたのだから、あそこまで汚くなるのは異様だ。
雇ったハウスキーパーが余程無能なのか、はたまた仕事をサボっていたとしか考えられない。
「それなら、私が来た当初はなんであんなに汚かったのよ」
「えっと、二ヶ月くらい帰っていなかった所為と、雇ったハウスキーパーが俺に仕向けられた刺客だったんだよね。だから一ヶ月くらいハウスキーパーを雇わなかったんだ」
「……狙われるのね」
「まあ、そりゃあ。俺は有名だし、恨みを買いまくっているからさ」
ハウスキーパーが刺客ってどういうことだよ、と聞きてしまいたいが、精神の安定と自己保身の為に聞くのは止めておいた。
これを聞いたら、三国の側に居る限りは三国以外の全ての人間を警戒し続けなければならない状態に陥りそうな気がする。
それは絶対に嫌だ。
確実に私の精神が擦り減る。
ごりごりと削り取られていく。
「もうどうでもいいわ。これ以上この話をしていたら疲れる」
「それもそうだね。あ、スープお代わり」
「それくらい自分でやりなさいよ」
「ケチ〜」
拗ねたように口を尖らせるのを大の大人がやっても可愛くない。
ああいうのは幼い子供がやるからこそ可愛いのに、いい年したおっさんがやるなと声を大にして言いたい。
年齢は知らないが、見た目は二十代後半くらいだろう。
少なくとも私とは十歳近く離れている筈。
ブツブツと文句を呟きながらも、三国はキッチンへ行って大鍋からスープをよそった。
今日の昼食は卵ふわふわオムライスに野菜たっぷりのコンソメスープ、付け合わせのポテトサラダとヨーグルトという豪華な品揃え。
三国は殺人鬼ではあるが暗殺者としても働いていて、しかも有名だから報酬はたんまりと貰っているのでお金には困っていないどころか、下手したら高給取りのサラリーマンの四、五倍は優にある。
まあ、だからこそ都心の高級街にあるマンションというバカ高い場所に部屋を持てているんだろうが。
「それにしても、デリバリーとか惣菜ばかりだったこの俺が手料理を食べれるなんて…」
「嫌だったら食べなくてもいいのよ?」
「いえ、喜んでいただきます」
今はにこにこと嬉しそうに笑う三国から四日前に聞かされた言葉に、私は撃沈したのを思い出す。
何とこの男、こんなに立派なキッチンがあるのに全く使わず、デリバリーや惣菜で食事を済ませていたと言ったのだ。
偶に食べるなら兎も角、毎日だと体に悪いし金はかかるしということで私がご飯を作ることを買って出た。
但し、
「外には出ないで食材はネットショッピングでどうにかしてね。外に出たら俺の女と認識されていて殺されかねないからさ」
という衝撃の一言に、私はおずおずとネットショッピングをするようになった。
私がなんで三国の女と認識されているのか、何故殺されかねないのかと疑問だったが、今日のハウスキーパーのくだりである程度の理由は推察できた。
「あ、夕飯は和食が食べたい!」
「何がいいの?」
「えっと、何かの煮付けとお味噌汁と煮物と…」
「ひとまず、和食の定番を作っておけばいいのね?」
「そういうこと!俺はこれからまたお仕事してくるから、いい子で待っているんだよ、紗綾。誰が来ても絶対に扉を開けちゃダメだからね」
「私は小さい子供か!それくらい分かっているわよ。貴方を恨む人に捕まったら拷問とか受けそうで嫌だもん。死ぬのは構わないけど、痛いのは勘弁してもらいたいから」
「それでよし!じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
まるで一児の母になったようだと思うが、三国が私のことを心配しているのを見ると、三国が一児の父になったような気がしなくもない。
私は小さい子供ではないが。
「全く。お皿くらいは流しに持って行きなさいよね」
小さくぼやいた後、テーブルの上に置きっぱなしにされた皿やらスプーンやらを回収して流しに運ぶ。
ざっとテーブルを拭き終えて、スポンジに洗剤を付けて泡立てながら洗っていると、
_ピンポーン
来客を知らせるチャイムが鳴った。
先ほどの三国との遣り取りで外に出ないことを決めた私は、それを無視する。
引き篭もりと言いたければ言えばいい。
監禁されてるに近い私に言える人間なんて居ないだろうけれど。
そんなことを考えてチャイムを無視する。
_ピンポーン、ピンポーン、ピンポンピンポンピンポンピンピンピン
「うるっさいわよこの馬鹿!チャイムが壊れるでしょう!」
手に持っていたスポンジをシンクに叩き付ける。
迷惑の領域を超えてしまって、嫌がらせに片足を突っ込んでいる行為に怒りを滾らせながら覗き穴を伺う。
そこに居たのは、めっちゃ綺麗としか形容しようがない女性。
緩やかに巻かれた蜂蜜色の艶やかな髪にきめ細かい白い肌。
垂れ気味の大きな亜麻色の瞳を縁取るのは長い睫毛。
可愛らしい薄紅色のワンピースを纏った美女は、随分と困ったような顔で扉を見ている。
「もしかして、…三国の彼女!私、間男ならぬ間女なの!」
こんな可愛らしい美女が、あんなどっか可笑しい変人を尋ねることなんて普通は無いだろう。
ならば消去法で彼女は三国の母親か姉妹、彼女の三択ということになってくる。
ぱっと見、三国を産んだような年齢には見えないし、顔立ちも綺麗だが似てはいないので母親と姉妹という選択肢は消え去る。
残る彼女という可能性に私はどうするべきかオタオタと慌てる。
もしも彼女が合鍵などを持っていたら、速攻で修羅場になりかねない。
自分の恋人の家に上がり込んでエプロンを付けている女なんて、絶対に女友達とは思えない。
何であいつは彼女が居ることを教えないんだと頭を抱えていると、唐突に固定電話が鳴り響いた。
覗き穴を再び見てみると、美女が携帯電話を耳に当てているのが見えてしまった。
もしかしたら固定電話にかけているのかもしれないし、三国の携帯電話にかけているのかもしれない。
いや、三国って携帯電話持っていたっけという根本から知らない私は、どうすることもできなくて扉の前に立ち尽くす。
「あれ、梓?」
「何処に行っていたのよ、三国!」
扉の外から聞こえてきたのは、私を混乱状態に叩き落とし、この状況を招いた張本人の声。
美女は怒りの形相で目を見開く三国に詰め寄っている。
「今日は私が尋ねるから、家に居なさいって言ったわよね!」
「悪い悪い」
「あのままじゃ、この部屋がゴミ屋敷になるから助けろって言ったのはあんたでしょ!」
「嗚呼、それならもう解決済みだよ」
「解決?あんたが掃除なんて出来るわけ無いのに…」
「まあ、見ればわかるよ」
見た目は可愛らしいのに意外と口が悪かった美女に更に戸惑う私は、扉が開けられていくのを呆然と見る。
「あ、扉の前に突っ立ってどうしたんだ、紗綾?」
「さや?え、この美少女は…」
「この、」
私を見て顔を綻ばせた三国と目を見張る美女。
そんな二人に口から思わず漏れたのは思った以上に低い呟き。
「この馬鹿男!彼女が居るなら教えなさい!修羅場になるでしょう!」
「…はあ?」
この日、見た目はイケメンの三国と可愛らしい美女こと神澤梓に何言ってんだ、こいつという視線を貰って心が折れそうになった。
美形に白い目で見られるのはきついのだ。
「えっと、つまり梓さんは三国の彼女さんではなくて、仕事仲間兼世話役をやっていたってことなんですか?」
「そうなの。私ともう一人男が居るんだけど、二人でこいつの仕事仲間をやって生活の面倒を見ていたってわけよ。それから、私のことは梓ちゃんって呼んでね、紗綾ちゃん」
「あ、梓ちゃん?」
「もう、可愛いわ!」
大まかな事情は何とか把握できた。
梓ちゃんは三国の昔馴染みに近いような存在で恋愛感情は一切なく、出来の悪い息子を見守るような気持ちで三国の世話をしていたようだ。
こんな不出来な奴でごめんね、と言われた時の瞳にははっきりと憐憫の情が篭っていたのを覚えている。
もう一人居るという昔馴染みは後で紹介すると言われた。
「まあ、こいつともう一人は信用して平気だよ。俺を恨んでもなければ殺そうともしていないから、紗綾が狙われることはない」
「それを聞けて安心したわ」
「ごめんなさいね、紗綾ちゃん」
「いえ、梓ちゃんが悪いわけではないですよ。悪いのは全部、何も話さなかったこの阿呆です」
躊躇いなく言い切ると、梓ちゃんはコロコロと鈴が鳴るような優しい声で笑った。
ひとしきり笑い終えると、梓ちゃんは真剣な瞳で私を見据える。
「貴女の事情はこの男から聞いたからある程度は分かったわ。もしもこの男の元に居るのが嫌になったり、大変なことがあったりしたら、私のことを頼ってね」
「ありがとうございます!」
ほぼ監禁状態の生活の中で出来た友人(?)に満面の笑みを浮かべてお礼を言う。
その間中、梓ちゃんがグリグリと三国の足の甲を踏み付けていたのは見なかったことにして。
梓ちゃんはきっと三国と同類だ。