第十九話
七海と散歩に行く話。
修正・加筆の可能性大です。
※保存する前にテキストエディタが突如落ちるという不具合がおき、そのショックで私の頭の中でも不具合が生じて投稿が遅くなりました。
これからはこまめに保存しよう、そうしよう…。
ディザフと仕入れの契約を結んでから数日が経った。
あの後勝手に仕入れの契約を結んだ事で七海から大目玉を喰らいそうになったが、お土産に持って帰ったナーンを食べてもらうと、七海もその味に納得したのかその後は特に何も言われる事は無かった。
そして今はカレーの試作品作りも詰めの段階に入っている。
あれから何度も試行錯誤を重ね、今ではそれぞれ辛さの違う三種類のカレーを作る事に成功している。
甘口のバターカレー、中辛のチキンカレー、そして辛口のキーマカレーだ。
子供から大人まで楽しめるようにと七海と二人で話し合った結果、こうして辛さの違うカレーを作る事になったのだ。
そして今日は最終的な仕上げと試食のため、朝から厨房に入っていた。
「よし、この味なら問題無いな。七海はどう思う?」
「うん、バッチリだと思う。苦労した甲斐があったね」
三種類のカレーをそれぞれ器に用意し、それを試食をしながら七海と意見を交わす。
今はまだ三種類だが、開店後も試作の機会を設け、カレーの種類は随時増やしていく予定だ。
「これで開店の目処も立ったな。一度知り合いだけに告知してプレオープンを兼ねた試食会でも開いてみるか」
「そうね。知ってる顔なら気兼ねなく感想も聞けそうだしね」
知り合いと言ってもまだ数える程しかいないが、ハンス辺りに声を掛けたら部下の衛兵が大挙して押し寄せてきそうだな。
まあこちらとしても一人でも多くの意見が聞けるのはありがたい事だ。
七海との試食を終え、片付けをしながら外を見てみると太陽の位置はまだ中天に差し掛かる前だった。
夕方くらいまでに終わればと思っていたが、予想よりかなり早く作業が終わってしまったな。
アイシャは夕方までには戻ると言ってリムと散歩に出掛けてしまったし、さてこれからどうするか。
「ねえ、蓮」
「うん?」
「外も良いお天気だし…私達もお散歩しに行かない?」
七海が少し挙動をおかしくしながら俺にそう提案してきた。
最近は試作品作りに時間を取られていたし、たまには料理の事を忘れて息抜きするのもいいかもしれないな。
「…そうだな。よし、俺達も散歩に行くか」
「うん!じゃあ着替えて準備してくるからちょっと待っててね」
俺が七海の提案に応諾すると、七海が嬉しそうに笑顔を返してきた。
別にそのまま出掛けても良いと思うのだが、女性には色々と準備する事があるのだろう。
だが蓋を開けて見れば、結局俺はその後七海の準備に一時間ほど待たされる羽目になったのであった。
****
準備を終えた七海と店の外に出ると、心地の良い風が頬を通り抜けた。
最近は厨房に篭りきりになる事が多かったので、いつもに増して外の空気が心地よく感じられる。
「さて、どこに行こうか」
「私ちょっとお洋服とか見みたいかも。今は戦闘用の服しか持ってないからさ。西地区の方に行けばお店あるかな?」
七海が俺にそう提案してくる。
言われてみれば、マジックボックスの中の衣類は戦闘用の物ばかりで、街歩き用の服が全くと言っていい程無かった。
そのくせ神具級のアイテムが入ってたりするし、ルクレティアは俺達に世界征服でもさせたかったのだろうか。
「よし、じゃあ西地区の方に行ってみるか」
「うん!」
行き先が決まると七海が俺の少し前をステップするようにして歩き始めた。
そういえば七海と二人で出掛けるのなんていつ振りだろうか。
子供の頃は毎日のように一緒に遊びに出掛けていたが、今思えば中学に入る頃くらいからこういう機会は減っていったように思える。
ずっと妹の様に思って接してきた七海だが、改めてこうして見てみるといつの間にか大人の女性になってたんだな。
…というか、これって普通にデートになるのか?いやいや、相手は七海だぞ。俺は一体何を意識してるんだ…。
「どうしたの蓮?」
「…ッ!い、いや!何でもない…」
七海が俺の顔を覗き込むようにして様子を伺ってきた。
ふわっと香る良い匂いに思わずくらっとしそうになる。
というか七海さん、胸元から見事な谷間が覗いてますが…。
「そう?それなら早く行こ!」
「おわッ!わかった、わかったから引っ張るなって!」
無意識なのかどうかわからないが、七海がふいに俺の手を取って引っ張るようにして歩き出した。
同年代の女性と手を繋ぐ事など無かった俺は、七海のその咄嗟の行動に思わずドキッとしてしまった。
そういえば昔何かの雑誌で見た事があるが、思わせぶりな女性の態度を真に受けるなという記事があったのを思い出した。
もしかして七海は、所謂天然の小悪魔系女子というやつなのだろうか。
…いかんいかん、気を確かに持たねば…。
そして俺達は中央広場を抜け西地区へと足を踏み入れた。
そのまましばらく歩いていると、やがて目の前に商業施設が立ち並ぶ遊歩道が姿を現した。
この辺は地球で言うところのショッピングモールの様なものだろうか。
「ねえ蓮、ちょっとこのお店見てもいい?」
「ふむ、女性向けの洋服店だな。俺は外で待ってるから見て来いよ」
「蓮も一緒に入るの!別に女性向けのお店に男の人が入っちゃいけない決まりなんて無いんだから。ほら、早く早く」
「いや、ちょっと待…」
俺は断る間も無く、そのまま七海に引き摺られるようにして店内へと足へ踏み入れた。
案の定店内は女性ばかりで、俺はとてつもなく居た堪れない空気を感じた。
だが七海はそんな俺に構う事無く、店内の洋服を物色し始める。
ちくしょう、これならワイバーンの巣に放り込まれた方が百倍マシだ…。
「…何ぼーっとしてるの?ねえねえ蓮、これとこれどっちが良いと思う?」
「うーん…?女物の服はよくわからないな。気になるなら両方試着してみればいいんじゃないか?」
「…もう、そういう意味で聞いたんじゃないんだけどな。わかった、じゃあ両方試着してくるね」
七海はそう言うと、試着室へと入っていった。
というかそういう意味じゃないって、一体どういう意味なんだ?
ああいう時は何て言うのが正解なんだろうか。
恋愛偏差値0の俺には難解すぎるお題だ…。
そんな事を考えていると、試着室の入り口の布が開き、中から着替えを終えた七海が姿を現した。
「どうかな?ちょっと胸の辺りがキツい気がするけど…」
試着室から出てきた七海は白地で細身のチュニックを身に纏っていた。
白が膨張色という事もあってか、やたらとボディラインが強調されている。
「…」
「…どこ見てるの?蓮のエッチ…」
「…はッ!いや、違う違う!うん、似合ってるんじゃないかな?はは…」
「そう?じゃあもう一つの方も試着してくるね」
「あ、ああ…」
七海はそう言うと再び試着室の中へと入って行った。
結局その後俺は十着以上の試着に付き合わされ、七海も俺が良いと言った物は全て購入していた。
「よし、服も見終わったしそろそろ帰るか」
「え、何言ってるの?小物とかも見てみたいし、まだまだ行くわよ」
「…マジか」
どうやら俺は女の買い物というものを舐めていたらしい。
それにしても店を一つ見るだけでこんなに疲れるものだとは…。
世の中の彼女持ちの男はみんな忍耐強いんだな。
…いや、待て待て。七海は彼女じゃないんだぞ。
だが傍から見れば俺達もそういう風に見えるのだろうか…。
「…なあ七海。俺達って傍から見たら恋人のように見えるのかな?」
「…えッ!?きゅ、急にどうしたの?ど、どうなんだろうね…。そ、その…見えなくも無い…んじゃないかな?あはは…」
俺の唐突な質問に七海が顔を真っ赤にしながらそう答えた。
そうか、やはり七海もそう感じるのか。
というか何故七海は少し嬉しそうなんだろうか。
あれ、もしかしてこれって…。
…いやいや、七海だって俺の事はそんな風に見てないはずだ。
「…ねえ蓮」
「ど、どうした?」
「せっかくだし…手でも繋いでみる?ほら、子供の頃はよく手を繋いで近所の公園とか行ってたじゃない」
「あ、ああ。俺は別に構わないが…」
「じゃあ…はい」
七海はそう言うと、恥ずかしそうにゆっくりと俺に手を差し出してきた。
なるほど、さっきのはやはり無意識だったんだな。
それにしてもさっきからこの心拍数の高さは一体何なのだろうか…。
俺は念のためズボンで一度手のひらを拭ってから、七海の差し出した手を取った。
改めて七海の手に触れてみると、その手はまるで絹のようなきめ細かなさで、ふんわりとした優しい感触を俺の手に伝えた。
「ふふ。蓮の手って暖かいね。それに凄くゴツゴツしてる。何だか男の子の手って感じ」
「七海は俺以外の男と手を繋いだ事があるのか?」
「ん?蓮もそういうの気になるの?」
「い、いや…。別にそういう訳じゃないんだが…」
「そういう訳じゃないならどういう訳なのかな?ちゃんと言ってくれないと教えてあげないもん」
「わ、わかった。もういいから勘弁してくれ…」
七海が俺の困った様子を見て少しだけ意地の悪そうな笑顔を浮かべた。
というか俺も何でこんな事を聞いたのだろうか。
…嫉妬?いや、まさかな…。
まったく、今日は七海にペースを崩されっぱなしだ。
「…そういえばさ、蓮はお揃いの物って興味あったりするのかな?例えばネックレスとか、後は…指輪…とか?」
七海がモジモジしながら急にそんな事を聞いてきた。
お揃いの指輪って、もしかしてペアリングって事か?
いや待て、ペアリングって普通恋人同士がする物だろう。
まさか七海は俺とそれをしたいと言っているのか…?
「い、いやどうだろうな…。今まで誰かとお揃いの物を持つなんてした事無かったからな。はは…」
「…もう、そこは嘘でもうんって言ってほしかったな。ま、いっか。じゃあ行こ」
七海が頬を少し膨らませながら、繋いだ俺の手を引っ張るようにして歩き始めた。
もし俺がここで首を縦に振っていたら、七海は一体どんな反応を見せたのだろうか。
少し気になるところではあるが、今更確認のしようも無いよな。
****
それから二人で色々な店を見て回った。
アクセサリー屋に靴屋、更にはボディケア用品など、七海は心行くまで買い物を楽しんだようだ。
「さ、さすがにちょっと疲れたな…」
「もう、だらしないなぁ。少しは週末に頑張る世のお父さん達を見習わないと」
「…精進するよ。それで欲しい物はもう無いのか?」
「そうね。一通り欲しい物は揃ったかな」
七海が買い物袋をぽんと叩きながら満足気な表情を浮かべた。
今は横長の四人掛けくらいのベンチに座っているのだが、買い物袋で残り二人分のスペースを優に占領している。
ちなみにこの中にはアイシャやリムの衣服等も含まれている。
その辺の気配りを忘れないのが七海の良いところだな。
まあ言わずもがな、この荷物の殆どを持ち運んでいたのは俺なんだが…。
「よし、じゃあそろそろ…ん、この音は…?」
俺が七海に帰る事を提案しようすると、どこからともなくカンカンと金属を叩くような音が聞こえてきた。
その音は一定であったり時に不規則であったり、まるで金属が言葉を発しているかのような見事なリズムを生み出していた。
「この音…近くに鍛冶屋さんでもあるのかな?」
「七海、ちょっと見に行ってもいいか?」
「ふふ、何だか急に生き生きとし始めたね。いいよ、行ってみよっか」
そして俺と七海はベンチから立ち上がり、音のする方向へと歩を進めた。
音を頼りに小さな路地を歩いていると、やがて目の前に鍛冶屋らしき建物が姿を現した。
そして店の前まで行ってみると、店前や店内に武器や防具が所狭しと並べられていた。
一見して、そのどれもが職人の腕を物語る見事な物だと見て取れた。
「これは…見事だな」
「うん、凄く丁寧な造りね」
並べられていたナイフを手に取ってみると、まるでハンドルの部分が手に吸い付いてくるような感覚を覚えた。
武器や防具に関しては、ルクレティアから一級品をしこたまマジックボックスの中に入れてもらっている。
なので特に新しい物は必要無いのだが、それでもこの店の品物は欲しいと思わせられる程のクオリティを持っていた。
「なんでぇ。客かと思ったらただの女連れか」
俺が手に取ったナイフの出来に感嘆としていると、店の奥から背の低い髭面の中年男性が姿を現した。
身長はリムと同じくらいだろうか。だがその分横にガッシリとしている。
もしかすると、この男は所謂ドワーフという種族の人間なのだろうか。
「なんだお前、ドワーフを見るのは初めてか?物珍しそうに見やがって」
「…いや、済みません。それにしてもこのナイフ、見事な出来ですね」
「ほう、お前そのナイフの良さがわかるのか。中々見所があるじゃねぇか。気に入った!」
鍛冶屋の男が嬉しそうに俺の肩をバシバシと叩いてくる。
というかこのおっさん物凄い力だな。
普通の人間だったら肩の骨外れてるぞ…。
「でもお前、もうナイフは持ってるじゃねぇか。刃こぼれでもしたのか?」
「いや、そういう訳じゃ無いんですけどね」
「ふむ…。ちょっとそのナイフ見せてみな」
鍛冶屋の男が俺のナイフを指さしてそう言った。
俺は腰のホルダーからナイフを外し、鞘ごと鍛冶屋の男に手渡した。
「…なッ!お前これ、オリハルコン製じゃねぇか!しかも造りも物凄く丁寧だ。こんな良い仕事するのは俺以外に見た事がねぇ…」
「オリハルコンってそんなに貴重なんですか?」
「貴重も何も、鍛冶師の間ではアダマンタイトに次いで二大鉱石と呼ばれてるんだぞ。中々お目にかかれる代物じゃねぇ」
鍛冶屋の男が俺のナイフを眺めながら感嘆の言葉を漏らした。
何気なく使っていたが、やはりオリハルコンって貴重品だったんだな。
まあRPGゲームでも、オリハルコン製の武器や防具は最強装備として出てくる事が多かったしな。
マジックボックスの中にはオリハルコン製の武器や防具がまだ大量に入っているんだが、全部売ったら一体いくらになるのだろうか…。
「ふむ…これは良い物を見せてもらった。ありがとうよ」
「いえ。ちなみに今までオリハルコン製の武器を造った事ってあるんですか?」
「うちは見ての通り小さな鍛冶屋だ。もちろん過去に何度か造った事はあるが、最近は鉱石すら手に入らねぇ。死ぬ前にもう一度打ってみたいと思ってはいるがな」
「なるほど。でもこれ程の腕があるなら、もっと大きな所で仕事が出来るのでは?」
「俺は気に入った奴にしか武器は売らねぇし造らねぇんだ。それに大きな場所で仕事をするのは性に合わねぇ」
鍛冶屋の男が鼻を啜りながら誇らしげにそう言った。
これ程の腕があるのなら、その気になればどこででも仕事が出来るだろう。
だがあえてそれをしないところに、俺はこの男から職人の心意気というものを感じた。
仕事は違うが俺も職人の端くれだ。
だからこそ、俺はこの鍛冶屋の男の主張をとても快く感じられた。
「ふむ…。では仮にもし俺が一振り打ってほしいと言ったら仕事を受けてくれますか?」
「お前は俺のナイフの良さを理解してくれたしな。お前になら造ってやってもいいぜ。それにお前、まだ歳は若ぇが只者じゃねぇだろう?高ランクの冒険者と遜色の無い雰囲気を持ってやがる」
顎に蓄えた見事な髭を擦りながら、鍛冶屋の男が俺を見てそう言った。
普段はあまり力を出さないようにしているのだが…なるほど、やはり一流の仕事をする人間は目利きも一流という事か。
「だがお前、もう立派な武器を持ってるじゃねぇか。一体何が欲しいって言うんだ?」
「包丁…キッチンナイフを造ってほしいんです。俺はこれでも料理人なので」
「ほう、お前料理人だったのか。てっきり冒険者だと思ったぜ」
「一応冒険者でもあるんですけどね。まだCランクですが」
「それほどの雰囲気を持っていてCランクか。最近は冒険者ギルドの基準も厳しくなったのか?まあいい、それで素材は何にするんだ?」
鍛冶屋の男が俺にそう尋ねてきたので、俺はマジックボックスの中からオリハルコン製のフルプレートをいくつか取り出した。
突然目の前に現れたフルプレートに、鍛冶屋の男も大きく口を開けて驚愕の表情を浮かべている。
「オ、オリハルコン製のフルプレートだと!?というかお前、マジックボックス持ちか!」
「俺がマジックボックス持ちなのは内緒にしておいてもらえると助かります。それで、素材はこれでお願いしたいのですが」
「うちは顧客の情報は絶対に漏らさねぇ。それにしてもこいつは驚いた…。これだけであれば豪邸が何件も建つぞ。だが、キッチンナイフを造るにはちと量が多くねぇか?」
「俺と七海…横にいるこの子の分も造ってほしいんです」
「え?私のも?」
「さっき、お揃いの物が欲しいって言ってただろう?」
「それはそうだけど…。ふふ、でも包丁ってところが何だか蓮らしいかも」
「なるほど、そっちの姉ちゃんの分もか。そっちの姉ちゃんも只者じゃねぇな。だがそれでもかなり量が余るぞ?」
「余った分は自由に使って下さい。良い物を見せてもらったお礼です」
「な、何だと!?お前、これがどれだけ値打ちのある物かわかって言ってんのか!?」
「このまま持っていても腐らせるだけですから。それなら腕のある職人に有効活用してもらった方が良いと思います」
「…腕のある職人とは嬉しい事を言ってくれるじゃねぇか。ふふ、益々気に入ったぞ!それなら俺も腕によりをかけて造ってやる!男ゴルドフ、一世一大の大仕事だ!」
鍛冶屋の男元い、ゴルドフが声を張ってそう言った。
その後俺はゴルドフと包丁の造りについて簡単な打ち合わせをした。
フルプレートのお礼という事で、依頼料と今後一切の手入れの費用はタダにしてもらえた。
「なるべく早く仕上げるようにはするが、出来れば俺も納得のいく物が造りてぇ。そうだな、五日ほど時間をもらえるか?」
「わかりました。ではまた五日後に伺いますね」
「おう、世界一のキッチンナイフを造ってやるから楽しみにしてな」
「それは楽しみですね、宜しくお願いします」
「任せておきな。それにしても工房に篭ってて気付かなかったが、いつの間にか陽も暮れだしてきてたんだな。お前達はこれから星見が丘でも行くのか?」
「星見が丘?」
「なんでぇ、知らねぇのか。西地区の高台にある星が綺麗に見える場所さ。恋人達の憩いの場で有名だぜ?」
「…い、いや俺達は別にそういうのじゃ…」
「違うのか?俺からしてみりゃ結構お似合いだと思うんだがな」
「お、お似合い…」
ゴルドフの言葉に、横にいる七海が顔を真っ赤にして頭から湯気を出している。
居た堪れなくなった俺は、ゴルドフに礼をしてさっさと店を出ようとした。
だが店を出ようとした時、後ろからゴルドフに腰の辺りをがっと掴まれた。
「ちょっとしゃがめ」
「な、何ですか?」
「…こういう時は勢いが大切だ。何なら人気の無い場所で押し倒しちまえ」
中腰になった俺に、ゴルドフがそう耳打ちをしてきた。
その言葉を聞いて俺が慌てて後ろを振り返ると、ゴルドフは親指をぐっと立てて俺にウィンクを飛ばしてきた。
このおっさん、意外とやんちゃだな。
というか中年男性のウィンクほど嬉しくないものは無いな…。
俺はゴルドフに苦笑いを返しながら鍛冶屋を後にした。
****
「わぁ、凄く綺麗!」
七海が両手を大きく広げて、夜空に広がる星のアートに感動を示した。
結局あの後、七海にせがまれて星見が丘に行く事となった。
というかもうアイシャ達は家に戻ってるはずだよな。
これは何て説明したものか…。
「それにしても本当にカップルだらけだな…」
「ほ、本当ね…」
辺りを見回してみると、其処彼処で人目もはばからず恋人達がイチャイチャとしている。
草むらの方からも何だかガサガサと音が聞こえてくるが…いや、まさかな。
「…とりあえず座るか」
「そ、そうね…」
俺達は一先ず空いてるベンチに腰を下ろす事にした。
だが俺達の両サイドのベンチでも、恋人達が熱く愛を育んでいた。
「…」
「…」
その光景を見て、俺達は二人して言葉を失ってしまった。
どうやら俺達はとんでも無い場所に来てしまったらしい。
「さ、寒くないか?」
「…うん?大丈夫だよ」
「ほ、星が綺麗だな」
「…うん、すっごく綺麗だね」
「…は、はは」
お互いに周りの雰囲気に当てられたからか、全くと言っていいほど会話が続かない。
いつもならもっとスラスラと話せるはずなのに…。
「…ねえ、蓮」
「な、何だ?」
七海が何やら神妙な顔をして俺の名前を呼んだ。
この空気の中で突然名前を呼ばれたので、俺もつい挙動をおかしくしてしまった。
「この世界に来てから色々あったけど、試作品も完成して遂にここまで来たって感じだよね」
「…ああ、そうだな」
「でもさ、私達これから一体どうなっていくんだろうね。いつかは地球に帰れるのかな…」
七海はそう言うと俺の手をぎゅっと握ってきた。
その時俺は七海の手が心なしか少し震えているように感じた。
いつもは元気一杯の七海だが、考えてみれば、強くなったとは言え七海も元は普通の女の子だ。
突如として異世界に飛ばされてから今日まで、不安に思う事も多々あったのだろう。
「…そうだな。正直これから先どうなるかは俺にもわからない」
「そ、そうだよね…」
「だがこれだけは忘れないでほしい」
俺は七海の方に体を向けて、視界の中にしっかりと七海の姿を捉える。
「これから先、何が起こるかはわからない。でも俺はどんな時だって七海の味方だ。この世界で何が起ころうと、俺が必ず七海の事を守る。だからそんなに不安にならないでくれ」
「…れ、蓮」
俺の言葉を聞いて七海がポロポロと涙を流し始めた。
正直七海の実力なら俺の力が無くても自分の身は十分に守れるだろう。
だが俺は七海の心の部分を支えてやりたいと強くそう思ったのだ。
「えへへ、嬉しいな…」
「そ、そうか?」
「…じゃあさ、ついでにもう一つお願いしてもいいかな?」
「お願い?」
すると次の瞬間、七海が静かに目を閉じて少しだけ顎を上げた。
「な、七海さん?」
「…」
俺の問い掛けに対して、七海は何も答えない。
こ、これはまさか…。いや、もうこれは間違い無いよな…。
そういえば日本の諺にこんな言葉がある。
据え膳食わぬは男の恥、と。
俺も料理人だ。出した料理を残された時ほど悲しい事は無いというのは十分に理解している。
「…い、いいんだな?」
「…」
俺の問い掛けに、七海が無言のまま一つだけ首を縦に振った。
というより、さっきからこの胸の高鳴りは一体何だ。
まさか、俺は七海の事が…。
(…ええい、ままよ!)
俺は意を決して七海の肩を両手で添えるようにして優しく掴んだ。
その瞬間、七海の体が一瞬ビクっと反応した。
そして俺はゆっくりと目を閉じながら、自らの顔を七海に近づけていく。
時間にすればほんの数秒なのだろうが、俺にとってはその時間がまるで悠久かのように思えた。
そして、俺の唇が七海の唇に触れそうになったその刹那…
パチン!
軽い衝撃の後、俺の両頬に柔らかな手の感触が伝わった。
何かと思い目を開けてみると、超至近距離で七海と目が合った。
「な、七海?」
「ふふ、ビックリした?」
七海がまるでドッキリを成功させた時のような悪戯めいた表情を浮かべた。
俺はその表情を見て、体にどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。
俺の一大決心は一体何だったのだろうか…。
「…七海、あまり俺をからかわないでくれ」
「ごめんね蓮。私だって本当は勿体無いなって思ったけど…。でもやっぱり抜け駆けは良くないなって思って」
七海が心底惜しそうな顔をしてそう言った。
…抜け駆けってアイシャの事か?
まあそのアイシャには一度貞操を奪われそうになった事があるんだが…。
「…はぁ。じゃあそろそろ帰るか」
「あ、待って蓮」
俺がベンチから立ち上がり帰ろうとすると後ろから七海に呼び止められた。
何かと思い振り返ると、その瞬間俺の右頬に柔らかな唇の感触が伝わった。
「な、七海!?」
「ふふ、今はこれで我慢しておくね。お店頑張ろうね、蓮!」
七海は俺にそう言い残すと、恥ずかしそうに早歩きで俺の横を通り過ぎて行った。
だが俺は頬に残る優しい感触を感じながら、暫くその場から動く事が出来ずにいたのであった。
恋愛描写凄く難しいっす!
※11/18 重大な矛盾点を発見したので修正しました。
七海の気持ちをはっきりと理解してないのに、蓮が乙女同盟の存在理由を知っていたらダメですよね…。
なので、乙女同盟の存在理由を蓮はきちんと理解してない事にしました。
申し訳ないです…。




