第19節
自業自得
老人が、制御室に戻ると、ちょうど通信モニターに、マックスがマスターと呼ぶ、髪の薄い小男が映ったところだった。
「どうやら、つまらん小娘の再生は諦めたようだな、結構結構……それでは、まともなビジネスの話でもしようか。ドクター・チャン。大陸間弾道弾ですら無力とする、そのギガ・マックスの能力だけとってみても、大変な商品価値だ」
「断わる!」
言下にそう言われて、小男は驚いたような表情をした。彼は、ギガ・マックスの防戦を、てっきり取り引きの意思表示だと思い込んでいたのだ。
もはや老人に、兵器産業と手を組む意志はなかった。何よりも、そこにいる彩の姫巫、つまり彩香を敵に回すことなど、考えただけでも恐ろしかった。
「君は、何か勘違いしているようだ。核ミサイルを無力化したのは、ギガ・マックスではない。彼女だ……」
そう言って、博士は傍らの彩香を手招きした。
モニターの中の小男の前に、初めて彩香が、その長い髪を再びリボンで束ねながら現われた。
「なんだ、この娘は……まさか、サイカ・アラミ、彩の姫巫!?どういうことだ、これは?」
初めて、彩香を直接目にした小男は、ひどく狼狽した。
そして、そんな小男を見る彩香の眼差しは、恐ろしいほどに冷え切っていた。
「あなたが、黒幕さんね?わたくしのことは、もう、御存知ですわね?」
「お前が……まさか、そんな、なぜ、なぜそこにいる!」
「そんなことは、どうでもいいわ。あなたが、わたくしを抹殺しろと、お命じになったのね?」
モニターの向こう側で、小男は背中に汗を掻いていた。そこは、かつて彼が、合衆国の国防大臣と密談した、あの部屋だった。
彼は、その部屋にいる自分の部下に、ありったけの核ミサイルを用意するように、手で合図していた。
「あらあら、核ミサイルなんて、世界中からここに集めたって、何のお役にも立たないこと、先ほどおわかりになったんじゃ、ありませんの?何でしたら、すべてそちらに送り返しても、よろしいのよ」
小男は、モニターの向こうで、この小娘が、自分のやろうとしていることを見抜いていることに、さらにドッと汗を掻いた。
まさか、いくらなんでも、そんな……小男は、必死に自分の考えを打ち消そうとしていた。
「その通りですわ。わたくしには、時間や距離と言うものは、ほとんど、意味がありませんの、おわかりになれないかしら?」
小男は、腰を抜かさんばかりに、驚愕した。
間違いなく、この娘は自分の考えを読みとっている。しかも、核ミサイルすら、無力化できると公言しているのだった。
いまさらながら、なぜ、合衆国がこの娘に干渉することを諦めたのか、あのファイルの意味が、ようやく理解できた。だが、すべては後の祭りだった。
「その通りですわ。もう、遅いようですわね……」
「俺を、どうする気だ……」
モニターの中で、小男は真っ青になりながらも、逃げることも出来ずにいた。
彩香は、その小心者ぶりに、薄い唇の端を上げて微笑んだ。それが、彼女が最高に、嫌悪を感じている証拠であることを、京子や透なら知っていた。
「あなたはどうやら、今までにだいぶ、酷いことを、なさって来たようですわね。その相手が感じたのと、同じ思いを感じてみることが、必要だとは、思いませんか?」
「お、俺じゃない、俺だけじゃない!あんたをターゲットにしたのは、国防大臣も一緒だったんだ!!おいッ、何をしている、通信を切れ!」
小男は、目先の恐怖に怯えて、そう叫んだ。彼の部下達は、決して無能ではなかったので、即座に主人の命令を実行した。
しかし、依然として冷たい眼差しの若い女子高生は、モニター画面からじっと小男を見つめていた。
「何をしている!早く、この忌々しい小娘の姿を消すんだ!!わからんのか!?」
泡を飛ばして、彼は手近な部下を怒鳴り飛ばした。
だが、彼の部下は、驚きの表情を隠そうとはせずに、逆に彼に問い返した。
「通信は、既に切れています。これが、通信であるはずはありません!いったい、この映像は、何なんです!?」
「なんだと、じゃあ、ここに映っているのは……」
小男は、モニターの中の彩香を指差して、大きくその両目を見開いた。
彩香の姿は、既にモニターの外へ出ていたのだ。
「言ったでしょう?わたくしには、距離も時間も、関係ないって」
そう言って、小男の前に立った彩香は、ニッコリと微笑んだ。
恐慌状態になった小男は、夢中で叫んだ。
「撃て!撃て!この化物を殺せ!!」
その瞬間、唖然としていた部下達は、正気に返り、持っていた拳銃を抜き放つと、同時に引金を引いた。
何丁もの銃が、一斉に火を吹き、銃弾が立っている彩香の周囲に殺到した。彩香自身はもちろん、彼女が映っていたモニターやら、その付近の制御盤やらが撃ち砕かれ、無数の穴を開けて行った。
やがて、火花と硝煙が収まると、そこに女子高生の姿は、影も形もなかった。部下達は、お互いに顔を見合わせたが、その時、不気味な呻き声に、彼らの視線が集まった。
彼らの主人である、背の低い男は、砕けたモニターの前で、自分で自分の首を締めながら、口からは泡を吹き、目は白目を剥いていた。やがて、わけのわからない言葉を口走ると、自分の持っていた銃を取り出し、自分の膝めがけて発射した。
両膝を撃ち抜き、その場に倒れ込んだ小男は、両足から、ダラダラと血を流してもがいていた。やがて、今度は自分の両耳を、交互に拳銃で撃ち抜いた。
その不気味な様子を、彼の部下達は、その場に凍り付いたように、ただ黙って眺めていた。その中の何人かは、それが、相手を殺さない程度に痛めつける、その小男が得意としていた、虐待方法であることに気が付いた。彼らの腹の奥底から、嘔吐感が沸き起こっていた。
彼らは、モニターから現われた若い娘が、そこでのたうつ小男に向かって、言った言葉を聞いていた。彼女は、相手が感じたのと、同じ思いをしてみることが必要だと、彼に言い放ったのだった。
彼らの目の前で、繰り広げられている光景は、まさにそれだった。部下達は、一様に気味の悪い表情を見交わし、やがて、その部屋を出て行った。