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え、なんで攫われているの?(三国の所為だ、絶対)4

三国side

手刀を落とされた所為で俺の腕の中でぐったりと気を失った紗綾を、粗末な部屋にあった黒いソファーに起こさないように優しく寝かせる。

敵の前だからか気丈に振舞っていたが、顔色は余り良くなかったし、冴えない表情からは疲れも窺えた。

直ぐに深い眠りに落ちた紗綾のさらりとした黒髪を一撫でした後、俺を睨み付けてくる、紗綾に千晴と呼ばれたヨルムンガンドの幹部に笑みを浮かべる。

それは紗綾に向けていた慈しみや愛情の籠ったものとは別物の、梓や弓弦に悪魔と評される悍ましい笑み。

厳重に鳥籠に囲っていた大切な少女を攫った輩に対して、手加減してやるほど俺は優しくない。

尋常ではない殺気を見に受け、顔を真っ青にしても尚睨み付けてくる男は気骨があって、こんなところで死なすのは惜しいと思った。

まあ、紗綾に一番最初に手を出した輩には見せしめになってもらうと決めていたから、こいつも含めてヨルムンガンド全員を殺すことは既に決定事項だが。

それに、紗綾が無事だったことで今はまだ冷静を保っているが、腸が煮えくり返る思いはまだ健在だ。

今すぐにでも此処を破壊してやろうかと頭の片隅で考えている。

「最初は俺自身の手でヨルムンガンドを滅ぼそうかな、と思ったんだけど、紗綾が疲れているみたいだから堕天使とデュラハンに任せちゃおうと思うんだ。どうかな?」

「お前たちたった三人で僕たち二百人を超えるヨルムンガンドを滅ぼせると思うなよ」

「何言ってんのさ。俺はたった一人で当時三百人いたヨルムンガンドを半壊したんだよ?お遊び気分で。今回は本気だし、堕天使にデュラハンもいるんだから、君たちが滅ぼされるのは当然の摂理。足掻くだけ無駄に終わるんだよ」

そのままの真実を伝えると、男は何百匹もの苦虫を噛み潰したような酷い顔をして押し黙る。

こいつは分かっているんだろう。

例え何人、何十人、何百人とヨルムンガンドに集まろうが、本気の俺たち三人に、裏社会の重鎮である俺たちに敵う筈が無いということを。

それでも自分より上の人間に逆らうことができずに、共に破滅する道を選ぶことになったのは意気地のないこいつの自業自得。

紗綾は優しいから少しでも話をしたこいつが殺されるのを悲しむかもしれないが、俺を含めた梓と弓弦も助けてやるつもりは毛頭ない。

俺たちの大切な姫君を攫ったのだ。



許さない。



赦さない。



痛め付けて、殺してやる。



「おっと、そんな銃で俺を殺せるなんて思わない方がいいよ」

俺が物思いに沈んでいる間に、男は俺に銃口を向けていた。

だが、銃弾なんて軌道を逸らしてしまえば簡単に避けられるから、俺のような歴戦の暗殺者には意味をなさないことをこいつは知らないのだろうか。

いや、絶対に知っている筈だ。

だから、こいつの目には警戒心や敵愾心などではない、何かの覚悟を決めたような色が宿っている。

「……知っている。だけど、」

そこで言葉を区切った男はまるで海で溺れている子供のようなひどく苦しそうな顔をして、俺から眠る紗綾に銃口を向け直した。

ある意味こいつは賢いのだろう。

だが、紗綾を死なせたくないという想いを表情に出すのは裏社会の人間としては駄目だ。

付け込まれるから。

仕方がなく、一つ溜息を零した俺は男の狙い通りに眠る紗綾を庇う位置にずれた。

普通に撃っても、化け物という風に罵られる俺に当たらないと分かっているから、紗綾に銃口を向けて俺が庇うのを待っている。

紗綾は俺たち裏社会の人間とは違って弱々しいから一発の銃弾でも死にかねないし、俺が紗綾を傷付けたくないのを知っているから、こいつは紗綾を人質にとったようなもの。

でも甘い。

あんまりにも甘過ぎて反吐が出る。

「だけどさ、」

「うぐっ、」

「やるなら直ぐに撃たないと駄目だよ。お前如き二流以下が時間を置いたら、この俺がやられる可能性はどんどんなくなるんだから」

対角線上に位置していた男の元へ一瞬で距離を詰めた俺は、黒い革手袋に包まれた拳を男の腹に叩き込んだ後に頸動脈に使い慣れたナイフを滑らした。

赤い血が首から噴水のように噴き出して部屋を紅く染め、男はもんどりを打って床に倒れ込んだ。

倒れてからピクリとも動かず、首からどくどくと流れ出した血が床に大きな赤い水溜りを作っていった。

死んだのだろう。

人の命とはこうも呆気ないものだ。

「あれ、殺しちゃったの?」

詰まらない気持ちで転がる死体を見ていると、開けっ放しにしておいた扉からひょっこりと顔を覗かせたのは、白い右頬にべったりと返り血を付けた梓だった。

右手にはナイフが握られている。

その後ろからは、弓弦も大振りのナイフを片手に顔を覗かした。

頭から血を被ったように、黒い服を着ていた筈なのに全身が真っ赤に染まっている。

こいつら、相当遊んで来たな。

取った行動がそっくりな二人に苦笑を零した俺は、倒れ伏す男を中心にして広がる赤い水溜りを器用に避けて、この喧しい騒ぎにも起きずに眠っている紗綾が埋もれる黒いソファーの近くへ寄った。

「それがさ、俺が殺せないと分かったら紗綾を人質に取ろうとしたから、思わず殺しちゃった。紗綾を傷付けるのだけは嫌だったからさ」

「仕方が無いな。取り敢えず下にいた奴らは全員痛め付けておいたが、お前も拷問するか?」

「いや。俺は紗綾を早く安全な部屋に連れて帰りたいから、お前らが好きにやっていいよ。但し、完膚無きまでに叩きのめして、というか肉体的にも精神的にも、ついでに社会的にも抹殺してそれを裏社会の情報サイトに流しておいてくれよ」

前に教えておいたから俺の計画を知っている梓と弓弦は、顔を見合わせた後にニヤリとした意地の悪い笑みを浮かべた。

なまじっか顔立ちが整っているだけに恐ろしいというか悍ましいというか、そっと目を逸らしてしまいたくなるような笑顔。

きっと俺もそんな二人と同じ笑みを見せているだろう。

否、多分だが俺の方が酷い笑みを浮かべているかもしれない。

鏡を見なくても分かる。

「分かっているわ。紗綾ちゃんに手を出す馬鹿者が出ないようにする為に、手を出したらこうなりますよって見せしめなんでしょう」

「そうそう」

「ならば手加減は必要ないな」

「容赦も要らないからね。頼んだよ、二人とも」

「分かったわ」

「ちゃんと家へ連れて帰れよ」

「勿論」

眠る紗綾を大切に抱え直した俺は、返り血塗れの二人に和かに微笑んでアジトを後にした。

日は落ちて闇に沈み始める港。

生温い潮風が俺の金髪と紗綾の黒髪を浚っていく。

「…今日の夕飯は梓に作ってもらおうか」

紗綾にはお粥でも作ってもらおう。

たまご粥にしようか、それとも梅紫蘇粥にしてもらおうか。

「まあ、紗綾が起きたら決めてもらえばいいよな」

穏やかな寝息を零しながら瞼を閉じて眠る紗綾はひどく愛くるしい。

不安定にならないように気を付けて片手で紗綾を抱えると、雪のように白い肌に指を滑らせる。

すべすべな肌の血色は良くなくて青褪めて見える。

きっと疲れてしまったんだろうと痛ましい気持ちになって、気付かぬうちに眉根を寄せていた。

「今度、梓と弓弦も一緒に遊園地でも行こうか」

ずっと室内に居た所為でストレスが溜まっていたのは知っているから、俺たちの計画が上手く行って紗綾にちょっかいをかける馬鹿者が消えたのが把握出来たら、紗綾を外に出すことも出来るようになる。

俺たち三人のうち誰かが一緒に居るのが条件にはなるが。

「はあ。お腹が空いたな」

瑠璃色に変わり、紺色に染まり始めた夕方の空に浮かぶ三日月を見て目を細めると、倉庫の近くに停めておいた車に乗り込んだ。

倉庫の方から聞こえてきた悲鳴や怒号、断末魔の声に笑みを浮かべて。

きっとあの二人は、恐ろしい拷問を満面の笑みを浮かべながら嬉々としてやっているのだろう。

その光景がありありと想像できてしまって、思わず笑う。

死なない程度に痛め付けて、気を失ったら痛みで目を覚まさして、それを延々と繰り返す。

下手したら体よりも先に心が壊れるような拷問を、只管に繰り返す。

俺にとっては奴らの体が壊れてしまおうが心が壊れてしまおうがそんなことは心底どうでもいい。

ただ、これで紗綾に手を出す輩がいなくなればいいなと人でなしのようなことを考えた俺はきっと、紛うことなき“化け物”なんだろう。

真っ当な人格を、常識を持ち得ない人ならざる異形。

あいつらも同じ。

それでも全く構わない。

今度はソファーではなくシートに埋もれるようにして眠り続ける大事な大切な姫君に愛情に満ちた微笑みを向けると、ハンドルに手をかけて車を発進させた。

でも、怒りは未だに燻っている。

煮えたぎるようなこの怒りは、ヨルムンガンドが滅びるのを見なければ消えることはないのだろう。

「はあ…」

抑えきれない熱の籠った溜息は冷えた空気に溶けていった。

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