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第14節

    ギガ・マックス


 地表から遠く、成層圏の少し上あたりに、海を泳ぐ大きなエイにも似た、真っ黒で巨大な飛行物体が浮かんでいた。その飛行物体の名はギガ・マックス。戦闘用生体ユニット・N2、通称ニャンニャンの本体だった。

 比べるものがないので、その大きさはちょっとわかり難かったが、地上に下ろせば、最新式の屋内球場の二倍以上はあった。

「だいたい、人間の姿形はしていても、兵器である生体ユニットを、自分の孫娘に似せたりするから、こんなことになるのだ!いいかね、ドクター。これは、N2に疑似人格を与えた、君の責任だぞ!」

 その、巨大な飛行物体の中の制御室で、地上通信用のモニターに写る髪の薄い小男は、憎々し気にそう言った。

 そのモニターの前で、ドクターと呼ばれた白衣の老人は、ゆっくりと首を振った。

「人格を持たない生体ユニットなど、単なるデク人形、ロボットに過ぎん。それでは、人間の中に入って活動することなど、出来んじゃろう。人間と同じ動き、同じ感情、同じ判断が出来なければ、生体ユニットなど、グロテスクなリモコン人形じゃ……」

 博士の言葉に、制御室は不気味な沈黙に包まれた。

 モニターの中の小男は、何かを言おうと口を動かしかけたが、やがて薄い頭を手で撫で回すと、表情を変えた。

『ドクター、マスターに危険な感情が見られます。注意して下さい』

 制御室内に、以前にニャンニャンに話しかけたのと、同じ声が響いた。

 その声に、老人は頷きで答えた。

「どうやら、博士とは、根本的なところで、見解の相違があるようだ。実に、残念だよ……考えてみれば、こちらの存在を彩の姫巫に知られてしまったのだな。そうなれば、そのギガ・マックスも安全とは言えない。むしろ、そこから、こちらの存在まで知られたりしては、大迷惑だ。あなたの頭脳と、大金をつぎ込んだギガ・マックスは惜しいが、背に腹は変えられんな……」

「どうするつもりじゃ?」

「なに、心配はいらん。ここまでの、計画に関するデーターは、すべてこちらにもコピーがある。あんたも、早く、本当の孫娘に会いたいだろう?」

 小男の顔は、破壊と殺戮を好む者特有の、陶酔感に酔っており、その目には、冷徹で凶悪な光が宿っていた。

 老人は、自分の命が、風前の灯火であることを知った。

「このギガ・マックスの防衛能力を、知らんわけでもあるまい?」

「よく知っている。だが、N2を再生中であれば、マックスの機能は、それに集中して、防御シールドは張れまい?もし、N2の再生を諦めるのなら、我々には、まだ話し合う余地があるのではないかな?」

 そう言うと、モニターの中の小男は、嫌味な笑い声を残して、通信を切った。

 白衣の老人は、そのモニターの前で、ガックリと肩を落とした。

『ドクター、何かが、機内に侵入しました!』

 マックスと呼ばれたモノの声は、日頃の冷静さからは、かなり離れたものだった。

 老人は驚いて、振り返った。すると、その目の前に風が巻き起こり、老人の目を塞いだ。

『侵入者発見、ただちに排除します』

「待てマックス、そんなことをしても無駄じゃ、そうですな、ミス・サイカ?」

 成層圏の上、ほぼ真空の宇宙空間に浮かぶ飛行物体の中心に、まるで隣りの家でも訪問するような調子で、彩香は捺差内と共に姿を現わした。

 もっとも、とっさのことで、捺差内は自分が今どこにいるのか、よくわかってはいなかった。ただ、その彼の手には、しっかりとニャンニャンの制服が握られていた。

 さすがは、変態オタクの科学部長というところだったが、彼の場合、それは決していかがわしい意味ではなかった。捺差内は、純粋に本人に返すつもりで、それを持って来ていたのだ。この辺り、この科学部長は単なる変態オタクと言うには、余りにも単純と言うか、純粋だった。

 そんな捺差内だからこそ、彩香や透にも見捨てらずに、ここまで来れたのかも知れない。もっとも、そのことが、彼にとって本当に良かったかどうかは、また別の問題だろう。

「突然お邪魔して、申し訳ありません。ドクター・チャン。この人が、どうしてもニャンニャンさんに、お目に掛かりたいと言うものですから……」

 彩香はそう言うと、キョロキョロと驚いた表情のまま、周囲を見回す捺差内を、押し出すように白衣姿の老人の前に出した。

 その聖麗高校の科学部長に対して、ニャンニャンの親代りの老人は、優しく手を差し出した。

「よろしく、ミスター・コウジ。わしは、ドクター・チャン。先ほどは、学校の屋上で失礼した」

「えッ、ああ、どうも……」

 その手を握り返して、初めて捺差内は、その老人が、あの時、屋上でニャンニャンを取り返しに来た、老人だということを理解した。

 捺差内はその手を握りながらも、博士に対して、不審な視線を送らないわけには行かなかった。何より、ニャンニャンは、この老人の手から逃れたがっていたように、捺差内には思えたのだ。

「心配には及ばん、ニャンニャンは、無事じゃ……」

「本当ですか?どこ、どこにいるんですか!?会わせて下さい、今すぐに!」

 娘の制服を握りしめたまま、勢い込む捺差内に、老人は困惑した視線を彩香に向けた。

 彩香は、微かに頷いて見せた。

「ニャンニャンは、今は人の形をしておらん……それでも良いのかね?」

老人の言葉と、事務的な口調に、捺差内もそれが単なる比喩や、例えでないことを肌で感じた。

 正直なところ、彼の背筋には冷たい汗が流れていた。捺差内は、自分をここに運んだ彩香を振り返った。彩香の表情は、変わらなかったが、科学部長にはそれが最後の選択を迫る、魔女かあるいは、女神のようにも思えた。

 目を閉じて、捺差内は深く息を吸い込んだ。その瞼の裏には、姿を消す寸前の、ニャンニャンの苦悶の表情が浮かんでいた。

「構いません。俺、いや、僕は、何があっても、彼女を愛しています!」

 その呆れるほど、恥ずかしいセリフに、彩香は思わず上を向いて、表情を隠した。

 この場に、京子さんがいなくて良かった。彩香は心のなかで、そう呟いていた。

「わかりました。行きましょう……」

 白衣の老人は、捺差内の先に立って歩き始めた。

 捺差内は、彩香を振り向いた。彼女も、ゆっくりと頷いていた。

 それを見て、意を決したように、捺差内は老人の後に続いた。動機はどうあれ、成行きがなんであれ、そこまで思い詰めている者に対して、彩香は正直になるしかなかった。

 後は、彼と彼女が、自分達で決める。彩香はそう、自分を納得させていた。




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