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第10節

    彩の姫巫〈さいのひめみこ〉


 屋上近くの空中に、何事もないかのように平然と、荒神彩香が浮かんでいた。彼女は、メタルフレームの眼鏡の奥から、冷めた視線を向けていた。

 天下無敵の人妻女子高生、世界最高のサイキッカーは、頭の後ろの赤いリボンをゆっくりと解いた。長い黒髪を束ねていたリボンが解け、彼女が軽く首を振ると、まるで夜の闇が広がるように髪は空中に散った。

「ニャンニャンさん、お遊びが、過ぎますわよ……」

「サイカ!」

 驚いて振り返ったニャンニャンは、校庭の上で、自分が操っていたロボットがうずくまったまま、動きを止めていることを知った。

 だが、動きが止まっているのは、ロボットだけではなかった。その、異様な気配にニャンニャンは、初めて狼狽の表情を浮かべた。

「いったい、なにしたあるね?」

「ちょっと、時間の流れを、逆にさせていただきました」

「時間!?」

 ニャンニャンは、再び、校庭の生徒達に目を凝らせた。生徒達は、ある者は口を開け、ある者は走りだしたまま、中途半端な格好で止まっていた。

 よく見ると、その校舎の屋上から目に見える範囲で、動いているものはなかった。空を飛んでいる鳥さえ、そのまま空中に浮かんだまま動かなかった。

「時間が前に進むのと同じだけ、この辺りの私達だけが、過去に遡っているのです……」

『マックス、マックス!聞こえる!?返事する、よろし!!』

 ニャンニャンは、声に出さずに呼びかけたが、目に見えない相手からの返事はなかった。

 空中に浮いたまま彩香の長い髪が、徐々に不思議な輝きを放ちながら、逆立って行った。彼女はその薄い唇の端を歪めて、微かに笑った。

「無駄ですわ、ニャンニャンさん。いえ、サイバー・ウェポン、コード・ナンバー・N2とお呼びした方がよろしいかしら?」

 ニャンニャンは、はじめて恐怖していた。自分よりも、圧倒的に強力な存在があることを、この時、生まれて初めて、思い知らされたのだった。

 ニャンニャンは自分の体から、金色の輝きが次第に衰えて行くことに、気が付いていなかった。

「本体からの、エネルギーの転送がなければ、あなたは活動が出来ないのでしょう?」

 そう言うと、彩香はさもおかしそうに笑った。

 それは、彼女と最も親しいはずの京子でさえ、背筋が寒くなるような、魔女の笑いにも似ていた。

「サイカ、あなたはいったい……」

「あらゆる呪術や占術、魔術や妖術を操る荒神一族の末裔。一族最高の能力者、彩の姫巫こと荒神彩香。超能力だろうと、魔力や妖力だろうと、そいつに不可能はないのさ。忌々しいことだけどね……」

 ニャンニャンの背後で、本当に忌々しそうな顔をしながら、そう言うと、京子はポケットからリンゴを取り出して、一口かじった。これによって、京子は直情的に爆発する自分の感情を、かろうじて押さえていた。

そんな京子の方に、向きを変えようとして、屋上の柵の上のニャンニャンは、バランスを崩した。彼女は、自分の体が、思うように動かなくなったことを、この時はじめて知った。

鈍い音と共に、少女の体は屋上の上に倒れた。

「虚構の存在に質量を与えて、自由に動かすくらいのアトラクションなら、幾らでも付き合って差し上げます。けれど、わたくしの大切な方を人質に取るというなら、お遊びとは言えません。それなりの覚悟を、していただかないと……」

 そう言った彩香は、メタルフレームの眼鏡を外した。その度無しの眼鏡は、普段の生活で自分の眼力が他人に余計な影響を与えないための、彼女なりの気遣いだった。

 眼鏡の下からは、冷たい光を帯びた黒い瞳が現われた。彩香は、それを京子の方へ向いた。

「京子さん、先生をお願い……」

 頷いた京子は、柵の外の透を抱き上げた。

 透の体は硬直していたが、胸の動悸は正常だった。京子は、エィッと活を入れた。微かな呻き声を上げて、透は意識を取り戻した。

 その様子を、優しい眼差しで見守っていた彩香は、屋上に倒れて苦し気に呻いているニャンニャンに、視線を移した。

 やや吊り上がったようにも見える彩香の両目は、その黒い瞳の中に少し哀し気な色を浮かべていた。

「本来、この世にあるまじきモノ、その、元の姿に還れ!」

 そう言った彩香が、天に向かって片手を差し上げ、人差し指を突き出した。その指に、天から細い光の筋が、落雷のように落ちた。

 髪をユラユラと逆立てた彩香は、ゆっくりとその指をニャンニャンに向かって、振り降ろした。

「よせ!やめろ!!」

 突然、若い男が叫び、彩香とニャンニャンの間に飛び込んだ。その男の背中に、彩香の指からほとばしった青白い光が、突き刺さった。

科学部長、捺差内幸司は、その体で留学生の体をかばった。だが、彩香の放った光は、捺差内の体を突き抜けて、ニャンニャンを襲った。

 激しい悲鳴が、中国娘の口から響き渡り、その体は激しく痙攣した。




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