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第八話

ギルカ族の人に料理を作るお話。

一部七海視点が入ります。


修正・加筆の可能性大です。


※今回は難産でアップが少し遅れました…。

 七海に目で合図を送り俺達は調理に取り掛かる。

 森に入ってからの三ヶ月は出来るだけ森で採れた食材で料理を作っていたので、水蓮亭の食材はまだ十分に余裕がある。なので今回は森で採れた食材と水蓮亭の食材の両方を使用する予定だ。作業分担だが、俺が肉料理を担当し、七海には汁物を担当してもらう事にした。


 まず俺はマジックボックスの中からビッグボアのバラ肉とモモ肉、そして玉ねぎを大量に取り出す。そしてバラ肉とモモ肉を適当な大きさに切り分け、包丁で叩きミンチにしていく。

 地球にいた頃と比べて身体能力が飛躍的に向上しているので、以前と比べて作業ペースも段違いに速い。瞬く間にミンチになっていく肉の塊を見て群集からも感嘆の声が上がっていた。


 数分で50キロ程の肉をミンチにし終えた俺は続いて玉ねぎも細かくみじん切りにしていく。そして予め練成術で作っておいた鉄製の特大ボウルに、ミンチにした肉とみじん切りにした玉ねぎを移し塩と粗挽き胡椒で味を調える。そして最後に隠し味でマヨネーズを少量入れ丁寧にかき混ぜていく。これで種は完成だ。


 種を作り終えた俺は調理台の上に鉄製のトレーを用意する。そしてボウルの中から種を適量取り、両手の間で細かくキャッチボールするようにして徐々に形を楕円形に整えていく。これを三百人分作るとなると普通なら相当な時間がかかるが、ここも身体能力に物を言わせ急ピッチで作業を進めていく。一心不乱に肉をキャッチボールし続けていると、気づけば調理台の上には山のようにトレーが積み上がっていた。


 (ようや)く肉の下準備を終えた俺は、次に付け合せの用意に取り掛かる。

 マジックボックスから大根を何本か取り出し、水蓮亭から持ってきたおろし金を使い一本ずつすりおろしていく。恐らく初めて見るであろう大根おろしを村人達も興味深々といった様子で見つめている。

 そして大根をすりおろし終えた俺は、マジックボックスの中からブラックマッシュルーム、ブラウンマッシュルーム、ホワイトマッシュルームの三種類のキノコを取り出す。このキノコは全て森の中で採れた物だ。ブラックマッシュルームはしめじ、ブラウンマッシュルームはエノキダケ、ホワイトマッシュルームはエリンギにそれぞれよく似ている。

 キノコの石づきを丁寧に切り落とした俺は、十台用意したグリドルの内二つに発火の魔法で火を付け三種類のキノコを中火で炒めていく。そして塩胡椒で味を調え、キノコがしんなりとしてきたら火を消しそのまま鉄板の余熱で保温しておく。これで付け合せの準備は完了だ。

 

 そして次にいよいよメインの調理に入る。残り八つのグリドルに発火の魔法で火をつけ、しばらく経ったところで水球の魔法を使い鉄板の上に水を一滴落とす。落とした水が一瞬で蒸発したのを確認した俺は、トレーに用意した肉を鉄板の上に素早く並べていく。

 

 そして全ての肉を鉄板に並び終えた俺はここでさらに作業スピードを上げる。数が数だけに、ここで少しでも調理のタイミングが遅れてしまうと最初の方に置いた肉が焦げてしまうからだ。

 

 俺はフライ返しを両手に持ち、肉を軽く真上に放る要領で素早くひっくり返していく。

 ぽんぽんと宙を舞いながらひっくり返っていく肉の様子を見て、子供達も目をキラキラと輝かせながらはしゃいでいる。

 全ての肉をひっくり返し終え、そのままもう片面に焼き色を付けていく。肉の中まで十分に火が通ったら、保温していたキノコのソテーと大根おろしを肉の上に乗せ、さらにその上から刻んだ紫蘇(しそ)を全体にまんべん無く振り掛ける。ここまでくれば後は最後の仕上げを残すのみだ。

 

 そこで俺はある一つの調味料をイメージし、調味料練成のスキルを発動させた。すると目の前に直径30センチ程の黒い色をした水球が現れた。俺はそれを合計で八つ作り、それぞれの鉄板の上に移動させる。村人達は鉄板の上でふよふよと浮いている黒い塊を見て、これから何が起こるのかと固唾を飲んでいる。

 そして村人達の注目を十分に集めたところで、俺は頭の中で「弾」と念じる。すると八つの黒い水球が同時にパンと弾け、陽の光を浴びながらキラキラと鉄板の上に降り注いだ。その瞬間、群集からわぁっという歓声と共に拍手が巻き起こった。

 

 ちなみに俺が作った調味料は「ポン酢」だ。予め瓶か何かに用意しておいても良かったのだが、せっかくの実演調理だしパフォーマンスも少し凝ってみようかなと考えたのだ。地球にいた頃はただ実直に料理を作るだけだったが、たまにはこういうのもいいよな。


 これで俺の料理は完成だ。名付けるなら…なんだろう、異世界風和風おろしハンバーグか?うーん、何か語呂がおかしいな…。まあ後でゆっくり考えるか。

 

 七海の方を見てみると、小皿に口を付け汁物の味見をしていた。すると視線に気付いた七海が俺に満面の笑みを向けてきた。どうやらあっちも終わったみたいだな。

 

 そして俺達はアイシャの方を向いて頷き、料理の完成を伝えた。



****



 蓮から開始の合図を受けた私は汁物の調理に取り掛かった。

 普段は味に厳しい蓮だけど、私が今から作ろうとしている料理はそんな蓮からお墨付きをもらっている自信の一品だ。

 ギルカ族の人達に料理を振る舞う事になった時、私は自ら蓮にこの料理を作りたいと申し出た。蓮ならきっと一人でも皆を満足させる料理が作れるはずだ。でも私だっていつまでも蓮の後ろ姿を追うばかりでは嫌なのだ。

 

 いつか蓮の横に並び立ってみせる。これは私自身の目標への第一歩なのだ。


 まず私はマジックボックスから、ごぼう、大根、人参、白ネギを取り出し野菜の下準備を始める。ごぼうはささがき、大根はいちょう切り、人参は半月切り、白ネギは斜め切りとそれぞれ形を決めて切っていく。

 まだまだ蓮みたいにスムーズにはいかないけど、私もこの三ヶ月で料理の腕が上がった事は実感出来ている。ステータスが伸びた事も相まって、包丁を振るう速度と正確性も昔と比べたら段違いだ。なんて、ちょっとだけ自画自賛してみる。


 野菜の下準備が終わった私はリストを開き、オークのバラ肉を大量に取り出した。

 ちなみにオークは以前に森の中で狩ったモンスターだ。豚の顔をした二足歩行の亜人で、見た目的に私はちょっと苦手かな。しかも子孫を残す為に人間の女を捕まえて、無理矢理あんな事やこんな事をしてしまうらしい。私はまだ経験すらないのに…そんなのは絶対に嫌。だって私の初めては蓮にあげるって決めてるんだもん。…って何考えてるのこんな時に!私のバカ!

 

 私は意識を調理台に戻し、オークのバラ肉を食べやすい大きさに切り分けていく。

 大量のバラ肉を切り終えた私は次にマジックコンロに火をつけ、寸胴鍋に熱を入れていく。鍋に十分に熱が通ったら、まずはオークのバラ肉を鍋に入れ焼き色をつけていく。

 次に火の通りにくい野菜から順に鍋に投入し、そのままさらに炒めていく。そしてある程度火が通ったところで水球の魔法を使い鍋の中に水を浸す。

 

 ちなみに私はこの料理に関しては出汁を使わない。その分食材を多めに使用する事で、素材から出る旨味だけで十分コクのある味に仕上がるのだ。

 

 鍋が沸騰してきたら丁寧に灰汁(あく)を取り、予め調味料練成で用意しておいた味噌を味噌漉しで少しずつ溶かしていく。ちなみにこの調味料練成は、自分が一度でも食べた事のある調味料なら何でも作れるみたい。うん、凄いよ異世界。まあさすがにもう慣れてきたけどね。


 味噌を溶かし終えた私はマジックボックスから豆腐を取り出し、手の上でさいの目切りにして鍋の中に投入する。そして最後に火を弱火にし、蓋をしてそのままコトコトと煮込んでいく。

 

 鍋を煮込んでいる間に、小口切りにしたあさつきと調味料練成で作った七味唐辛子をそれぞれボウルの中に用意し、鍋の近くに置いた。これはお好みで使ってもらうためのトッピング用だ。

 

 そしてトッピングを用意し終え汁物の味見をしようとした時、群集からどよめきが起きた。何かと思い蓮の方を見てみると巨大な黒い水球を鉄板の上で弾けさせたところだった。…この匂いはポン酢かな。ふふ、蓮もやる事が派手だなぁ。でもせっかくの実演調理なんだし、ああやって見ている人を喜ばせる事も大切だよね。…っといけないいけない、も味見しないとだった。

 

 鍋の蓋を開けた私はスープを小皿に少量取り味見をする。すると口の中に味噌の風味と素材から出た出汁の香りが広がった。うん、上出来上出来。名付けるなら七海特製オーク肉の豚汁ってところかな。

 

 汁物の出来に満足していると蓮と目が合った。私は笑顔で蓮に頷き完成の合図を送った。



****


  

 調理を終えた俺と七海は配膳の準備に取り掛かった。

 ギルカ族の村では日本と同じように食事の際は箸を使用するらしい。その事を事前にアイシャから聞いていた俺は、練成術で予め鉄製の箸を三百膳程用意していた。皿とお椀も鉄製の物を同じ数用意してある。

 俺と七海だけで手分けして配膳してもよかったのだが、さすがにそれだと時間が掛かり過ぎて料理が冷めてしまう。なので食器だけ用意して後はセルフサービスという形を取った。

 

 (しばら)く配膳の補助に追われていると、料理の列に並んでいたシンが俺の前に姿を現した。

 

「シン、待たせて悪かったな。腹減っただろう」


「…別に待ってなどいない」


「まあそう言うなって。ほら、好きなの取ってっていいぞ」


「…フン」


 そしてシンは鉄板からハンバーグを一つ取ると、さっさと豚汁の列に行ってしまった。もっとこう…ほら、この料理は何だとか聞いてくれてもいいんじゃないかな…。

 

 そして全員に料理が行き渡ったところでアイシャが村人達に声をかけた。


「では皆の者!食神ルクレティアの恵みに感謝を!」


 すると村人達が目を閉じながら手を組み、祈りを始めた。どうやらギルカ族では食事の前に神様にこうやって祈りを捧げるみたいだな。それにしてもルクレティアに感謝の祈りか。あんなほわほわした人が食神だって知ったら、ここにいる人達みんな卒倒するんじゃないかな。

 

「…ではレン殿、ナナミ殿。早速頂こう」


「ああ。どうぞ召し上がってくれ」


 祈りが終わり、皿を手に取ったアイシャが見事な箸捌きでハンバーグに箸をつける。そしてハンバーグを口に運んだアイシャは目を閉じながらゆっくりと咀嚼をする。しばらくしてゴク、という音が聞こえたかと思うと、そこでアイシャの動きが完全にフリーズした。


「…ア、アイシャ?」


「…レン殿。これは…」


 …やばい、もしかしたら口に合わなかったかな。女性や子供が多いので食べやすさを考慮してハンバーグにしたつもりだったが、それが裏目に出たか…。

 俺が内心で冷や汗をダラダラ流していると、ゆっくりと皿を置いたアイシャが俺の両肩をガッと掴みブンブンと激しく揺さぶってきた。


「…美味い…美味いぞレン殿ぉぉ!!」


 アイシャがそう叫んだ次の瞬間、群集からも大歓声が上がる。そして(たが)が外れたようにアイシャや広場に集まった村人達が狂ったように料理を貪り始めた。


「…何だ、何なのだこの肉は!箸が止まらん!」


「ああ、これはハンバーグっていう料理だよ。肉を一度細かく潰してから、それをもう一度固めて焼いたものだ」


「に、肉を潰してからもう一度固めるだと!?何の為にそんな事をするのだ!」


「一度細かく潰す事で、肉に含まれる堅い筋繊維が裁断されるんだ。だからこうして食べ応えと食べやすさを両立させる事が出来る。俺の故郷では老若男女から愛される定番の料理だよ」


「な、なんと…。まさかそんな調理方法があるとは…」


「確かにこの肉は食べやすいねぇ。切って焼いただけの肉は固くて食べ辛いけど、この肉ならいくらでも食べられそうだよ」


アイディールが箸を進めながら笑顔でそう言った。やはり肉をそのまま焼いただけではアイディールのような老齢の人は食べ辛いのだろう。いずれは森で採れる食材だけでも作れるハンバーグのレシピを考えて、村の人達にも作ってもらえるよう提案してみようかな。


「…それにしてもこのスープも格別に美味いな!ナナミ殿の腕もレン殿に負けず劣らず素晴らしい!」


「わ、私なんて蓮に比べたら全然だよ!でもそう言ってもらえると嬉しいな!」


 七海がアイシャの言葉に照れながらあたふたとしている。七海の作った豚汁は俺も飲んでみたが、以前にも増してかなりの出来栄えだった。豚汁に関して言えば俺よりも作るのが上手いかもしれないな。これは俺もうかうかしてられないぞ。


 そして広場の方を見渡してみると、端っこの方で空になった器を前にして胡坐(あぐら)をかいているシンの姿を見つけた。俺はシンに歩み寄り声をかけた。


「よう、シン。料理、全部食べてくれたんだな」


「…!」


「どうだった俺達の料理は。シンにも気に入ってもらえたら嬉しいんだけど」


 俺の問い掛けにシンは神妙な顔をしたまま無言で俯いてしまった。すると(しばら)くして、シンは自分の首にぶら下げていたチョーカーを手に取り俺に差し出してきた。


「…これは?」


「…受け取れ」


「…気持ちは嬉しいけど、でもこれは大切な物なんだろう?」


「いいから受け取れ!」


 するとシンは無理矢理俺にチョーカーを渡してきた。そのチョーカーには、魔物の物であろう牙がいくつもあしらわれていた。恐らくこれはシンが自らの手で狩ってきた魔物の物なのだろう。


「…お前達の料理、確かに美味かった。…だが俺はまだお前達を完全に認めたわけじゃないからな!」


 シンは俺にそう言うと足早にその場を立ち去ってしまった。でも作った料理は全部食べてくれたし、とりあえずシンとの関係もこれで一歩前進といったところかな。俺がシンの後姿を目で追っていると、その一部始終を見ていたアイシャから声をかけられた。


「…ギルカ族の人間は施しを受けたらその恩は必ず返す。素直ではないが、それは奴なりの感謝の気持ちなのだろう。どうか受け取ってやってくれ」


「…そうだな。わかった」


 俺はシンから受け取ったチョーカーを首から下げる。何だか俺もギルカ族の一員になれたみたいで嬉しいな。ふと七海の方を見てみると、七海も村人達からチョーカーを贈られていた。どうやら七海の料理も村人達に受け入れてもらえたみたいだ。


「それにしてもよく似合っているなレン殿。まるで本当のギルカ族の戦士のようだ」


「そうか?そう言ってもらえると嬉しいよ」


「ああ。それにレン殿は腕も立つ。ギルカ族の女は強い男が好きだからな。私とてそれは例外ではない。レン殿が良ければ、この村に婿入りに来てほしいくらいだ」


「婿入りって…。気持ちは嬉しいけど、俺はまだこの村の女の人達とまともに話すらしてないんだぞ」

  

「そうか…。まあ、なんだったら私の家に来ても…」


「あ!お兄ちゃんだ!」


 アイシャが何かを言いかけた瞬間、俺の姿に気付いた子供達がわらわらと近寄ってきた。


「お兄ちゃん!さっきのお肉すーっごく美味しかったよ!」


「ねえねえ、お兄ちゃん達もこの村に住みなよ!お兄ちゃん達の料理なら毎日食べたいよ!」


 俺はたちまち子供達に囲まれ、気付けば背中や肩、さらには頭の上にまでよじ登られていた。 そんな俺の姿を見てアイシャは苦笑いのような笑みを浮かべていた。それにしてもアイシャはさっき何を言いかけたんだろうか。


 こうして俺達の実演調理は大きなトラブルも無く、大盛況の内に幕を閉じた。だが今回の調理で水蓮亭に残っていた食材は殆ど使い切ってしまった。今後しばらくは森で採れた食材を中心に料理を作る事になるだろう。そういえばアイシャの話では山を越えた先に王都があるんだったな。いずれは王都の市場も一度見て回りたいな。


 子供達にしがみつかれながら、俺は今後の展望を頭の中で思い浮かべ胸を高鳴らせた。



****



 そしてその夜、俺達の歓迎の宴がアイシャ主催で執り行われる事となった。

 広場は大勢の人で賑わい、俺達を心から歓迎してくれているように感じた。

 宴の料理は村の女性達が用意してくれるみたいだ。昼間に使用したグリドルは村に提供し、そのまま使ってもらう事にした。

 ギルカ族の料理は、主にビッグボアの肉や、村の畑や森で採れた野菜や山菜を適度な大きさに切って鉄板で焼くというものだ。さながらそれは地球でいうところのBBQみたいだった。

 味付けは塩を振りかけるだけというシンプルなもので、昼間俺達の調理を見ていた事もあってか、料理番の女性達はどこか申し訳ないような表情を浮かべていた。

 

 そこで俺はギルカ族の人達の持て成しに一花添えるべく、調味料練成である一つのタレを作った。俺はそのタレを料理番の女性達に渡し、試しに焼いた肉を付けて食べてみてもらった。

 するとタレのついた肉を一口食べた料理番の女性達は皆驚愕の表情を浮かべた。そして次の瞬間、このタレは何だと料理番の女性達から怒涛の質問攻めを受けたのだった。

 ちなみに俺が作ったのはBBQの定番、焼肉のタレだ。肉にも野菜にも合うこのタレは、まさにギルカ族の料理には打って付けだろう。

 俺は壷をいくつか用意してもらい、その中に焼肉のタレをなみなみと注いでいく。そして小皿に取り分けたタレが集まった人全員に行き渡ると、皆そのタレの味に吃驚仰天していた。そして宴は更なる盛り上がりを見せ、用意されていた食材は瞬く間に無くなっていったのだった。


 (しばら)くして食事が終わると、広場の中央で井桁に組まれていた薪に火が放たれた。すると村の人達がその火を囲うように二人一組になってダンスを踊り出した。バンジョーやコンガに似た楽器の音色に彩られたそれは、さながらオクラホマミキサーのようだ。


「ここにいたのかレン殿」


「アイシャか。何だかみんな楽しそうだな」


「ああ、客人なんて本当に久しぶりだからな。それに皆レン殿とナナミ殿を気に入っている」


「そう言ってもらえると嬉しいよ」


「…それでだな、レン殿…」


 アイシャが顔を赤らめながら、何か言いたそうに俺の方を見つめてきた。普段のアイシャは戦士の名に違わぬ凛々しい顔つきをしているが、今は何だか普通の年頃の女性のような表情を浮かべている。


「良かったらその…私と一曲踊ってもらえないか?」


「お、俺とか?俺はダンスとかあまり得意じゃないんだが…」


「だ、大丈夫だ!私のステップに合わせてもらえれば!後はその…私がリードするから…」


 アイシャはそう言うと、もじもじとしながら俺に手を差し出してきた。さすがにここまで言われたらアイシャの誘いを断る事は出来ないな。俺はそう思いアイシャの手をゆっくりと取る。するとアイシャはまるで花が咲いたような笑顔を浮かべ、とても嬉しそうにしていた。そして俺とアイシャはしばらくの間、二人でダンスの時間を楽しんだ。


 やがて夜も更け、宴が終わる頃には広場の人影もまばらとなっていた。俺はアイシャと別れると、俺達用に宛がわれたテントへと向かった。だがテントの中に入ると、そこに七海の姿は無かった。そういえば宴の途中から七海の姿が見えなくなったな。一体どこに行ったんだろうか。



****


 

「おーい!七海ー!」


 あれからしばらく待ったが、いつまで経っても七海はテントに戻ってこなかった。その後村の中を隈なく探したが七海の姿はどこにも無く、今は村の外の湖の周りを探しているところだ。

 そしてしばらく湖沿いを歩いていると、湖の畔でちょこんと体育座りのようにして縮こまっている人影が見えた。俺はその人影に近付き声をかける。


「…こんな所にいたのか七海」


「…」


 俺は七海に声をかけるが、七海はこちらを見向きすらしない。


「…何か怒ってるのか?」


「…知らない。蓮のバカ」


 …何だか物凄く不機嫌だぞ。

 俺はゆっくりと七海の横に腰をおろすが、その瞬間ササっと七海に距離を取られてしまった。


「…なあ、俺何かしたか?」


「…」


 そのまま互いに無言が続き、気まずい雰囲気が徐々にその場に立ちこめる。やがてしばらく経つと、頬を膨らませながら明後日の方向を向いていた七海がゆっくりと口を開いた。

 

「…蓮はアイシャみたいな女の子が好きなの?」


「…は?」


「…だから!蓮は私みたいのじゃなくて、アイシャみたいにスタイルが良くて綺麗な人が好きなのかって聞いてるの!」

 

「い、いや。俺は別にそんな事は…」


 俺が返答に困っていると七海がすっと立ち上がり、俺に向けて手を差し出してきた。


「…ねえ蓮、私と踊ってよ」


「ど、どうした急に…」


「いいから踊ってよ。それとも私と踊るのは嫌なの…?」


 その時、七海の目に薄っすらと涙が溜まっているのが見えた。月明かりに照らされ、憂いを帯びた表情を浮かべている七海を見た瞬間、俺は大きく心を揺さぶられるような感覚を覚えた。

 

 そして気付けば俺は無言で七海の手を取って立ち上がり、七海を自分の方へと引き寄せていた。七海も一瞬驚いたような表情を浮かべたが、そのままゆっくりと俺の腰に手を回してきた。


「…言っとくけど俺はダンスは苦手だぞ。それでもいいのか?」

 

「…いいんじゃないかな別に。それに今は誰も見てないんだしさ」


 七海はそう言うと頬を赤らめながら俺に満面の笑みを向けてきた。

 

 そして俺達は静寂の中、誰もいない湖畔で不恰好なステップを踏みながら二人だけの舞踏会を心行くまで楽しんだのであった。

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