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え、なんで攫われているの?(三国の所為だ、絶対)3

真っ赤な夕焼けによって茜色になった美しい空を、帰る道を無くしてしまった迷子のような、ひどく物悲しくて寂しい気持ちで眺める。

だけど、赤い血に染められたように見えるそれは、今、此処に居ない三国のことを思い出させるには十分だった。

私には何とか隠そうとしているが、それでも隠し切れない血の匂いを纏って、へらへらと変わらない笑顔を貼り付けながら帰ってくるあいつ。

梓ちゃんや弓弦さんと、私のことを囲い込むとか抜かしていたことはもう既に知っているんだ。

そんなに私が大切だと言うのなら、さっさと迎えに来いよと思う。

でなければ、今日の夕ご飯は簡単なものしか作ってやらないんだから。

後、弓弦さんに頼んで叱ってもらうんだ。

「ねえ、何時になったら帰してもらえるの?夕飯の支度をしなきゃならないんだけど」

「いや、あのさ、」

苛々しながらヨルムンガンドの人に出されたロイヤルミルクティーを飲んでいると、残念な豆腐メンタルの美青年こと間宮千晴が此方をちらちらと伺いながら話しかけてくる。

鬱陶しいことこの上ないが、そろそろウザいので話を振ってやることにした。

私って優しい。

「何よ?」

「君は本来なら攫われた人質という立場なんだよ?知ってる?」

「知っているけど。私はそこまで馬鹿じゃないわ」

「それならなんでそんなに態度がデカイんだよ。もう少しくらいさ、怯えてくれてもいいんじゃない?」

「豆腐メンタル兼鬱共に囲まれたってちっとも怖くないわよ。人格とか倫理観とか人として大切なものがイっちゃってる三人と一緒にいたんだもの。この程度怖くないわ。あの三人と会話していると、人間ってゴミ屑か何かだっけ、と勘違いしそうになる時が一番怖いんだから」

あの三人と話しを重ねていくと、自分の常識とかマトモな神経が段々と狂って、というか壊れていくのが分かる。

この前なんて、人間の精神的拷問って何が一番効くかな、と梓に聞かれた時に迷わず、その人にとって一番大切な人が拷問されているのを目の前で見せることが精神的に辛いでしょう、と淡々と答えてしまって、一般人から程遠い思考になったことに思い至って頭を抱えたのは記憶に新しい。

普通ならそんなことは言うものじゃないとか叱ったり、分からないと言ったりするのが常識というか一般人なのではないかと思う。

私は裏社会の人間じゃないのに、三人の常識に飲まれて一般人と呼べる人格をどんどん無くし始めている。

恐ろしや。

「………まあ、あの三人に常識を求めちゃいけないんだろうけどね」

「自分が一般人からどんどん遠ざかって行くのが実感できて虚しいの」

「………御愁傷様」

千晴なんかに本当に憐れみに満ちた瞳を向けられて、直ぐにテーブルの下にあった千晴の足を踏み付けた。

「いたっ!………ブーツのヒールで踏み付けることはないだろ」

「あんたらが履かせたんでしょう。文句なら自分たちにいいなさい」

はっ、と鼻で嘲笑うと、千晴は涙目になって私を睨み付けてくる。

迫力は欠片もない。

私が睨んだ方が怖いのではないだろうか。

そして、何故私がヒール付きのブーツを履いているのかと言うと、私はお昼ご飯の用意をしていた時に千晴たちに攫われたらしく(睡眠薬を使われたのではっきりと覚えてない)、室内でスリッパしか履いていなかったので、ヨルムンガンドのアジトという倉庫着いた時に靴を借りたのだ。

だから途中で目を覚ました当初、私は千晴にお姫様抱っこをされていたという屈辱を味わってしまった。

「ごめんなさい。何か分かんないけど、ごめんなさい。謝るからその冷た過ぎる目で睨むのはやめて下さいお願いします」

「豆腐メンタルもここまでくると天晴れだよね」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「そろそろ鬱陶しいわよ!」

ずしゃっ、と地べたに這いつくばって涙をボロボロ零しながらごめんなさいと言い続ける千晴は、そんじょそこらの幽霊よりも遥かに怖い。

怪談話よりもこれを見ていた方がゾッとするだろう。

私なんて思わずドン引きしてロイヤルミルクティーの入ったティーカップを握ったまま一メートルくらい距離を取った。

「ひ、ひどい、」

「泣きながら這い寄って来ないで!気持ち悪い!」

ズルズルと体を引き摺りながらこっちまでやって来ようとする千晴の姿は、某有名ホラー映画の、井戸からのっそりと這い出てくる長い黒髪に色白の女性を思い出す。

軟禁された部屋の隅まで逃げて怯えていると、にわかに下が騒がしくなったのに気が付いた。

ざわざわどころかぎゃあぎゃあぐらいには騒がしい。

「どうしたんだろう?」

「あんた、一応は幹部じゃないの?下の様子を見に行かなくていいの?」

「いや、僕は君を監視しているように言われたから、ここに_」

そこで言葉は途切れる。

突如聞こえてきた扉の開かれる音に振り向くと、開かれた扉の隙間から黒い棒のようなものが千晴まで伸びていて、彼の顔面を思いっきり、躊躇いなく吹っ飛ばした。

突然のことに全てがスローモーションに見え、千晴の整った顔から鼻血が出ているのが見える。

呆然と目を見開く私は、自分が彼を吹っ飛ばした誰かに抱き寄せられたことを少し経ってから、腹に回され魔固い腕の感触で知った。

「紗綾は返して貰うぞ」

「………三国?」

驚くほど低い、私が今まで一度も聞いたことがない空恐ろしい声が耳元で響き、静かな室内に木霊する。

そこで漸く、千晴を吹っ飛ばした黒い棒が三国の足で、彼は三国に蹴り飛ばされたのだと分かった。

「へえー。思った以上に早く来たね。死神さん」

「ヨルムンガンド如きに後れを取るつまりなど無い。嗚呼、それと、堕天使とデュラハンも此処に来ているからな」

「なにっ!」

鼻血を拭いながら(この時点で余り威厳は感じられないし、元から皆無なのに)余裕綽々といった表情を浮かべていた千晴は、三国に無表情のまま告げられた言葉に目を見張った。

「堕天使?デュラハン?」

「梓は堕天使って呼ばれていて、弓弦はデュラハンって呼ばれているんだよ」

「そ、そう」

私の疑問に答える三国は一気にあの悍ましい空気を霧散させて、何時ものようにへらへらと笑っている。

思わず私はどもってしまったが、驚いたのは千晴も同じらしく、甘々と言っても過言ではない三国の空気に目を見開いていた。

「なんか、お似合いなあだ名だね。三人とも」

「紗綾にそう言われると嬉しいな。あ、そういえば、今日の夕ご飯は何にするの?」

「冷蔵庫見ないと分からないわよ」

「ふーん。じゃあ、こんなところさっさと出ようか」

「え?きゃあ!ちょっと、下ろしなさいよ、三国!」

いきなりの浮遊感に背中と太腿の裏に回された腕に女の子らしい悲鳴を上げる。

それに気を良くしたのかクスクスと笑い出した三国を睨み付けると、彼はヨルムンガンドの豆腐メンタル共とは違って精神力がヤバイので、僅かも怯えた様子なんて見せない。

「おい、僕を無視しないでくれる」

「ゴミ屑を相手にするほど俺は暇じゃないんだ。君たちの相手は堕天使とデュラハンがするから安心していいよ。それじゃあ」

「私の意見はガン無視かよ!」

「ジタバタ暴れないで。落とすよ」

その言葉に固まる。

三国は落とすと言ったら落とす人間だ。

確かに私のことを大切にしてくれているかもしれない(敵のアジトまで助けに来てくれたのだから)が、三国は有言実行の人間だ。

落とされるのは堪らないから暴れるのを止めて、不安定な体勢がちょっと怖いので三国の首に恐る恐る手を回す。

「もっとぎゅっとしてもいいよ?」

「恥ずかしいからやらない!」

「残念だな。まあ、取り敢えず、家に帰ろうか」

「はーい」

「帰す訳が無いだろう。特に死神」

呑気な会話に割り込んできた不機嫌な声。

先程までのごめんなさいを連発していた鬱陶しい豆腐メンタルではなく、世界を飲み込んだとされるヨルムンガンドの名を貰った組織を取りまとめる幹部の顔をする千晴は、正しく三国と同じ裏社会の人間。

小さく体を震わせた私に目敏く気が付いた三国は、唇に冷たい笑みを刻んで千晴を睨み付けた。

「俺はね、お姫様にこれ以上恐ろしい顔を見せたくないんだ」

「だから何だよ」

「ごめんね、紗綾」

「え?」

ちょっとだけ申し訳なさそうな顔をした三国を見たのを最後に、首に軽い衝撃を感じた私の意識は暗転する。

裏社会の悍ましさを見せたくないのだろう三国が私の首に手刀を落としたのだと知ったのは、私が部屋で目が覚めた後だった。

でも、起きたらぶん殴ることだけは忘れずに心に決めていた。



「鳥籠のお姫様は眠りに就いた。


さあ、殺し合いを始めよう。


楽に死ねると思うなよ」



誰よりも狂った笑顔を見せる三国がいたことを知らずに。

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