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第15節

    再会


 そこは、たいして大きくもない部屋だった。

 部屋の壁には、様々なケーブルやパイプが、ビッシリと並び、それらのすべてが、部屋の中央の大きく、透明な円筒の上部に繋がっていた。

 その円筒の中には、何やら、緑色の液体が満たされ、底の方から泡立っていた。

「あれが、ニャンニャンじゃ……」

 老人にそう言われて、その円筒を指差されても、捺差内にはどこにあの娘がいるのか、まったくわからなかった。

 それでも、その円筒に近付くと、恐る恐る中に目を向けた。良く見ると、その円筒の中の緑色の液体の中には、何かモヤモヤとした、煙のような灰色のモノが、中心部分に浮かんでいた。

 その、アメーバーのように動き回る不定形なモノに、捺差内は目を凝らした。すると、その真ん中に、何やら顔のようなモノが浮かび上がっていることに、気が付いた。

「ニャンニャン……!?」

 口にして、その言葉に驚いた捺差内は、背後を振り返った。

 そこには、哀し気に頷く、悄然とした老人の姿があった。

「それが、生体ユニットの原型物質じゃ……そこから、ニャンニャンの体が再構成される。人間の頭脳に当たる部分は、このギガ・マックスそのものの中にあるから、体さえ再生できれば、何度でも蘇るのじゃ……」

 捺差内は、この時初めて、ニャンニャンが自分は人間ではないと言った意味が、理解できた。あれが、比喩でも何でもなく、本当のことだということを、彼は初めて知ったのだった。

 思わず、捺差内の胃の辺りから、吐き気が込み上げて来た。とっさに口を押さえて、どこか吐き出してもよいところはないかと、科学部長は周囲を見回した。

 いつの間にか、彼は人間ではないものを自分が愛したのだと、本気で思い始めていた。そして、ここへ自分を連れて来た、これもまた人間離れした女子生徒の言葉を思い出した。もし後悔したら……いや、俺は後悔しない、絶対にしない!吐くものか、断じて、絶対に、何がなんでも吐くものか!!

 とっさに、そんな悲愴な決意を固めた捺差内は、口元までこみ上げて来たモノを、必死の思いで飲み下した。

「ニャンニャンは、元通りに、なるんですね!?」

 喉を詰まらせ、ゼイゼイ言いながら、やっとのことで、捺差内は白衣の老人に、そう尋ねることが出来た。

 ドクターと呼ばれる老人は、自分が作り上げた人工の人格を慕って、ここまで来てくれた若者に、穏やかな微笑みを向けていた。

「もちろんだとも、必ず、元通りになる」

「よかった……」

 確信に満ちた、老科学者の言葉に、ホッと安堵の吐息をした捺差内は、再び円筒の中を目を向けた。

 いつの間に、円筒の中では、灰色の物質が固まりはじめ、まず、娘の頭の部分が、それとわかるほど、かなりハッキリと形作られて来ていた。

「彩の姫巫である、ミス・サイカによって、一度は原型物質にバラバラに分解されそうになった。しかも、虚構のデーターに質量を与える、ギガ・マックスの変換システムがオーバー・ロードを起こしたために、その肉体構成が維持できなくなったのじゃ」

 透明な壁を通じて、無機物が有機物となり、やがて人の形を取り、可憐な少女になって行く過程を、捺差内は目の当たりにしていた。

 そんな彼に対して、老人は乾いた声で説明を続けた。その言葉を理解しているのか、いないのか、科学部長はただ黙って、聞いているだけだった。

「この娘は、ニャンニャンは、このギガ・マックスがなければ、その体を維持することはできない。このギガ・マックスは、巨大なエネルギー変換器として、ニャンニャンの体を維持すると同時に、ニャンニャンの頭脳としての役割も果たしておる……」

 捺差内は、その博士の言葉に、険しい表情で振り返った。

「だとすれば、この飛行機が墜落したら……」

「そこで、ニャンニャンの活動も終わる」

 捺差内の表情に、恐怖が走った。

 だが、老人は穏やかな顔つきで首を振った。

「その点は心配いらない。このギガ・マックスは、あと百年は、このまま飛び続け、ニャンニャンにエネルギーを送り続けることが出来る。君と共に人生を全うするとしても、決して少な過ぎるということは、ないじゃろう……」

 その老人の言葉に、意図的な表現を感じて、この純情な科学部長は、顔を赤く染めた。

 その表情を隠すように、若者は老人に娘の制服を差し出した。目を細めてそれを手に取った老人は、首を振ってそれを若者に返した。

「それは、君から直接、ニャンニャンに渡してやってくれたまえ……」

 変態オタクと罵られる男子高校生は、白衣の老人の言葉の意味を理解した。この透明な円筒の中から出て来る少女は、恐らく何も身に付けていないはずだった。

 その少女に直接渡してやれと、この年老いた科学者は言っているのだ。捺差内は、思わず顔を赤らめると、その制服を握りしめて、再び円筒の壁の向こうに視線を移した。それには、思わず赤らんだ表情を隠す意味も、あったのだろう。

 同じ円筒の中身を見つめる、老人と若者の間に、ほのぼのとした感情の気配が流れた。

 無粋な警告音と、それに続く、この飛行物体を管理するマックスという名の人格の報告が、そんな雰囲気を粉々にブチ壊した。

『警告します!ミサイル、多数接近。回避不能!!』

「いかん!君は、ここにいてくれ……」

 そう言い残すと、老人は顔色を変えて、部屋を飛び出して行った。

 後に残った捺差内は、円筒の中のニャンニャンと向き合うと、その場に座り込んだ。もはや彼は、何があっても、この場を動かない決意を固めていた。




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