第二十二話
プレオープンでの一齣と、新たな相棒との出会い。
修正・加筆の可能性大です。
そして皆様、あけましておめでとうございます。
相変わらずのんべんだらりと書いておりますが、今後ともどうぞよしなに。
「姉ちゃん!こっちにチキンカレー追加!」
「こっちはキーマカレー二つだ!」
「はいはーい!」
ホールから注文の声が届く。
この賑やかな感じは本当に久しぶりだ。
プレオープンの時間となり、まず一番最初に店に訪れたのはハンス率いる衛兵団だった。
衛兵団の皆は今日のプレオープンをとても楽しみにしてくれていたらしく、ほぼ全員が朝食を抜いてきたそうだ。
腹を空かせた働き盛りの男達の食欲は凄まじく、その注文の数で厨房は一気に戦場と化した。
「蓮、チキンとキーマ二つ追加ね!」
「あいよ!」
七海が厨房内にいる俺にオーダーを通すと、矢継ぎ早にホールの中を駆け回る。
ちなみに今日の仕事の振り分けは、料理担当が俺、ホール担当が七海、アイシャとリムは仲良く皿洗いだ。
「それにしても大盛況だな、レン殿」
「ああ。ハンスさんが衛兵団の皆を連れてきてくれたから、何とか形になったな」
「私も何か出来る事があれば良いのだが…こんな事しか出来なくてすまないな」
「何言ってるんだアイシャ。皿洗いも立派な仕事だぞ?」
「むう、そうか…」
「リムもお皿洗い頑張ってるよ!」
「ああ、リムも偉いな。店が終わったら美味い飯を作ってやるからな」
「わーい!」
リムが嬉しそうにしながら再びごしごしとカレーで汚れた皿を洗い始めた。
思えばリムもここに来てから随分と明るくなったものだ。
だがいつまでもこのままという訳にもいかないし、店の営業が安定したら父親探しもしてやらないといけないな。
「蓮!チキン三つ追加ね!さっきのはまだ出ない?」
「ああ、悪い悪い。すぐに出すよ」
ホールにいる七海から催促を受け、俺は再び調理へと戻る。
今日は昼のみの限定営業だが、この調子なら予定時間よりも早く用意した分が無くなってしまいそうだ。
ちなみに今日出しているセットにはドリンクも付けているのだが、これはマーゼルの露店で買ったフルーツで作った物だ。数種類のフルーツドリンクからお好みで選べるようになっている。
本当はヨーグルトベースで作るラッシーなんかを用意したかったのだが、どうやらこの世界にはヨーグルトという物自体が存在しないらしい。
種菌を用意出来ればすぐに作れるのだが、その辺は今後要研究だな。
「七海、チキンとキーマ二つ上がったぞ!」
「はーい!そういえば蓮、今さっき商業ギルドのマスターが来たわよ。私が一瞬厨房とホール両方見るから挨拶に行ってくれば?」
「おお、そうか。じゃあ悪いけど一瞬厨房を頼めるか?」
「オッケー、任せて」
俺は厨房を七海に任せて、商業ギルドのマスターであるシェパードの元へ挨拶に向かった。
それにしても新人会員の店にギルドのマスターが直々に来てくれるなんて、普通では考えられないんだろうな。
繋がりを作ってくれたガイラムには本当に感謝しなければならないな。
「こんにちはシェパードさん。よくいらして下さいました」
「ふぉっふぉ、久しぶりじゃのう。こちらこそ、今日は呼んでくれてありがとうの」
俺がシェパードに向けて深々とお辞儀をすると、シェパードは見事な髭を擦りながら笑顔で応えてくれた。
そしてふとシェパードの対面に目を向けてみると、見た事の無い中性的な男が座っていた。
歳は俺と同じ位だろうか。輝く様な銀色の髪を肩まで伸ばし、毛先は綺麗に切り揃えられている。そしてその鋭い切れ長の目は、どちらかというと俺に冷たい印象を与えた。
「いえ、とんでもないです。それでこちらの方は…」
「おお、そうじゃった。ここに来る前にたまたま顔を合わせて、面白い店があるからとワシが誘ったんじゃ。彼の名は…」
「…僕の事はいいですよシェパードさん。どうせもう二度とこの店には来ませんから。おっと、お前も名乗る必要は無いぞ。覚えるつもりも無いからな」
銀髪の青年が俺を一瞥した後、鼻で笑うようにしてそう言い放った。
小奇麗な見た目にこの態度の大きさ…もしかしてコイツはどこぞの貴族の息子か何かか?
「さてブロンズランク、さっさと料理を持ってくるがいい。プラチナランクの天才料理人である僕が、直々にブロンズランク如きの料理を食べてやろうと言ってるんだ」
「プラチナランク?」
「ああ、その通りだ。僕はプラチナランクであった父の店を受け継いだ、言わばエリート中のエリートだ。お前などとは生まれた時から立場が違う」
「…何だ。じゃあ別にお前が実力でプラチナランクになった訳じゃないのか。天才料理人が聞いて呆れるな」
「…ッ!なんだと貴様!」
「おい、お前達止めんか…」
シェパードが困った様子で目線で火花を散らす俺と銀髪の男の間に割って入ろうとする。
するとその時、俺の後頭部にガンと何か硬い物で殴られたような衝撃が走った。
何かと思い後ろを振り返ってみると、フライパンを持った七海が鬼の形相でそこに立っていた。
「こら、蓮!お客様に何て事言うの!」
「な、七海。だってこいつが…」
「だってもへったくれも無いの!お客様、申し訳ありませんでした」
「ふ、ふふ…。こっちのお嬢さんは貴様と違ってきちんと自分の立場を弁えてるじゃないか」
「うちの馬鹿がとんだ失礼を…。お許し下さい」
「…いや、構わない。君のような素敵なレディの謝罪を無下に扱ったら、この天才料理人ウィアティスの名折れだ。そうだ君、食事が終わったらその後一緒にお茶でも…」
「いえ、私は店の番がありますので遠慮させて頂きます。それでご注文はお決まりになりましたか?」
七海がウィアティスと名乗った男の誘いを営業スマイルでいなした。
笑顔を作ってはいるが、長い付き合いの俺にはわかる。
これは七海も心の中では相当切れてるな。
「ぐぬ…そうか。ではそうだな、僕はこのチキンカレーとやらをもらおう」
「ではワシも同じ物を」
「かしこまりました。ほら蓮、挨拶が済んだならさっさと厨房に戻る!」
注文を受けると、七海が俺の耳を引っ張って厨房に戻るよう促してくる。
何だか八つ当たりを受けてるみたいで解せないが、言いたいように言われて腸が煮えくり返ってるのは俺も同じだ。
こうなったらこの坊ちゃんに目に物を見せてやろうじゃないか。
俺はそんな事を思いつつ、腰に巻いたサロンの紐を締め直しながら厨房へと戻った。
****
「お待たせしました。こちらが当店一押しのチキンカレーになります」
厨房へと戻りチキンカレーのセットを二膳用意した俺は、厨房を七海に任せ、自らシェパードとウィアティスが待つテーブルへと足を運んだ。
「ふん、別に心待ちになどしてはいないがな。それにしても何だこの料理は。下賎な色をしていて見るからに品が無い。やはりブロンズランクの店の料理はこの程度か」
「…じゃが、何だかとても食欲をそそる匂いじゃ。どれ、早速」
「シェパードさん、この料理はそちらの白いパンをスープに浸して食べるのが基本となります。もし良ければ是非」
「むう、こうか?」
俺がカレーの食べ方をシェパードに説明すると、シェパードはその通りにナンを一口大に千切り、カレーに浸して口の中へと運んだ。
そして数回程租借する内に、見る見ると驚愕の表情へと移り変わっていくのが見て取れた。
「な、なんじゃこれは…!美味い!とてつもなく美味いぞ!」
「お気に召してもらえたようで良かったです」
「これは…香辛料の辛さか!この辛さが何とも後を引く。こんな料理は今まで食べた事が無いぞ!」
そう言うとシェパードは更に一口二口と貪欲にカレーを食らい始めた。
舌の肥えたシェパードの口に合うかどうか少し心配だったが、どうやらカレーの味は気に入ってもらえたようだ。
そして対面に目を向けてみると、ウィアティスという名の青年は勢い良くカレーを食すシェパードを信じられないといった様子で見ている。
「ウィアティスさんは食べないのですか?料理が冷めますよ」
「…ッ!う、煩い!店の人間が食べるタイミングを客に強要するな!言われなくても今から食べる!」
「そうですか、それは失礼しました」
俺がウィアティスにチクリと釘を刺すと、ウィアティスも悪態をつきながら俺に言葉を返してきた。
普段の俺なら客にどんな事を言われても冷静でいられるのだが、同年代の料理人という事もあってか、無意識の内に対抗心が生まれてしまっているのだろうか。
やれやれ、まだまだ俺も子供だな。
「それにしても、ナイフもフォークも使わずよもや手で食べるなんて。全く、本当に品が無い…」
ウィアティスがブツブツと文句を言いながら、ナンを一口大に千切り、カレーに浸して口の中へと運んだ。
さて、自称天才料理人とやらの反応は如何なものだろうか。
「…ッ!!」
ウィアティスもシェパードと同じく、数回程租借した後に驚きの表情を浮かべ目を見開いた。
そして特に感想を言う事も無く、そのまま黙々とカレーを口に運び続けた。
額に汗を浮かべながら、ただ只管にカレーを食すその姿からは彼の言う品などというものは一切感じられない。
まあそもそもカレーは主に一般階級で親しまれている料理だ。
品性を持って優雅に食べられてもそれはそれで違和感がある。
「くそ…ッ!僕がこんな料理に…!だが、手が…手が止まらない!」
ウィアティスがブツブツと文句を言いながらも休む事無くカレーを食べ続ける。
そして気付けばウィアティスとシェパードの皿は綺麗に空となっていた。
「カレーの味はどうでしたか?気に入ってもらえたでしょうか」
「…うむ。ワシも色んな店の料理を食べ歩いたという自負があるが、これ程の料理に巡り合う事は中々無い。見事じゃったぞ、レン殿」
「そうですか、そう言って頂けると嬉しいです。…それで、ウィアティスさんは?」
「…ッ!ふ、ふふ。ま、まあ予想していたよりは美味かったが、所詮ブロンズランクの店の味なんてこんなものだろう」
「その割にはあっという間に完食していたが?」
「う、煩い!僕はただ腹が減っていただけだ!腹が減っている時はどんなに不味い料理でも、多少は美味く感じるものだからな!」
「…何だと?」
ウィアティスの悪態に痺れを切らした俺は、再びウィアティスに向けて鋭い視線を送った。
だが俺とウィアティスが目線で火花を散らしていると、再びゴンという音と共に後頭部に鈍痛が走った。
「蓮!さっきも言ったでしょ!全くもう、いつもの蓮らしくないよ?」
「な、七海…」
「お客様、当店の料理を食して下さってありがとうございます」
「…ふ、ふふ。いや、君の様な可憐なレディに免じて食べたまでに過ぎないよ。そうだ、また日を改めて僕とお茶でも…」
「生憎ですが、席数に限りがありますので食事がお済みになりましたら速やかにお帰り頂ければ幸いです。あ、シェパードさんはゆっくりしていってくださいね」
七海が営業スマイルを浮かべながらしれっと辛辣な言葉をウィアティスに投げかける。
その時俺は心の中で七海にぐっと親指を立てた。
ナイスショブだ七海。
「…ぐぬぬ、どいつもこいつも僕を馬鹿にしやがって…!おい貴様、レンといったな!」
「そうだが、何だ?」
「僕の店は北地区にある!こんな廃れた東地区にある店とは違い、由緒ある格式の高い店だ!客層だって上流階級の人間や貴族ばかりだ!」
「だからどうしたんだ?」
「貴様、一度僕の店に来るがいい!僕が貴様に本当の料理というものを教えてやる!」
ウィアティスはそう言うと席から立ち上がり、ビシっと俺に人差し指を向けてきた。
何だこのお決まりの展開は。それに加えてウィアティスのこの態度、ここまでくると逆に清々しささえ感じるな。
「…わかった。気が向いたらその内行く事にするよ」
「気が向いたらではなく必ず来い!もちろん金は取るがな!まあ、貴様のような貧乏人ではいつ来られるかわからないか!ははは!」
「言ってろ、この自称天才料理人。まあ、お前の言う本当の料理っていうのを楽しみにしてるよ」
「…ぐッ、この減らず口が!…まあいい、では僕はこの辺で失礼する。…必ず来いよ、レン!」
ウィアティスは最後にそう捨てゼリフを吐くと、肩を怒らせながら店を後にした。
階級制度の色濃いこの世界にはああいうタイプの人間もいるだろうとある程度予測はしていたが、実際に目の当たりにすると何とも言えない気分になるな。
まあ実際にあいつがどんな料理を作るのか興味があるというのもまた事実ではあるが。
「…レン殿、何だかすまなかったのう」
「いえ、シェパードさんが謝る事ではありませんよ」
「だが彼は実際にとても素晴らしい料理を作るのだ。あまり比較するものでもないが、このカレーという料理にも引けは取らないと思うぞ」
「…なるほど。口だけでは無いという事ですね」
シェパードがウィアティスの事を擁護するように俺にそう言ってきた。
俺はその言葉を聞いて、妙に感情が高ぶるのを感じた。
自分で言うのも何だが、カレーの出来に関してはそれなりに自信があった。
だが舌の肥えたシェパードがそう言うのなら、ウィアティスもそれなりの腕を持っているという事なのだろう。
「そういえばあいつ、覚える気は無いなんて言っておきながら、最後に俺の事を名前で呼んでたな。ウィアティス…か。俺も名前だけは覚えておくか」
俺は銀髪の自称天才料理人、ウィアティスの名を心に刻んだ。
そして大変不本意ではあるが、これが後にライバルとなる存在との初めての出会いであったのだった。
その後店にはエネットやマーゼル、冒険者ギルドの面々が訪れ、カレーに関しては軒並み高評価をもらう事が出来た。
ちょっとしたトラブルはあったが、こうしてプレオープンは盛況の内に幕を閉じる事となった。
****
プレオープンから二日後、俺と七海は西地区にあるゴルドフの鍛冶屋へと向けて足を運んでいた。
包丁を依頼してから今日で丁度五日、どんな風に仕上がっているのか期待に胸を膨らませると、自然と足取りも軽くなってしまう。
そしてゴルドフの店がある細い裏通りに入ると、あの時と同じ様に心地良い金属を叩く音が耳に届いてきた。
店前まで行き俺が大きめの声でゴルドフに声を掛けると、暫くして奥から煤だらけのゴルドフが姿を現した。
「こんにちはゴルドフさん」
「よう、お前達か!例のブツを取りに来たんだよな!すげぇモンが出来てるぜ!」
「そうですか、それは楽しみです」
「ふふふ、きっとお前の想像の遥か上をいくと思うぜ。持ってくるからちょっと待ってな!」
ゴルドフは自信満々にそう言うと、店の奥へと消えていった。
そしてそのまま暫く待っていると、ゴルドフが鞘に収められた二本の包丁を持って再び姿を現した。
「こっちがお前ので、一回り小ぶりなのがお嬢ちゃんのだ!鞘から抜いて見てみてくれ!」
ゴルドフは俺たちに包丁を手渡すとそのまま腕を組み、得意げな様子で鼻息を荒くした。
俺はゴルドフから渡された包丁を鞘から抜き、その出来栄えを確かめた。
まず俺は包丁の柄を握った瞬間のその感触に驚かされた。
手に吸い付くようなその感触は、まるで自分の身体と一体になったような気にすらさせられる。
そしてなんと言ってもその刀身だ。
赤色に鈍く光ったオリハルコンの刀身は、見ているだけでその中に吸い込まれるような感覚すら覚える。
「…これは凄い」
「…本当ね。まるで刀身の先まで自分の身体の一部になったみたいな感じ…」
「ふふふ、そうだろう!俺も今まで数え切れない程の仕事をこなしてきたが、そのホウチョウとやらの出来はその中でも三本の指に入る仕上がりだぜ!がははは!」
ゴルドフがどうだと言わんばかりに豪快な高笑いを上げた。
それにしても本当に見事な包丁だ。
これをもし地球で手に入れるとしたら、一体どれだけ金を積まなければならないのか想像すら出来ない。
「そうだ、折角だし試し切りでもしていくか?良かったらキッチンを貸すぜ」
「いいんですか?」
「遠慮するこたねぇさ。よし、二人共中に入んな!ちと散らかってるが勘弁してくれ!」
ゴルドフはそう言うと俺達を手招きし、家の中へと先導した。
男の一人暮らしという事だが、中に入ってみると部屋の中は比較的小奇麗に整理されていた。
そしてキッチンに足を踏み入れると、ゴルドフの身長に合わせた背の低い造りの調理台が姿を現した。
「お前達からするとちょいと背の低い調理台かもしれんが、そこは勘弁してくれ」
「いえ、問題ありませんよ」
「さて、何か試し切りに使えそうな物は…お、アップリアがあるな!ちょっとコイツを切ってみてくれ」
「わかりました」
俺はゴルドフからアップリアを一つ受け取り、用意されていた木製のまな板の上に乗せた。
そしていざアップリアに包丁を入れてみると、まるでアップリアが豆腐でも切ったかのように音も無く半分に切れた。
だが更に驚く事に、勢い余ったまま包丁を手前に引くと、下にあった木製のまな板までもが綺麗に真っ二つになってしまったのだ。
「…」
その光景を見て、その場にいる全員が絶句してしまった。
アップリアは勿論、木製のまな板の切り口を見ても繊維一つ傷付いてない。
昔何かの漫画で見た事があるが、ここまで鋭利な切り口なら、切った物を元に戻す戻し切りなんていう離れ業すら可能なのではないかと思ってしまう。
「…す、すみません」
「…いや、良いって事よ。俺もすげぇモンが出来たと自負はしていたが、腕の良い料理人が使うとまさかここまでの切れ味になるとはな…」
「でも確かに切れ味は物凄いけど、料理の度にまな板を真っ二つにする訳にもいかないわよ…?」
「ふむ…。よし、二人共リビングで少し待ってな」
ゴルドフは俺達にそう言うと、工房の中へと姿を消していった。
そしてそのまま暫くリビングで待っていると、ゴルドフが工房から二枚のまな板らしき物を持って姿を現した。
「おう、待たせたな」
「その板は…まな板ですか?」
「ああ、その通りだ。本来は武器の柄に使う為に用意してた物なんだが、樹齢千年のエルダートレントを使ってまな板を作ってみた。恐らくこれなら問題無いだろう」
ゴルドフはそう言うと、俺と七海にまな板を手渡してきた。
俺はそのまな板をドアをノックするように叩いてみると、カンカンと密度の高そうな音が返ってきた。
実際に使ってみないと何とも言えないが、あまり無茶な包丁捌きをしなければ問題は無さそうだ。
「これも頂いていいんですか?」
「ああ、気にせず貰ってくれ。その代わりと言っちゃなんだが、お前達に一つ要望がある」
「要望ですか?」
「俺は良い仕事が出来た時は、その作品に必ず名前を付けるようにしてるんだ。もし良かったら、お前達がそのホウチョウに名前を付けてやってくれ」
「なるほど、名前ですか…」
俺は赤く光る包丁の刀身を見つめながら、何か良い名前は無いかと考えてみる。
そしてふと、昔俺の母親が好きだったという一つの紅い花の名前を脳裏に思い浮かべた。
「雪椿…」
「ほうユキツバキか。それはどういう意味だ?」
「死んだ母親が好きだった花の名前です。俺の故郷にはよく咲いていました」
「ふむ、聞き覚えの無い名だが良い響きだな。お嬢ちゃんはどうだ?」
「…紅い花…蓮…睡蓮…。うん、私は睡蓮にします」
「スイレンか。ちなみにお嬢ちゃんは何でその名前にしたんだ?」
「…ッ!い、いやその…何と言うか…私も好きな花の名前を付けました…あはは」
「…七海、睡蓮なんて好きだったっけ?初耳だけど…」
「れ、蓮に言ってなかっただけだし!」
「そ、そうか…?」
「ふむ、ユキツバキにスイレンか。実際に見た事はねぇが、二つとも響きの良い名だ。よし、じゃあ決まりだな!」
ゴルドフがゴツゴツとした手をポンと叩き、満足気に微笑んだ。
こうして俺と七海は料理人には無くてはならない、世界でただ一つの相棒を手に入れた。
これでいよいよ開店に向け全ての準備が整った。
俺は雪椿の刀身を見つめながら、今後の展望に想いを馳せた。
書いてて思いましたが、まな板まで切れる包丁とか超怖いですよね。
料理の時は身体強化必須かもしれません。




