第16節
防御能力
制御室の中で、彩香は、迫り来るミサイルを捉えたレーダー画面を、見つめていた。
そこへ、老人が駆け込んで来た。
「何とか、ならんのか、マックス!?」
『ドクター、ニャンニャンの再生作業を行なっている限り、防護シールドは張れません。しかし、作業を中断すれば、二度とニャンニャンの再生は出来なくなります……』
「そんなことは、わかっておる!」
老人は、思わず声を荒げた。
彩香は、そんな老人に尋ねた。
「その、防護シールドとかを張れれば、何とかなるのですか?」
「そうじゃ、ミサイルの爆発から免れるだけではない、レーダーなどの探知装置からも、逃れられる……じゃが、今はだめじゃ。そちらに回すだけの、エネルギーがない!」
「わかりました。マックスさんとやら、そのシールドとかのエネルギーは、私が供給します。あなたは、ニャンニャンさんの再生に、専念して下さいな。ニャンニャンの再生を私がやっても構わないけど、それは、あの部長さんも、ニャンニャンさん本人も、きっと喜ばないでしょうから」
彩香の口調は、どこまでもアッケラカンとしていた。そんな言葉に、この巨大な宇宙を飛ぶ人工知能体であり、エネルギー転換装置でもある、ギガ・マックスの疑似人格も、思わず絶句した。
もちろん、ドクター・チャンも、しばらくの間、口を開けたまま、閉じることが出来なかった。
「いいですか、装置を作動して下さい。エネルギーを、送りますよ……」
自分の長い髪を束ねる、赤いリボンを解いた彩香は、目の前のギガ・マックスの制御盤に両手を着くと、目を閉じた。
彩香の長い髪が、不思議な輝きを始めたかと思うと、ゆっくりと逆立って行った。
『ド、ドクター、本当です!本当に、エネルギーが、わからない、私には、理解できません!!』
困惑の言葉を口にするマックスを、老人が叱咤した。
「そんなことはどうでもいい!マックス、シールド展開、急ぐんじゃ!!」
その直後、いくつかの爆発が、同時に、ギガ・マックスの周囲で発生した。
しかし、中にいる者は、ほとんど衝撃を感じなかった。
『成功です!ドクター、シールドは、完全に機能しています!!』
「喜ぶのはまだ早い!ほれ、次が来るぞ!!」
次々と、ミサイルがギガ・マックスを襲ったが、それらはすべて、直接機体に触れることなく、その近くで爆発するだけだった。
老人はその様子に、ホッと安堵の胸を撫で下ろした。同時に、傍らの彩香を見て、その底知れぬ力に、ただただ、唖然とするばかりだった。
自分の乗っているものが、派手な攻撃を受けていることなど、捺差内はまったく知らないでいられた。彼は、目の前で愛する娘の姿が、徐々に形作られて行くのを、嬉しそうに見つめていた。もし、こんな科学部長の姿を、聖麗高校の女子生徒が見たら、それ見たことか、やっぱりアイツは正真証明の変態オタクだと、頷き合うことだろう。
しかし、捺差内にとってはそんな女子生徒の評価など、どうでもいいことだった。彼は、ニャンニャンが、そんな粘土細工のように作られるのだという、現実を受け入れた時から、その完成を心待ちにすることが出来た。
既に、彼は娘が再生する過程そのものを、純粋な喜びとして眺めているのだった。彼は今、ほとんど上半身が出来上がって、これから下半身になるという時に、果して男らしく顔を背けていたものか、それとも科学を志した者として、堂々と、冷静に見守るべきか、本気で悩んでいた。
やはり、後ろを向いていよう。彼女に対しては、科学者としてではなく、一人の男性として接したい!そう、納得して、彼は後ろを向こうとした。
その時、激しい衝撃が、捺差内の体を宙に放り上げ、激しく床に叩きつけた。それも、一度ならず、二度三度と彼の体は宙に舞った。
「何だ、どうした!?」
何とか気を失わずに済んだ捺差内は、ヨロヨロと立ち上がった。その時にも、ニャンニャンの制服を手放さなかったことは、立派と言う他なかった。
彼の周囲では、部屋の警告灯らしい赤い光が点滅し、警報らしいチャイムが鳴り響いた。驚いた捺差内は、ニャンニャンのいる円筒を振り返った。
円筒の頂上には、何本ものケーブルやパイプが繋がっていた。その内の一本のパイプが外れて、その内部から火花が散っていた。
円筒の中で、ほとんど髪の毛も伸びて、完全な形になっていたニャンニャンの顔に、苦し気な表情が浮かんでいた。瞳がないままの両目が、上を向いて大きく見開かれ、今にも眼球が飛び出しそうになっていた。
「ニャンニャン!どうした?苦しいのか!?」
透明な壁に顔を押しつけて、捺差内は必死に中の、半分娘になりかけているモノに呼びかけた。
だが、娘はわずかに動く上半身と、腕を震わせるばかりだった。