表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/21

第5節

    秘密兵器


 生徒会に、挑戦状を叩きつけたという部長の言葉は、化学室の空気を一瞬で凍り付かせた。

 農薬から爆薬を作る実験をしていた、白衣を着た部員達は、一斉に顔を見合わせた。その瞬間、一人の部員の手元が滑って、慎重に調合していた薬品が床に落ち、小さな爆発を起こした。

 手慣れた感じで、防火用の毛布がかぶせられ、何とか火は消し止められた。床に、それ以前に付けられた、多くの焼け焦げに混じって、新たな焼け焦げができたのだが、科学部員達には大したことではなかった。

 そんなことより、もっと重要なことが彼らにはあった。火が消えると、同級生達から変態オタク集団と決めつけられている男達は、くじ引きによって決められた部長に、一斉に詰め寄った。

「あの、荒神彩香と生徒会に、喧嘩を売ったって!?」

 捺差内の誇らし気な言葉に、部員は絶句した。

 やがて、白衣を着ていた者はそれを脱ぎ、てんでに帰り支度を始めた。

「なぜだ、どうして、帰るんだ?我々には、あの秘密兵器があるじゃないか!?」

「捺差内よ、バカだバカだとは思っていたが、これほどバカとは思わなかった。いいか、今のこの聖麗で、荒神彩香と生徒会に刃向かって、生き残れると、正気で思っているのか?」

「じゃァ、この忌まわしい、専制独裁に対して反対しないのか?この圧力に、戦わずして屈するのか!?」

 完全に、捺差内の思考の方向性は歪んでいたが、彼の仲間達は、あえてそれを訂正しようとは思わなかった。

 彼ら自身はどう思っていようと、彼らもまた、捺差内と五十歩百歩の、感覚の持ち主達だった。

「いいか、捺差内部長殿?お前さんが、分不相応にも喧嘩を挑んだ相手は、政財界を牛耳る大物の孫娘というだけじゃない!恐ろしくも、忌まわしくも、この学校の教師と、堂々と結婚しているんだぞ!」

「そうそう、その上、この街のヤクザはおろか、警察権力さえ手を出せない、化物じみた相手だ!俺達なんか、片手、いや、指、いや、瞬き一つで、この世から抹殺できるんだ。そんなの相手の争いに、巻き込まれたい奴なんか、どこにもいないぜ!!」

 部屋を出ようとする部員達を、捺差内は必死になって止めた。

「何を言うんだ。我々には、究極の秘密兵器、無敵のB2があるじゃないか!?」

「B2って、あれか?」

 部員の一人が、部屋の奥のドアを指差した。そこは、準備室呼ばれる、窓のない小さな倉庫のような部屋だった。

 その中に、捺差内達は、人目を避けるような器具や機材を、多数持ち込んでいた。

「そうだ、あれなら、勝てる!」

 拳を振り上げ、目を潤ませる捺差内に対して、部員達は顔を見合わせると、肩を落とした。意気上がる捺差内の肩を、そんな部員の一人が軽く叩いた。

「確かに、B2のシステム理論は素晴らしい。防衛庁にだって、売り込めるかも知れない。だがなァ、どうやってあれを実現するんだ?悪いことは言わない、今の内に、会長と生徒会に頭を下げて、挑戦を取り下げて来い……」

 しかし、その言葉に捺差内は断固して、首を振った。

 部員達は、再び顔を見合わせると、肩をすくめて背を向けた。

「栄光に満ちた科学部も、これで終わりだ!さらばだ捺差内。君のことは、永遠に忘れないよ……」

「おい、待てよ!おいッ!!」

 捺差内の呼掛けの前に、むなしくドアは閉ざされ、広い化学室には彼だけが取り残された。

 窓の外からは、グラウンドで活動している運動部の、景気のいいかけ声が遠くに響いていた。

「先駆者は常に理解されず、ただ我が道を行くのみ、か……」

 肩を落とした捺差内は、寂しそうに準備室へのドアを開けると、その中に入り、中から鍵を閉めた。

 準備室の中には、様々なものが、雑然と積み重ねられていた。その中でも特に目を引くのが、壁一面に張られた等身大の女性の絵と、その前に置かれたケーブルで繋がれた、何台かのパソコンとモニターだった。

 壁に張られた女性の絵には、精密な方眼が引かれ、その絵は正確に前後左右、上下と描かれていた。さらに、その絵の向い側には、同じように精密な、別の絵も描かれていた。

 捺差内は、部屋の蛍光灯を消すと、パソコンに繋がる、複雑怪奇なシステムの電源を入れた。異様な輝きが、モニターを中心に現われた。すると、そこかしこでモーターの微かな駆動音と、小さな発光ダイオードの輝きが起こった。

 やがて捺差内は、あるキーボードの前に座り、モニターに映し出された記号と数字を読んで、別の数値の打ち込みを始めた。

「見ていろ生徒会!見ていろ、荒神彩香!!必ず、このB2を一週間で完成させて、貴様らを、叩き潰してやる!!」

「ふーん、これが、B2モードあるか。面白いシステムあるネ!」

「そうだろう、こんなシステムは、世界のどこにもない……」

 そう言いかけて、捺差内は、驚いて後ろを振り返った。

 一人っきりのはずの、暗い準備室の中に、チャイナ服姿の少女が立っていたのだ。彼女は、捺差内の肩口から身を乗り出すようにして、彼の前のモニターを覗いていた。

「きッ、君は……?」

 誰だ!どこから入った!?と言おうとして、捺差内は舌がもつれた。彼には、密室でこれほど女の子と密着した経験が、ほとんどなかったのだ。

 狼狽える捺差内に、明るい微笑みを浮かべて、ニャンニャンは答えた。

「私、ニャンニャンあるネ。留学生ある、知っているか?」

 捺差内は、首を振ると同時に、頷くという器用なマネをして見せた。

 そんな科学部長の混乱など、気が付かないように、ニャンニャンはキーボードに触った。

「あッ、おい、こら!」

 慌てた捺差内が、制止しようした。それを無視して、三編みを軽く振った中国娘は、目にも止まらない早さでキーボードを叩き始めた。

 たちまち、モニターの中に、矢継ぎ早に新しいデーターが現われた。それは、捺差内がどうしても解析できないでいた、数値転換理論の一部だった。ニャンニャンは、それを、手早く、理解可能な形式に表示し直した。

「何てこった……」

「ニャンニャン、合衆国で、電子工学やっていたあるネ。役に立つと思うあるよ」

 そう言って、ニッコリ微笑んだニャンニャンの表情には、何の屈託もないように見えた。捺差内は、この娘の背後に、確かに後光が差していると感じた。

 彼の中で、この娘の登場に対する不可解さは雲霧消散していた。それに代わって、去って行った部員達に勝るとも劣ることの無い、力強い味方の出現の喜びが満ちていた。

「君、ニャンニャンさんだっけ?手伝ってくれるのか!?」

「生徒会長を、やっつけるあるネ?もちろんあるネ!」

「よし、君を、我が科学部の臨時部員に任命しよう。これから一週間、このB2を、共に完成させようではないか!」

「オーッ!」

 ニャンニャンは、捺差内の言葉に、景気良く拳を突き上げて答えると、彼の膝に上に、潜り込むようにして座った。とっさに、捺差内はドギマギした。

 チャイナ服姿の少女は、そのまますぐに、モニターの画面に新しい数値転換理論の解析結果を表示した。そのため、たちまち捺差内はその内容に引き込まれ、ドギマギを忘れてしまった。

『マックス、いいあるか?』

『いいですけど、本当にこんなんで、うまく行くんですか?』

 表面では、捺差内と親し気に話ながら、ニャンニャンは心の中で、見えない相手と会話していた。

『この男の子のシステム理論、面白いアイディアある。ここの、このままの設備では実現できないけど、マックスと連動すれば、うまく行くあるよ。頼むね、マックス……』

『はいはい、でも、ドクターが何と言うか……』

 そんな会話がなされているなど、科学部長はまったく気が付かなかった。

 捺差内は、次々と実現して行くプログラムに、ただただ唖然として、夢中で次の理論展開を組み立てていた。

 その日から、放課後、夜遅くまで、化学準備室から異様な物音と、男女の話し声が響いていた。しかし、捺差内だけが篭っているはずの化学室に近付く者はほとんどいなかった。さらに、その奥の準備室の中で行なわれていることに、興味を持つ者はまったくいないと言って良かった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ