第8節
B2の正体
ハッキリ言って、彩香には不愉快だった。
「私は、淫乱と言われたのですよ!」
科学部長が活動の成果を公表する、ことここに至って、彩香はまだヘソを曲げていた。
上級生の書記長は、やや呆れたように言った。
「そういうのを、自業自得と言うのです」
そう言われれば、彩香としては、返す言葉がなかったが、だからと言って、気が納まるものでもなかった。
校庭には仮設のテントが作られ、その下に並べられたパイプ椅子に、ふてくされた彩香と、他の生徒会の役員達が座っていた。校庭の中央では、デモンストレーションを行なうために、捺差内がニャンニャンの手を借りて、パソコンを中心とした機材を並べていた。
この、何かと迫害されることの多い科学部長と、可愛い留学生の組合せに、全校生徒の関心は集まっていた。そのことも手伝って、放課後だというのに、この学校の生徒と教師ほぼ全員が残っていた。
彼らは、校庭の周囲や校舎の窓から、興味津々といった態度で、校庭中央の様子を見守っていた。
「おい、捺差内のやつ、いつの間にあれだけのプラズマ発振器を用意したんだ?」
「それに、ありゃなんだ?でっかい発電器か?」
取り巻く生徒達の中には、元科学部の面々も集まっていた。
彼らは、自分達が見放した捺差内が、わずか一週間の間に作り上げた、様々な機器に、驚きの視線を向けていた。もちろん、そのほとんどを用意したのは、留学生の中国娘だったのだが、元の科学部員達はそんなことを、思いもしなかった。
その留学生と科学部長を、なぜか成行きで、二人の不良女子生徒が手伝っていた。
「何で、あたし達が、こんな目に遭うんだ!?」
「自業自得、なんでしょう……」
自分のしたことを無視した愚痴を聞いて、入学してから不本意なことばかりさせられている女子生徒は、ため息混じりに答えた。元から、この学校で不良のようなことをしていた彼女は、自分達にこんなことをさせている張本人を振り返った。
副会長でありながら、京子はテントの下の役員席から離れたところから、この茶番にも似た光景を眺めていた。彼女は、いつものようにリンゴをかじりながら、面白くもなさそうな顔をしていた。
「準備できたそうです」
捺差内の合図を見て、下級生の副書記が、彩香にそう報告した。
彩香は面度臭そうに、片手を振った。
「どうぞ、どうぞ、勝手にやっていただいて……」
彩香の投げ遣りな言葉に、書記長は肩をすくめると、下級生に向かって頷いて見せた。
副書記の下級生は、大きく手を振って、科学部長に合図を送った。
「ニャンニャン、やるぞ!」
「いつでも、いいある……」
捺差内の、緊張した声に答えたニャンニャンは、心の中で捺差内に詫びていた。
『幸司、ごめんある……マックス、用意はいいあるか?』
『OKです、ニャンニャン』
自分を手伝ってくれた留学生が、何を考えているかも知らずに、捺差内は機材の電源を入れた。
何台かのプラズマ発振器が不気味な唸りを生じ、その表面に映像を浮かび上がらせた。
「レーザー、照射!」
捺差内の合図に、ニャンニャンが手元のキーボードを操作した。
プラズマ発振器が、単なるモニターからプロジェクターに変わり、校庭の中空に、立体映像を結んだ。
おおッ、というどよめきが、周囲の生徒や教師達から上がった。テントの下でつまらなそうに、頬杖をついていた彩香も、おやおやと顔を上げた。
「いったい、あれだけの映像を維持する電力は、どこから持って来たんだ?」
「やっぱり、自家発電じゃないの?」
捺差内を見限った科学部員達は、実現不可能と思っていたことが、目の前で可能になっていることを目撃して、驚きに顔を見合わせていた。
他の生徒達は、予想以上のアトラクションに、単純な歓声を上げていた。
空中に浮かび上がったのは、巨大な航空機の姿だった。そういうことに、関心のある生徒は、それがB2と呼ばれる、近未来型の戦略爆撃機に似ていることが、すぐにわかった。
「ここまでは、単純な立体映像だ。もし、捺差内のB2モードが、本当に完成したのなら……」
科学部員達は、次の変化が本当に起こるのか、ゴックリと唾を飲んだ。
捺差内は、どよめく観衆に気を良くして、ニャンニャンを振り返った。
「さァ、ニャンニャン、会長と生徒会に、目にもの見せてやろう!」
「OK、やってやる、あるネ!」
捺差内に答えると同時に、ニャンニャンは心の中で呟いていた。
『幸司、悪いけれど、見せるだけでは終わらないある……』
捺差内が、キーボードを叩いて、システムを作動させると、発振器がより一層の唸りを上げた。
それまで、透けるような立体映像だった、校庭の上の爆撃機の姿が、ハッキリとした厚みを持つ映像に変わった。すると、一段と輝きを増した。
「やりやがった、本当に、B2モードを、完成させたんだ!」
「すっごいぞ、捺差内!」
科学部の連中からも歓声が沸き起こる中、校庭上に現われた爆撃機は、ゆっくりとその姿を換え始めた。
「なに、あれ!?」
「やだ、悪趣味!」
変換された映像の姿形が、明瞭になるに連れ、特に女子生徒からそんな声が上がった。
爆撃機は、複雑な変形のプロセスを経て、一目でそれとわかる、グラマラスな体型をした、金髪の女性型ロボットの形をとり始めた。
「趣味の悪さは別として、この成果は、素直に認めるしか、ありませんね」
驚きの表情を隠そうともせずに、書記長はそう言って会長を振り返った。
しかし、薄い唇の端を微かに歪めた彩香は、まったく別の言葉を口にしていた。
「なるほど、そういうことですか……」
書記長には、会長の得心したような表情が理解できず、むしろ何か悪い予感を感じて、背筋が寒くなった。
書記長が、校庭の上空に目を移すと、よくあるSF誌の扉を飾られるような女性型ロボットは、ほぼ完全な形で校庭の中心に立ち上がっていた。その頭は、校舎の三階部分に届いていた。
観衆のどよめきの中、ロボットはゆっくりと足を上げると、生徒会の役員がいるテントに向かって歩き始めた。ロボットの動きに有頂天になっていた捺差内は、自分の傍らにいたはずの留学生が、ゆっくりと後ろに下がったことに気が付かなかった。
『ギガ・マックス!』
ニャンニャンは、周囲の誰にも聞こえない声で、そう叫んだ。
そんな、中国娘の動きに気が付いたのは、この派手なアトラクションには、最初から余り興味のなかった京子だった。京子は、精神安定剤代わりのリンゴをかじるのを止めて、留学生の方を見ていた。彼女は、その中国娘の変化を、ついこの間目撃したばかりだった。
ニャンニャンの体が、金色に輝きはじめた。やがてその輝きは、唸りを上げて動いている機材に移って行った。
捺差内は、自分の目の前のモニターが、異様な輝きを放つの見て、初めて事態の変化に気が付いた。
「なんだ、どうした?ニャンニャン!?」
慌てた捺差内が振り返った時には、すでにニャンニャンの姿は、そこにはなかった。
「危ない!科学部長、電源を切れ!!」
リンゴを放り出した京子は、そう叫んで、捺差内の方へ走った。
その時、生徒会のテントに近付いた巨大な女性型ロボットが、急に金色の光に包まれた。そうかと思うと、それまでとは、うって変わった素早い動きで拳を振り上げ、振り降ろした。
とっさに、彩香は片手を差し上げて、テントの直前で、その大きなロボットの腕を止めた。
「桃山さん、みなさんを早く!」
会長の短い言葉に、名前を呼ばれた書記長は、何が何だかよくわからなかったが、その緊急性だけは、充分に理解していた。
「逃げなさい!急いで!!」
とっさに、何を言われているのか、生徒会役員達にはまったくわかっていなかった。それでも、目の前のロボットが、もう片方の腕を振り上げた時には、本能的な恐怖を感じて、我先にテントを飛び出した。
全員が逃げ出したことを、確認しようともしないで、彩香は、押さえていた力を外した。巨大なロボットの腕は、生徒会のテントを押し潰し、中のパイプ椅子やスチール机を、粉々に砕いた。
「これが、B2の正体か?捺差内のやつ、とんでもないものを作ったな……」
「なに、感心してんだ!早く逃げないと、こっちも巻き込まれるぞ!!捺差内のやつ、マジに会長に喧嘩を売りやがった!!」
「これで、本当に、科学部は終わりだ……」
事情を知らない元科学部員は、事態の思わぬ展開に驚くやら、感心するやら、嘆くやら忙しかった。
それでも結局は、彼らも逃げ回る生徒の群れに混じることに、代わりはなかった。