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第20節

    触らぬ神


 ある朝早く、ホワイト・ハウスに呼び出された国防大臣は、大統領から、突然、辞職を勧告されて仰天した。

「史上最強のサイバー・ウェポンと、世界最高のサイキッカー。この二人を敵に回して、あなたは、合衆国と戦争でもさせるおつもりだったのですか!?」

 彼女は、この若い国の歴史上、始めて大統領の職に就いた女性だった。

 年齢を感じさせない、上品な顔立ちを強ばらせて、女性大統領は信頼していたはずの国防大臣を見つめた。

 彼女は大臣と同じく、眼鏡の愛用者だった。大統領の金縁で細身のエレガントな眼鏡の奥から、初老の大臣は鋭い眼差しを向けられていた。とっさのことで、彼には何のことだかわからなかった。

「彩の姫巫こと、サイカ・アラミに関しては、国連を中心に、つい最近、極秘の不干渉協定が各国政府間で結ばれたばかりだというのに、今度のことで、この協定に、もう一人の人物を、加えなければならないでしょう。その責任がどこにあるのか、あなたには、よくおわかりのはずですね?」

 国防大臣は、初めて、自分が大統領に対して、秘密に行なっていた計画のことを思い出した。

 そのターゲットの名前を、大統領が以前から知っていることを、彼はいま初めて知ったのだった。もし、そんな、国連を中心とした極秘協定の存在を知っていれば、幾らなんでも、あの小男の計画を、認めたりはしなかっただろう。

 国防大臣は、必死に自分が知らなかったことを理由に、抗弁した。彼は、潜在的な脅威に対する、自分の愛国心を強調した。

 そんな国防大臣に対して、大統領は例の小男が、現在、精神に異常を来たして、病院に収容されていることを、簡単に告げた。

「何でも、信じられないような、さまざまな方法で、自分を傷付けるのだそうですよ。止めなければ、死ぬまで続けるだろうという話です、死んだ方がマシだと思えるほどの、苦痛を味わいながら……」

 そして大統領は、その小男が残した記録から、彼と大臣との関わりが、すべて明るみに出たことを告げた。この国の最高指導者は、速やかに、健康上の理由か何かで、自分から職を辞してくれれば、この件は不問にするとも言った。

 国防大臣は、驚愕しながらも、考える時間が欲しいと言って、何とか、即答を避けた。時間を稼いで、何とか逆転の道を探ろうというつもりだったのかも知れない。

 大統領は、そんなに長くは待てないと答えたが、その場で彼を辞職させることも、出来なかった。国防大臣は、ようやくのことで、大統領の執務室を出ることになった。

 そんな彼を、男性とも女性ともわからない、黒いスーツを着た美しい人物が廊下で待っていた。その姿を、国防大臣は、最近のあるファイルで見た記憶があった。

「貴様は、まさか、アナコンダ……」

 この国の中でも、最も警備の厳しいはずの場所に、何の苦労もなく、その人物は入り込むことが出来ていた。

 国防大臣は、すべて、大統領が承知であることを察して、背筋が凍る恐怖を覚えた。

「アナコンダとは、殺し屋のコード・ネームですわ。わたくしの名前は、大蛇虹子。お間違えのないように……今日は、はるばる太平洋の向こうから、わたくしの雇主の、伝言をお伝えに参りました」

 そう言うと、かつて世界最高の狙撃者と詠われ、今は彩香の実家で、秘書のようなことをしている人物は、国防大臣に近づいた。

 大臣は、蛇に睨まれたカエルそのままに、身動き一つできず、滝のような汗を滴らせていた。

「他言無用。手出し無用。ご意見無用。それが、あなた方の言う彩の姫巫の言葉です。おわかりですね?」

 それだけささやくと、虹子は廊下の出口に向かって、ゆっくり歩いて行った。

 その背中で、間もなく、元大臣と呼ばれることになる初老の男は、壁に背中を預けるように、ズルズルと廊下に座り込んだ。

「触らぬ神に、崇りなし……私は、神に、触れてしまったのか!?」

 沈痛な響きをもって、そう彼は呟いていた。だが、そんな彼の言葉を聞く者は、誰もいなかった。

 合衆国の、国防大臣が辞任したニュースは、その日の内に世界中に広まった。




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