第七話
ギルカ族の村に料理を作りに行くお話。
修正・加筆の可能性大です。
そして気づけばブックマークが27人になっていました。皆様感謝です!
翌日、俺達はギルカ族の村に向かうため水蓮店を後にした。
水蓮亭を持って行く事も考えたが、余所者がいきなり村の中に建物を建てる訳にもいかないので、一先ず材料と一通りの調理用具だけ持参する事にした。
アイシャの話だと、森とは反対方向へ一里程歩いた距離にギルカ族の村はあるらしい。一里というと大体4kmくらいか。それくらいの距離なら一日で往復出来るな。
湖沿いの道を進むと長閑な田園風景が視界一面に広がってきた。空気は良く澄み渡り、どこからか聞こえてくる鳥の囀りが耳に心地良い。この三ヶ月は森の方にしか行ってなかったし、今度弁当でも作ってこの辺にピクニックに来てみるのもいいかもしれないな。
そしてふと横に目を向けてみると、七海がアイシャと楽しそうに話をしていた。思えば七海もこっちに来てからは俺と二人きりだったし、久々に同世代の女の子と話が出来て嬉しいのだろう。
そのまま道なりにしばらく歩いていると、見るからに険しそうな山岳地帯が右手に見えてきた。アイシャの話だと、この山を越えると王都リムドガルトという街に出るらしい。だが山岳地帯は魔物の巣窟らしく、商人や旅人の殆どは山を迂回しながら安全なルートを通るそうだ。
「レン殿、ナナミ殿。そろそろ着くぞ」
アイシャに声を掛けられ前方を見てみると、数百メートル先の山の麓辺りに丸太の防壁で囲まれた一つの村が見えてきた。
「いよいよね、蓮」
「ああ、楽しみだな」
いよいよ異世界での料理人としての第一歩が始まる。俺はそう思い胸を躍らせながら足取りも軽く歩を進めた。
****
「アイシャ姉ちゃん!」
入り口にたどり着くとアイシャの姿に気付いた子供達が村の中からわらわらとこちらに集まってきた。皆アイシャと同じ褐色系の肌で、色鮮やかな民族服を身に纏い、牙や羽で彩られたチョーカーを首から下げている。
「今戻った。遅くなって済まなかったな」
「おかえりアイシャ姉ちゃん!」
「アイシャ姉ちゃん、この人達だれ?」
「ああ、この二人は私の客人だ」
「お客さん!?村にお客さんが来るなんて久しぶり!」
「ねえねえ、二人は旅の人なの?旅のお話聞かせてよ!」
俺と七海は子供達にしがみ付かれながら質問攻めに合う。ずっと村で暮らしてる子供達にとって、きっと旅の話は何よりの娯楽なのだろう。
「こらこらお前達、二人とも困っているだろう。そろそろ離してやってくれ」
「「「はーい!」」」
俺と七海が子供達に揉みくしゃにされていると、見かねたアイシャが助け舟を出してくれた。そして子供達は俺達から離れるとまたどこかへパタパタと走り出して行った。
「済まないな。悪気は無いんだ、許してやってくれ」
「わかってるよ。子供は元気なのが一番だ」
「ギルカ族の子供達は皆好奇心旺盛だ。それに私の客人と言えば好意的に接してくれるだろう」
だがアイシャがそう言った次の瞬間、木の陰から一本の矢が俺目掛けて放たれてきた。俺は指で挟む様にしてその矢を受け止める。矢じりに布が巻きつけられていたので、どうやら俺を殺す気では無いようだ。
「中には好意的じゃないのもいるみたいだな」
アイシャが怒りの表情を浮かべ木の陰を睨み付ける。するとそこから一人の少年が俺達の前に姿を現した。身長は七海と同じくらいで、まだ幼さは残っているが狩猟民族らしい精悍な顔つきをしている。
「シン!貴様何をしている!この者達は私の客人だぞ!」
「…フン!」
シンと呼ばれた少年は悪態をつくと、そのまま走り去るようにどこかへ行ってしまった。
「…怪我は無いかレン殿」
「いや、全く問題無いよ」
「そうそう。蓮はあれくらいじゃやられないよ」
「あの馬鹿には後で私からきつく言っておく。本当に済まなかった」
アイシャが昨日に引き続き土下座をする勢いで謝ってきたので俺達は必死でそれを止めた。族長の孫が村の中で土下座は拙いでしょ…。
一先ず俺達はアイシャの家に向かう事にした。
幼い子供達が村の中を元気に走り回り、女性達は子供を笑顔で見守りながら家事に勤しんでいる。その光景はとても穏やかなものだった。
だが俺は歩きながら村の中を観察している内に一つの違和感を覚える。女性や子供の姿はよく見かけるが、成人した男性の数が極端に少ないのだ。
「なあアイシャ。男の人達は皆狩りにでも行ってるのか?」
「…ッ!」
俺がアイシャにそう聞くと、アイシャは苦悶の表情を浮かべそのまま口篭ってしまった。…何か悪い事でも聞いただろうか。
「…その事は、私の家に着いたらゆっくりと説明させてくれないか」
「わ、わかった。何か言い辛い事を聞いたのなら済まない」
「いや、いいんだ…」
そして気まずい空気のまましばらく歩くと、村の中央に一際大きな布作りのテントが見えてきた。地球で例えるなら、ステップ地方でよく使われる円形のテントに似た物だ。恐らくはあそこが族長の家、つまりはアイシャの家なのだろう。
アイシャを先頭に、俺と七海も続いてそのテントの入り口を潜る。中に入ると正面の一番奥の席に一人の老婆が座っていた。
「大婆様、今戻りました」
「おや、お帰りアイシャ」
「帰りが遅くなり、ご心配をお掛けしました」
「無事に戻って来てくれればそれでいいんだよ。それでアイシャ、その若者達は?」
「彼等には先日故あって一宿一飯の恩を受けました。その恩を返すため、村に招待したのです」
「おお、そうだったのかい。アイシャが世話になったね」
「いえ、俺達は何も」
俺と七海は大婆様と呼ばれた老婆の前に歩み出る。そして片膝を付いて武器を床に置き頭を下げる。この世界の礼儀作法はわからないが、一応これで敬意を示してるようには見えるだろう。
「俺の名前はレン イチノセと言います。国を渡り歩き料理の修業をしている身です。田舎の出なのでもし無礼があればお許し下さい」
「ナナミ スズハラと言います。蓮とは同じ国の出身で一緒に旅をしています。宜しくお願いします」
「おやおや、これはご丁寧にありがとう。私の名前はアイディール。アイシャの祖母でギルカ族の族長を務めております。孫の恩人達よ、村を代表してそなた達を歓迎します」
アイディールが座ったまま綺麗な礼を俺達に返してきた。穏やかな物言いだが、さすがに族長というだけあってその動きの一つ一つに優雅さと威厳が満ち溢れている。
「訳あってあまり大した持て成しも出来ないけど、どうかゆっくりしていっておくれ」
「大婆様、その事についてですが…」
「別に隠す事でも無いだろう。レン殿達もきっと何かを察しているのだろう?」
「ええ…」
重苦しい空気がその場を包む。だがしばらくしてアイシャが意を決したかの様にゆっくりと口を開いた。
「…実はな、ギルカ族は元々こことは違う場所で生活をしていたのだ」
「違う場所?」
「ああ、もう10年程前になるか。とある理由で我らは元いた村を追われ、この場所に流れ着いたのだ」
そしてアイシャがゆっくりと事の顛末を語り出した。
ギルカ族は元々この場所より遥か南方で狩りをしながら生活をする部族だったみたいだ。
だがある日、村に突如一つの盗賊団が現れ略奪を始めたそうだ。村の戦士達も必死に抵抗したが、男達は無残に殺され、若い女達は荒くれ者達の慰め者となったらしい。捕まった子供達は恐らく奴隷商に売られたのだろうとアイシャは言う。
「…酷い」
「…でもアイシャの実力を見る限り、ギルカ族の戦士がそう簡単に負けるとは思えないけど…」
「…その辺の盗賊団や野盗ならな。だが奴等はそうではなかった…。桁違いに強かったんだ」
アイシャの村を襲った盗賊団は名を「黒い牙」といい、その地方ではかなり有名だったそうだ。特に頭の男にはギルカ族の戦士が束になっても傷一つ付けられなかったらしい。
「私の父と母もその男に殺されたんだ…」
アイシャがギリ、と歯を噛み締め怒りを露わにしている。七海の方を見てみると肩を震わせながら涙を流していた。優しくて感受性の強い七海の事だ。アイシャの気持ちを察しているのだろう。
ちなみに先程俺に矢を放ってきたシンという少年の父親もこの時殺されたらしい。最後はシンを庇うようにして敵の刃を背中に受けたそうだ。目の前で父親を殺された事が原因でシンは余所者に異常なまでの敵意を抱くようになったという。
そして襲撃から生き延びた者達がこの場所に流れ着き、ひっそりと暮らしているのだとアイシャはそう口にした。
「生き延びた者達は、少なからず盗賊団や野盗に対して嫌悪感や恐怖心を抱いている。私が昨日レン殿を襲ったのも…」
「…その事はもういいよ。そんな話を聞いたらアイシャを責める事なんて出来ない」
「…済まない」
アイシャの話が終わり場が膠着すると、一部始終を見ていたアイディールがゆっくりと口を開いた。
「だがそれももう10年も前の話だよ。今では村も徐々に活気を取り戻し、アイシャやシンのような若い戦士達も育ってきている。私達は前を向いて歩んでいかなければならないのさ」
「大婆様…」
アイディールがその場を取り繕う様に言葉を口にすると、アイシャも次第に落ち着きを取り戻していく。ギルカ族にこんな深い闇があったなんてな。それにしても黒い牙か。特に頭の男は相当な強さだろうな。話を聞く限りでは今の俺と七海でも勝てるかどうか微妙な所だ。
どうやらこの世界はまだまだ広いという事か。
****
話が終わる頃には陽の位置も中天にあったので、俺達は早速昼食を振る舞うための準備を始めた。
ギルカ族の人口は凡そ三百人程らしい。村全員分の食事を用意するとなると一つの厨房では少し手狭だ。俺はそれを見越して、予め練成術で特製の鉄板を十枚と寸胴鍋を五つ作り用意していた。
村の中央の広場に案内された俺はその場所で石を組み上げ、その上に鉄板を乗せて即席のグリドルを作る。寸胴鍋の方はマジックコンロを使用する予定だ。調理台はアイシャの家から横長のテーブルを借してもらい、それを使用する事にした。
俺が調理の準備を始めていると、村の人達が徐々に広場へ集まりだしていた。そういえば実演調理するのは始めてだな。
「…蓮、どうしよう。ちょっと緊張してきちゃった」
「大丈夫だよ七海。いつも通りやろう」
「…うん、そうだね!」
俺は七海の肩をぽんと叩き緊張を解す。七海もそれで多少リラックス出来たのか、俺に笑顔を向けてきた。
そして俺達が調理の準備を終えると、集まった村の人々に向けてアイシャが声を掛けた。
「皆の者!彼らは我が友であり素晴らしい腕を持つ料理人、レン殿とナナミ殿だ!今日は我がギルカ族の為に昼食を振る舞ってもらう事となった!」
アイシャの言葉を聞き、幼い子供達は大いに喜びはしゃいでいる。だが大人達はどこか不安げな表情を浮かべ、懐疑的な視線を俺達に送ってきた。ギルカ族の過去を考えれば当然と言えば当然だな。だがアイシャはそれに構わず言葉を続ける。
「彼等は信用に値する者達だ!それは族長の孫である私がこの名に懸けて証明しよう!彼等は料理人としての矜持を持ち、全身全霊を持って我等に料理を振る舞うと言ってくれた!それならば我等もその気概に応えるべきであろう!」
アイシャのその言葉に、集まったギルカ族の人々は水を打ったようにしんと静まり返る。それにしても凄いリーダーシップだな。この辺はさすが族長の孫といったところか。
すると次第に大人達が顔を見合わせ、それならばという様な態度を示した。だがその時、群集の中から一人の少年が前に歩み出て声を上げた。
「待ってくれアイシャ姉!いくらアイシャ姉の友だからといって、俺は余所者に料理を作らせるなんて反対だ!」
それは先程俺に矢を放ってきた少年、シンだった。
「シンよ。お前には私の言葉が聞こえてなかったのか?」
「もちろん聞こえてたさ!だけどあんな事があったのに余所者の施しを受けるなんて、それこそギルカ族の矜持に傷が付くんじゃないのか!」
「黙れシン!我が友にそれ以上の暴言は許さぬぞ!」
「…ッ!」
アイシャが持っていた槍をシンの喉元に突きつける。それを横で見ていた俺はアイシャの槍に手をかけ、首を横に振りながら槍を下げるようにと視線を送った。
「レン殿…」
俺はそのままアイシャを後ろに下がらせ、シンの前に歩み出て声をかけた。
「…シンっていったな。俺の名前はレン。さっきアイシャからも紹介されたが、アイシャの友人で料理人をやっている」
「…だったら何だ」
「アイシャからギルカ族の過去の話は聞いてるよ。そして君の父親の事もね」
「…なッ!」
「確かに俺達は余所者だ。だから君の心の痛みを理解しようとしても、その全てはわかってやれないだろう」
「な、なら放っておいてくれ!所詮余所者には俺の気持ちなんて…!」
シンの肩が小刻みに振るえ、目には涙を溜めている。目の前で父親を殺され、今までずっと心に闇を抱えて生きて来たシンの絶望は俺には計り知れない。だがそれでも俺はシンの肩をぽんと叩き言葉を続ける。
「…実はなシン。俺も今年事故で親父を亡くしてるんだ」
「…ッ!」
「親父は俺と同じ料理人だった。うちは小さな店だったが、親父は最後の最後まで料理人としての誇りを持って戦った。俺はそんな父親の姿を見て料理人になったんだ」
「…」
「きっとシンの父親も君に立派なギルカ族の戦士になってほしいと願い、最後まで戦士としての誇りを持って戦ったはずだ。シンはそんな父親の姿を見て何を感じた?きっとシンの父親も、過去に囚われて前に進めないでいる君の姿を見たら悲しむはずだ」
「…お、俺は」
「済まない、少し説教臭くなってしまったな。偉そうな事を言ったが所詮俺はただの料理人だ。多少戦う事も出来るが、結局は料理を作る事しか脳が無い。でも俺は自分の作った料理で、お客さんをひと時でも幸せな気持ちに出来る事を誇りに思っている」
「…」
「俺はこの料理人としての誇りを持ってギルカ族の人達に料理を振る舞いたい。どうかな、俺の料理を食べてみてはくれないか?」
「…」
「蓮…」
「レン殿…」
シンは暫く俯いたまま微動だにしなかったが、やがてゆっくりと顔を上げ俺の目をしっかりと見て弱々しくもはっきりと自分の気持ちを言葉にした。
「…お前の言うその誇りというものを見せてもらおう。だが、もし俺が何も感じなければアイシャ姉の友だろうと二度とギルカ族の村は跨がせない…!」
「ありがとうシン。その言葉を聞けただけでも十分だ」
「…フン!」
シンは最後に悪態を付くと群集の中に戻っていった。
「ではレン殿、ナナミ殿、宜しく頼む」
「ああ、任せておけ」
「オッケー!美味しい料理作るからね!」
俺の言葉に触発されたのか、どうやら七海も気合十分のようだ。俺も大見栄を切った以上は全力でシンの言葉に応えなければならないな。
そして俺はいつものサロンを腰に巻き、愛用の包丁を手に取り一呼吸付く。
「よし…始めるか!」
すると次の瞬間、心地のよい風が俺の頬を一撫した。俺は何となく、親父が俺にやってみせろと言っているように感じたのだった。