第18節
純愛の果て
異常の発生した再生室に、ドクター・チャンはようやくたどり着いた。
白衣の老人は、部屋の機能が正常であることと、ニャンニャンの再生が、無事に進んでいることを知って驚いた。部屋の中央の、円筒の中の少女の姿は、もはやほとんど完全な形となり、いつ目を開けて動きだしても、おかしくない状態になっていた。
「こ、これは!」
円筒の中の少女の状態に、ホッとした老人は、その視線を円筒の上部に向けて、息を飲んだ。そこでは捺差内が、外れたパイプを握って、うつ伏せに倒れていた。
驚いた老人は、機器を操作すると、改めてパイプを正確に繋ぎ直した。それから慎重に、マジック・ハンドのようなもので、捺差内の体をゆっくりと床に下ろした。
「おいッ、しっかり、しっかりするんじゃ!」
老人の声に、少女の制服をしっかりと握りしめていた捺差内は、ようやく薄目を開けた。
「あの、ニャンニャンは……」
「だいじょうぶ、だいじょうぶじゃ。君のおかげだ。君が、素手でパイプを繋いでくれたおかげじゃ……」
「そうか、よかった。流れていたのが、電流みたいだったから、自分の手や体なら、伝導するんじゃないかと思ったけど、うまく行ったみたいだな……」
そう、弱々しく言うと、捺差内は満足な表情を浮かべて、微笑んだ。
老人は、激しく捺差内を揺すった。捺差内の目が、今度閉じられたら、もう二度と開くことがないように思えたのだ。
「こりゃ、しっかりせい!もうすぐじゃ、もうすぐニャンニャンが蘇る。その姿を、その目で見ないつもりか!?」
「ニャンニャンの姿、見たいな……でも、ダメみたい、もう力がないんだ……」
「何を言っておるんじゃ、こりゃ!」
「お爺さん、ニャンニャンに、制服を返して……」
それだけ言い残すと、捺差内は再び目を閉じて、動かなくなった。
老人は激しくその体を揺すり、耳元で怒鳴り続けたが、科学部長の目が開くことはなかった。白衣の老人は、ガックリと肩を落とした。
「ドクター、ちょっと、どくよろし……」
耳元の声に、老人は驚いて振り返った。
そこには、ズブ濡れで、生まれたままの姿のニャンニャンが、立っていた。
「ニャンニャン、お前、まだ再生が終わっていないんじゃ……」
驚きの目を見張った博士は、その全裸の娘の背中から、幾本もの、紐状の有機物が伸びていることに気付いて、息を飲んだ。
背後の円筒は、正面から二つに開き、そこから部屋の床に、緑色の液体が流れ出していた。博士は、それが中から無理矢理のように、開けられたのだということを知った。
ニャンニャンの背中の紐は、長く伸びて、彼女の生命を維持する、円筒の上部に繋がっていた。彼女は、とっさに自分の体の一部を、再生器の一部に繋ぐことによって、外に出ることを可能にしたのだ。
もちろん、そんなことが出来るように、博士がしたわけではなかった。この人工生命体は、自分の意志と判断で、それを実行したのだった。
白衣姿の老人は、もはや二人の間に、自分が入り込む必要がないことを、この時ハッキリと感じていた。
「幸司、幸司、起きるある。朝あるよ、目を覚ますよろし……」
再生したニャンニャンは、そう捺差内の耳元でささやくと、そっと彼の唇に自分のそれを重ねた。
老人は、娘の体から淡い緑色の輝きが起こり、それが接触している唇を通じて、男の方にも移るのを、確かに目撃した。それは、老人が作り上げたはずの人工生命には、本来有り得ないはずの現象だった。
「ニャンニャン、あれ、どうしたんだろう。確か、君は消えてしまって……」
「幸司、幸司のおかげで、ニャンニャン、また、戻れたあるよ!」
ようやく目を開けて、何やら混乱した捺差内の胸に、そう言った少女が、激しく顔を埋めた。
その少女の体を抱こうとして、初めて、この思い込みの激しい、単純な若者は、相手が全裸であることに気が付いた。彼は手を動かすと、しっかりと握っていた娘の制服を差し出した。
「ニャンニャン、その、こういうことは、もっと別の場所の方が、いいと思うよ。それに、こんなに濡れていては、風邪をひくよ。さァ、これを着て……」
相変わらず、どこか間の抜けた科学部長の、奇妙に冷静な言葉だった。
しかし、ニャンニャンにとっては、なによりも嬉しい言葉だっのだろう、彼女は制服を受け取ったままその両目から、涙をあふれさせた。そして、濡れたままの、まだ生乾きの中国娘は、より激しくそんな捺差内に抱きついて行った。
抱きつかれた科学部長は、ますます困惑し、そのまま顔を真っ赤に染め上げると、やがて気を失ってしまった。