第11節
単純な想い
空気すら動かない学校の屋上で、異様な光景が展開していた。
屋上の柵の外の空中には、怪しく光る髪を逆立てた彩香が、恐ろし気な表情のまま浮かんでいた。屋上の柵のなかでは、京子が透を抱き支え、捺差内がニャンニャンを、その体の下に抱きしめていた。
耳を覆いたくなる悲鳴を発しながら、中国娘は海老のように、激しく体を折り曲げたり伸ばしたりを繰り返した。捺差内は、そんな少女の体を必死に抱えた。
「だいじょうぶか、おいッ、ニャンニャン、しっかりしろ!しっかり……」
可愛い少女の苦痛に、成す術を知らない科学部長は、空中に浮かぶ生徒会長を振り返った。
「何てことをするんだ!ニャンニャンには、何の罪もないじゃないか、やるなら、この俺をやれ!!なんで、こんな可愛い娘に、こんな酷いことをするんだ!?」
それは、完全に的外れな、一方的な捺差内の思い込みに過ぎなかった。だが、その余りに単純で感情的な怒りが、同じく直情的に怒っていた彩香に、微妙な反応を与えた。
京子は、彩香の長い髪がその禍々しい発光を止め、元の通りになるのを見た。柵の外の彩の姫巫の体は、ゆっくりと柵を越えて屋上に入って来た。
京子は、ホッと胸を撫で下ろした。
「科学部長さん。あなた、その娘が何者で、何をしたのか、御存知なのですか?」
彩香の表情は険しかったが、その目は先ほどのように吊り上がってはいなかった。
「この娘は、ニャンニャンは、俺のために、手伝ってくれたんだ。俺が、あんたをやっつけるために、力を貸してくれたんだ!ただ、それだけだ!!あんたを恨んだのは、憎んだのは、俺だ!痛めつけるんなら、俺にしてくれ!!」
純情と言うには、余りにも直線的で、自分勝手な思い込みだった。それだけに、単純に胸を打つ響きがあった。
どちらかと言うと、シラケ気味に彩香は京子を見返した。本来、このような感情の相手は彩香ではなく、京子のものだった。
「もう、そのくらいでいいだろう。彩香、いや、荒神生徒会長……」
そう言って、屋上に降り立った彩香と、留学生の体を抱く科学部長の間に入ったのは、その留学生に捕らわれていた美術講師だった。
気を失っていた彼には、事情はさっぱりわからなかった。ただ、自分のことで、彩香が我を忘れて無茶をしたということだけは、おおよそ察しがついていた。
「先生まで、そうおっしゃるなら……」
そう言うと、彩香は自分の長い髪を頭の後ろで束ねて、再び赤いリボンで結んだ。
その時、それまで固体のように動かなかった空気が動き、風が校舎の屋上を吹き抜けた。