第二十話
冒険者ギルドで仕事を請ける話。
※活動報告にも書きましたが、PCが壊れ、復旧作業に時間がかかってしまいました…。
まだ完全に復旧できた訳では無いのですが、何とか投稿のペースを戻していけるように頑張ります。
体に妙な圧迫感を感じ、意識が徐々に覚醒していく。
これと似たような違和感を、俺はつい最近体感したばかりだ。
またリムが俺の布団にこっそりと忍び込んできたのだろうか。
「…ん、リムか?」
俺は眠い目を擦りながら、この違和感の正体に言葉をかける。
それにしても、以前リムが忍び込んで来た時よりも若干重いような…。
「やあ、おはようレン殿。良い朝だな」
「…は?」
その声を聞き、俺の意識は一気に覚醒する。
そして目を見開いてみると、仰向けで寝ていた俺の胸元辺りにアイシャの顔があった。
「…ア、アイシャ!一体何して…」
「おっと、あまり大声を出さないでもらおうか。この状況をナナミ殿に見られたら、レン殿もただでは済まないだろう?」
アイシャが俺の唇に人差し指を当て、大声を出さないようにと促してくる。
俺は何とかベッドから抜け出そうとするが、俺の体はアイシャの足にガッシリとホールドされていて動く事が出来ない。
「…わ、わかったよ。それで、何でこんな事をしてるんだ?」
「ふむ。実はレン殿にいくつか聞きたい事があってな」
「…聞きたい事?」
「うむ。単刀直入に聞くが、昨日はあんな遅くまで一体何処で何をしていたのだ?」
「か、買い物をしてたんだよ。思ったよりも買う物が多くて、それで遅くなったんだ。アイシャとリムの服も買ってきてあっただろう?」
「ほう…。まあ確かに結構な買い物の量ではあったな。ではもう一つ聞きたい事がある」
「もう一つ?」
「何故ナナミ殿から発情期のメスと同じ匂いがしたのだ?」
アイシャが自らの顔を俺の顔にずいと近づけ、こちらが本題とばかりに俺の顔を覗き込んでくる。
鋭く光るアイシャの目は、まるで獲物を狙う鷹か何かの様だ。
「…ま、待ってくれアイシャ!俺達は別に何も…」
「…まあ良い。レン殿、横になったままでいいから両手を上に上げてもらえるか?」
「こ、こうか?」
アイシャに言われるがまま、俺は横になったまま両手を上げてみる。すると次の瞬間、アイシャに着ていた寝巻きを一瞬にして剥ぎ取られてしまった。
そして何を思ったか、アイシャは俺の体に顔を近づけ匂いを嗅ぎ始めた。
「ア、アイシャ!な、何を…」
「決まっているだろう。ナナミ殿の匂いがしないか調べている」
アイシャはさも当然の事だというような表情で俺の顔を見てくる。
困惑する俺を一瞥したアイシャは、引き続き俺の体を嘗め回すかのように匂いを嗅いでくる。
というか他人の匂いまでわかるとか、アイシャは獣か何かか…。
「…はぁ…はぁ…」
暫くすると、アイシャの様子が徐々におかしくなってきているのがわかった。
体が火照り、息遣いも俺の耳に届くほどに荒くなってきている。
「…ど、どうしたアイシャ?」
「…だ、駄目だ。もう辛抱堪らん」
アイシャの息遣いがより一層荒くなったと思った次の瞬間、アイシャが着ていた上着をたくし上げ、そのまま床に脱ぎ捨てた。
スポーツブラのような下着一枚になったアイシャが、恍惚とした表情で俺の事を見下ろしてくる。
それにしても見事な肉体美だ。まるで、オリンピックで見るような一流の女性アスリートの体を彷彿とさせる。
「お、おい!何をしてるんだ!」
「…何をって、見ればわかるだろう?」
「早まるなアイシャ!それにまだ朝だぞ!いや、夜だからといって良い訳でも無いけど!」
「そんな無体な事を言うなレン殿…。レン殿はそのまま横になっていればいい」
アイシャはそう言うと再び俺の体の匂いを嗅ぎ始めた。
直に触れるアイシャの体は、火傷しそうな程に熱を帯びている。
褐色の肌からはうっすらと汗が滲んでいて、それがまた何とも言えない妖艶な雰囲気を漂わせていた。
「ああ、この雄の匂い…堪らん…」
「ちょ…待…」
「…そうだ。確かこういうのは始める前にまず口付けをするのが礼儀だったな」
アイシャはそう言うと、自らの顔を俺の顔に近づけてくる。
アイシャの吐息が俺の顔に触れた瞬間、背中にまるで電流でも流れたかのような衝撃を覚えた。
「ま、待てアイシャ!これ以上は洒落にならない!一旦落ち着こう!」
「…レン殿、強い子を産むからな」
「俺の話を聞けー!」
そして俺とアイシャの唇が一つになろうとしたまさにその瞬間…
「くぉらぁぁぁ!何してんのアンタ達ぃぃぃ!!」
部屋のドアがバンと物凄い音を立てて開いた。
俺が部屋の入り口に目を向けると、そこにはまるで阿修羅か金剛力士を彷彿とさせる七海の姿があった。
「…チッ、また邪魔が入ったか…」
「…チッ、じゃないわよアイシャ!いいからそこをどきなさい!」
「何をそんなにカリカリしてるんだナナミ殿。私達は朝のスキンシップを楽しんでいただけだぞ」
「そんな過剰な朝のスキンシップなんて聞いた事無いわよ!私だって…私だって昨日は我慢したのに!」
「…ほう。今のは聞き捨てならないな。つまり昨夜は何か我慢をするような状況になっていたという事か?」
「そ、それはッ…!と、とにかく!二人とも服を着て早く下に降りて来て!もう朝ご飯出来てるんだから!」
「むう、もうそんな時間か。レン殿、残念だが今日のところはここまでのようだ」
アイシャはそう言うとベッドから降り、脱ぎ捨てた服を手に取りそそくさと部屋から出て行ってしまった。
「た、助かったのか…?」
「…助かったって何が?蓮、朝ご飯食べ終わったら私の部屋に来てね。ちょっと話があるから」
「…はい」
七海が指の骨をバキバキと鳴らしながら、何故か笑顔で俺にそう言ってきた。
それにしてもアイシャの奴、しれっと逃げやがったな…。
俺は朝食後に降りかかるであろう自らの受難を嘆きつつ、着替えを済ませ一階へと向かった。
****
七海からこっぴどくお叱りを受けた後、俺達は今後について話し合うために一階のテーブル席へと集まっていた。
リムは何故か俺の膝の上にちょこんと座っており、俺が頭を撫でてやると嬉しそうに獣耳をピクピクと反応させた。
「さて、これからどうしようか」
「この前も少し話したけど、知り合いを呼んで店をプレオープンさせるのは?」
「そうだな。店を開店させる前に、色んな人の意見は聞いておきたいからな」
「…ふむ。だが店を開店させるのはいいが、冒険者としての活動の方はどうなる?」
「確かに、問題はそこなんだよな…」
考えてみれば、冒険者登録と魔物の素材の売却を済ませて以来、依頼を受けるどころか冒険者ギルドにすら足を運んでいない。
ガイラムには世話になったし、このまま冒険者として何も活動しないというのも少し心苦しくはあるな。
「じゃあこういうのはどうかな?五日間はお店の営業、一日は冒険者としての活動、残りの一日は完全にオフ。このサイクルを繰り返すの」
「なるほどな。だがもし一日で終わらなさそうな依頼が入った場合はどうする?」
「その場合は私か蓮のどっちかが店に残ればいいんじゃないかな。そうすれば最低限営業は出来るでしょ?」
「ふむ、確かに」
七海の具体的な提案を聞き、俺もその案に同調した。
だがそうなると、長期の依頼が入った場合はその間どちらかが一人で店を回す事になるな。
そういえば以前エネットがうちで働いてみたいと言ってくれていたが、お願いすれば本当にやってくれるだろうか。
「とりあえず店を開店させてからはその方向で考えてみるか。何にせよ、開店する前に一度依頼はこなしておいた方がいいな」
「そうね。じゃあ今日はこれから冒険者ギルドに行ってみる?」
「そうだな、そうするか」
そして話も纏まり、俺達は一路冒険者ギルドへと向かう事となった。
****
木造のスイングドアを押し開けると、湿気の篭ったようなむさ苦しい空気が俺を襲ってきた。
久々に来てみたが、相変わらず其処彼処で下品な笑い声が飛び交っている。
やはりここへ来る前にリムをエネットの所に預けておいて正解だったな。
「おい、あれ…」
冒険者の一人が俺達の姿に気付き声をあげる。
その声に反応した別の冒険者達が一斉にこちらに目を向けてきたかと思うと、あれ程耳障りだった喧騒が一瞬にして止んだ。
「あいつらは確か…」
「…ああ、間違いねぇ。鷹の爪をやったルーキー達だ…」
冒険者達の間でそんなやりとりがされているのが耳に入ってくる。
なるほど、冒険者達の間でもあの話は随分と広まっているようだ。
まあこれで初日の時みたいに絡まれる心配も無くなったか。
俺達は静まり返ったラウンジを横目に、依頼が張り出されているボードの前へと歩を進めた。
「何か手頃な依頼は無いかな」
「これなんてどうだ?ドラゴンの討伐、期日は三ヶ月、報酬は金貨三百枚だ」
「…却下。さすがに三ヶ月も店を空けられないぞ」
「むう、そうか…」
「あ、じゃあこれはどうかな?」
「ふむ、ここから一里ほどの距離にある森で薬草の採取か。なるほど、これならすぐに終わりそうだな」
「何、薬草の採取だと?討伐依頼ではないのか?」
「…アイシャ、今回は狩りが目的じゃないぞ」
そう、今回に限っては依頼の内容よりも依頼をこなしたという実績を残す事が重要だ。
アイシャは戦闘がしたくてうずうずしている様だが、ここは何とか納得してもらうしかないな。
「今回は依頼の内容よりも、実績を残す事が目的だ。今日は我慢してくれ」
「ぐぬぬ…。まあレン殿がそう言うなら仕方ない」
「すまないなアイシャ。討伐依頼はまた今度改めて請けよう」
「本当かレン殿。約束だぞ?」
「ああ、約束する」
「ならいい」
アイシャはそう言うと、眉間に寄せていた皺を取り去った。
まあ最近は試作品作りが忙しくて、アイシャにはリムの世話を任せっきりだったからな。
次に依頼を請ける時はアイシャの我侭を全部聞いてやろう。
そんな事を思いながら、俺はボードから依頼書を剥ぎ取りカウンターへと向かった。
「おやおやー?期待のルーキー君達じゃないか!色々と噂は聞いてるよー?」
「こんにちはメルさん。お久しぶりです」
「お久しぶり!もう、あれから全然顔出さないんだもの。お姉さん寂しかったよ」
「すみません。色々とバタついてたもので…」
「まあ人それぞれ事情はあるから仕方ないね!それで、今日は仕事を請けに来たのかな?」
「はい。今日はこの仕事を請けようかと」
「…ふむふむ、薬草採取の仕事だね!ヒルヒル草一束につき銅貨五枚、ギルドポイントも採取した数によって加算されるよ!こんなところだけど、特に問題は無いかな?」
「はい、問題ありません」
「おっけー!じゃあしっかりと頼むよ!もうすぐに出発するのかな?」
「そのつもりです」
「いいねー!やる気に満ち溢れてるねー!ちなみに場所はこの街から南東に一里ほどの距離にあるアルビの森だからね!道なりに行けばすぐにわかると思うよ!」
「わかりました、ありがとうございます」
「あ、でも千束とかアホみたいな数を持ってくるのは止めてね!この前みたいにお姉さん帰れなくなっちゃうから!」
「わ、わかりました。心に留めておきます」
「うんうん、それならよろしい!」
そういえば以前、魔物の素材を大量に買い取ってもらった時はメルが一人で検品したと言っていたな。
まさかあの時の事をまだ根に持っているのだろうか。
というかギルド職員が依頼内容に制限を掛けるって、それは明らかな職務怠慢じゃ…。
俺はそんな事を思いつつ、含みを持った笑顔のメルに見送られながら冒険者ギルドを後にした。
****
冒険者ギルドを後にした俺達は、アルビの森に向かうために南門へと歩を進めた。
そういえばこの街に来てから初めて外に出るな。
それにしてもいい天気だ。
ぱぱっと薬草採取を済ませて、のんびりと森林浴でもしたくなるな。
大通りを道なりに歩いていると、やがて目の前に大きな門が見えてきた。
通行許可を待っている人達を横目に門を通り抜けようとすると、そこで一人の門番に声をかけられた。
「ん、お前達は確か…。ああ、思い出した。金貨で通行料を払おうとした奴らだな。久しぶりじゃないか」
「ああ、あの時の。その節はどうも」
「今日はどうした。冒険者ギルドで依頼でも請けたのか?」
「はい。アルビの森まで薬草採取に行って来ます」
「なるほど、アルビの森か。あそこは比較的弱い魔物しかいないから、駆け出しの冒険者でも心配は無いだろう。だが最近気になる話を聞いてな」
「気になる話というと?」
「ああ。これは他の冒険者から聞いた話なんだが、最近あの森の魔物の数が極端に減っているそうなんだ」
「ふむ」
「まあ薬草を採取するなら、魔物が少ないに越した事は無いだろう。だが念の為、用心はしておくんだぞ」
「わかりました。気を付けます」
「おう!頑張ってこいよ!」
門番が俺達に向けて、親指を立てウィンクを送ってきた。
中年男性のウィンク…。う、何だかデジャヴが…。
それにしても森の魔物の数が少なくなったのには何か理由があるのだろうか。
まあ弱い魔物しかいないという話だったし、駆け出しの冒険者達が狩りを繰り返した影響などもあるのかもしれないな。
門番に見送られた俺達は、マジックボックスの中にあった方位磁石を頼りに南東へと進んだ。
すると、やがて目の前に大きな森が姿を現した。
距離的にここがアルビの森で間違いないだろう。
「ここで間違い無さそうだな。一応戦闘には備えておくぞ」
「戦闘なら任せておけ。なんなら私一人で十分だ」
「ふふ、何だかワクワクしてくるね」
一見それなりに広い森のように見えるが、俺と七海が最初に篭っていた森に比べれば、見通しも良く道もそれなりに整備されている。
念の為気配察知のスキルを使ってみるが、近くに魔物の気配は存在しなかった。
「えっと、確かヒルヒル草だったよな」
「蓮、これじゃない?」
七海が近くにあった木の根元に生えている草を指指してそう言った。
俺も鑑定を使って確認してみたが、どうやらこれで間違いないようだ。
と言うか、よく見れば至る所に生えているぞ。
本気を出せば、本当に千束くらい余裕で集まってしまうのではないだろうか。
「よし、手分けして集めるか」
「オッケー」
そして俺達は三手に別れて薬草の採取を始めた。
それにしても、本当に魔物の気配が一切しないな。
作業には集中出来るのだが、ここまで不自然だとどうも何か気に掛かる。
まあ気にしたところで仕方の無い事か。
俺は一抹の不安を掻き消すように、薬草を集める作業に没頭した。
****
作業を始め、二刻も経つ頃にはかなりの数の薬草が集まっていた。
俺達は一旦集まり、集めた薬草を一つずつ束にしていく作業に移った。
「九十九…百と。よし、ちょうど百束だな。まあこんなもんか」
「何だかあっという間に終わっちゃったね」
「うむ。結局魔物にも遭遇しなかったし、何だか拍子抜けだな」
「まあ薬草採取の依頼なんてこんなものだろう。さて、そろそろ帰るか…ん?」
その時、後方から突如魔物の気配がした。
「二人共、後ろから何かくるぞ。」
「この感じは…ビッグボアかな?」
「ビッグボアか。それなら私一人で十分だ」
アイシャが手に持った槍を握り締め、魔物の到来に備えた。
すると、やがて森の奥の方から一頭のビッグボアが姿を現した。
だがどうも様子がおかしい。
ビッグボアはこちらを見向きもせず、まるで何かから逃げるように俺達の横を通り過ぎていった。
「…何だか様子がおかしいな」
「…ッ!危ない!」
七海がそう叫んだ次の瞬間、俺達の頭上から巨大な火の玉が飛んできて、ビッグボアを包んであっという間に黒焦げにしてしまった。
「な、何だ今のは…」
「…レン殿!上だ!」
アイシャが声を上げた次の瞬間、一匹の巨大な竜が木々をなぎ倒しながら地面へと降り立った。
その大きさは、ワイバーンの5倍…いや、10倍はあるだろうか。
漆黒の皮膚に覆われたその竜は、地上に降りるや否や黒焦げになったビッグボアをあっという間に平らげてしまった。
「な、何だこいつは…!」
目の前にいる漆黒の竜は、ワイバーンやグリフォンとは比べ物にならない威圧感を発している。
頭の中で警鐘が鳴り響くのを感じつつ、俺はその巨大な竜に向けて鑑定をかけてみた。
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名前:ブラックドラゴン レベル:154
種類:魔物
説明:ドラゴンの亜種。鋼鉄のような硬い皮膚を持ち、その鉤爪は岩をも切り裂く。
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「…ッ!」
鑑定をかけ終えた俺は、自分の額から汗が滲んでくるのがわかった。
七海とアイシャも鑑定をかけたのか、俺と同様の反応だ。
「七海!アイシャ!戦闘準備だ!身体強化を使って一気にカタを付けるぞ!」
「わ、わかった!」
「了解だ!」
俺達は一斉に身体強化の魔法を使い、体を強化させた。
すると捕食を終えたブラックドラゴンが俺達の方を向き、鼓膜が破れそうな程の大きな咆哮を上げた。そして次の瞬間、その巨躯からは想像もつかないような物凄いスピードでこちらに飛び掛ってきた。
「ちぃ!早い!」
俺はブラックドラゴンの鉤爪を何とか半身で避ける。
身体強化を使っていなければ、今のは避け切れなかったかもしれない。
これは長期戦になると間違いなくこちらが不利になるだろう。
「アイシャは火槍の準備をしてくれ!七海、二人で時間を稼ぐぞ!」
「オッケー!」
七海が駆け足で移動しながら、ブラックドラゴンに向けて矢を放つ。
だが七海の放った矢は鋼鉄のような皮膚にことごとく弾かれ、地面へと虚しく落ちていった。
「蓮!この竜凄く硬い!」
「七海はそのまま矢を撃ち続けてくれ!俺もやる!」
「わかった!」
七海にブラックドラゴンの注意を引いてもらってる間に、俺は腰から抜いたナイフでブラックドラゴンの足へと斬りかかった。
だが俺の斬撃はブラックドラゴンの皮膚に浅く傷を付けるだけに留まり、決定的なダメージを与える事は出来なかった。
「ちッ!浅いか!」
その後も俺と七海で何とか時間を稼ごうとするが、ブラックドラゴンはまるで俺達の攻撃をあざ笑うかの様に、硬い皮膚でその全てを弾いていく。
「くそッ!硬すぎるだろコイツ!」
「レン殿!待たせたな!そこをどいてくれ!」
「待ってたぞアイシャ!後は頼んだ!」
アイシャの声に反応した俺は、その場から後方へ一旦引いた。
「喰らえ竜よ!火槍!!」
アイシャから放たれた火柱の様な炎の突きがブラックドラゴンを襲う。
ワイバーンを瞬殺出来る程の威力を持つアイシャの火槍だ。さすがのコイツでもタダでは済まないだろう。
そしてアイシャの放った突きがブラックドラゴンの顔面に直撃すると、ブラックドラゴンはその場にひれ伏すようにして倒れた。
「やったか!?」
だが歓喜の時も束の間、ブラックドラゴンはむくりと起き上がり、アイシャの方をギロリと睨み付けた。
「か、火槍が効かないだと!」
「…ッ!アイシャ危ない!」
攻撃後で油断をしていたアイシャに向けて、ブラックドラゴンが尾撃を放ってきた。
俺は超スピードでアイシャの前まで移動し、防御の構えを取りその尾撃を受けた。
その瞬間、俺の体に物凄い衝撃が走り、尾撃を受けた箇所からミシミシと嫌な音が響いた。
今まで一度も感じた事のないレベルの衝撃に、俺は踏ん張る事が出来ずそのまま後方に吹き飛ばされてしまった。
「ぐわぁぁッ!」
吹き飛ばされた俺は木に激突し、そのままずるずると地面に落ちた。
するとブラックドラゴンはアイシャから俺に標的を変えたのか、こちらを向き、口から火炎ブレスを吐こうとしていた。
俺は何とかその場から離脱しようとするが、体に激痛が走りまともに動く事が出来ない。
「くそッ…!体が…!」
「蓮!」
「レン殿!」
万事休すか。
だがブラックドラゴンが狙いを定め俺に火炎ブレス吐こうとした瞬間、突如として周囲が暗闇に覆われた。
まるで一瞬にして夜にでもなったかのようだ。
「な、何だこれは…。雷雲か…?」
何かと思い上空を見上げてみると、俺達の頭上で黒々とした雷雲が稲光を放っていた。
すると次の瞬間、物凄い衝撃音と共に一筋のいかずちが大地に降り注ぎ、ブラックドラゴンを飲み込んだ。
「グギャァァァァァァ!!」
ブラックドラゴンのけたたましい叫び声が辺りに響く。
いかずちに飲み込まれたブラックドラゴンは、やがてその活動を止め、地面へと崩れ落ちた。
ブラックドラゴンは体からプスプスと黒い煙を上げ、ピクリとも動かない。どうやら完全に絶命しているようだ。
突然の出来事に理解が及ばず、俺はただただその場で呆然としていた。
「な、何今の…」
「一体何が起こったんだ…」
七海とアイシャも目の前で起きた出来事に唖然としている。
するとその時、突如俺達の頭上から聞き覚えの無い声がした。
「ふふ、大丈夫?アナタ達」
声のする方向へ目を向けると、そこには一人の女性がふわふわと宙を漂っていた。
「ちゅ、宙に浮いてる…?」
「き、貴様!何者だ…!」
アイシャが宙に浮いている女性に槍を突きつける。
だがその女性がアイシャに向けて手をかざすと、アイシャはその場に跪き、そのまま一歩も動けなくなってしまった。
「ぐ…ッ!な、何だ!か、体が…重い…!」
「ちょっと貴女。そんな物騒な物こっちに向けないでくれる?」
その女性は不思議な力でアイシャを制したまま、すうっと地上へと降りてきた。
「全く、せっかく助けてあげたっていうのに。それよりもそっちの可愛らしい坊や、酷い傷じゃない。ちょっとお姉さんに見せてくれる?」
その女性がゆっくりと俺に近づいてくる。
よく見てみると、その女性はまるで天女を彷彿とさせる様な美貌を持ち合わせていた。
「可哀想に…。今楽にしてあげるわ」
「貴女は一体…んむ…ッ!?」
すると次の瞬間、俺の唇に柔らかな感触が伝わってきた。
俺は一瞬何が起こったのか理解出来なかった。
だが気付いた時には、俺の唇は謎の美女の唇に蹂躙されていた。
横で見ていた七海とアイシャも、突然の出来事に唖然としている。
「…は?」
「ん…ふう。ふふ、ご馳走様、坊や」
「「はーーーーーーーー!?」」
アルビの森に、七海とアイシャの絶叫が木霊した。




